11/08/2006

ついに出た!飛び級の変化球―映画「デスノート」―

映画「デスノート」が公開3日間で観客動員数約97万5000人、興行収入約12億円に達した。


公開3日間は3連休だったので、通常の土・日とは違うが、「LIMITOF LOVE 海猿」の9億6500万円)を抜いたとみていい。


ここで、両作品の公開までの道のりをふりかえってみよう。


LIMIT OF LOVE 海猿」は三部作から成る。
第1作は映画「海猿」。第2作は連続テレビドラマ。そして第3作が映画「LIMIT OF LOVE 海猿」。


フジテレビと東宝を中心とした伊藤英明、加藤愛主演の「海猿」は、映画2本によって真中のドラマを挟む、いわばサンドイッチ型だ。


映画「LIMIT OF LOVE 海猿」公開までに、映画とドラマを通して作品世界と登場キャラクターにじゅうぶんに馴染んでもらうといった、観客熟成タイプの方法でヒットさせた。


映画「デスノート」は二部作から成る。
第1作は、映画「DEATH NOTE デスノート 前編」。これは6月に公開されたばかりで、まだDVD・ビデオになっていないが、10月27日に日テレ系の金曜ロードショーで放映された。


通常よくある、

(1)映画公開→(2)DVD・ビデオ→(3)有料放送→(4)テレビ放映

の順序を、一気に(1)の次に(4)へと飛び級した格好だ。


こうして映画「DEATH NOTE デスノート 前編」がテレビで放映された約1週間後に、映画「DEATH NOTE デスノート the Lastname」を公開した。


まだDVDにもなっていない前編がテレビで放映され、後編の公開が近いために、視聴率は良かったようだ。


そして、ひとたび前編を観れば、当然のように続きが観たくなる。


例えば大好きな連続ドラマが週1回の放映で、次週が待ち遠しいときに、ドラマ全巻が揃って手元にあれば、明日の仕事が朝早くても、つい次の回のドラマを観たくなってしまうもの。いわば推理ものタイプでヒットさせたのが映画「デスノート」なのである。


つい先を知りたくなる。まさにそんな気持ちにさせるのが、後編公開1週間前に前編をテレビで放映するという「変化球技」なのだ。


ということは「デスノート」は連続ドラマ向きなのだ。(実際に2006年11月8日現在、日本テレビで深夜に「デスノート」のアニメ版が放映されている)


例えば全12巻のDVD作品というのが最も適した形だが、それを前編・後編に分けて映画にする「変化球技」を使ってまで、欲しかったもの。


それは「映画のヒット」だ。


「踊る大捜査線」シリーズや「海猿」シリーズや漫画・アニメ「ワンピース」でヒットを飛ばしつづけるフジテレビを尻目に、他のテレビ局はなんとしてもヒット作がほしい。


どうしたらヒットさせることができるか。


その答えのひとつが日テレが投げた「飛び級の変化球」だ。


これには賛否両論あるだろうが、なんでもやってみるのもひとつの道だ。


視聴率さえ取れれば、ヒットさえさせれば、なんでもOKの風潮は、なにもテレビ局に限った事ではない。


ユーザーが増えれば、会員数が増えれば、アクセスが増えれば、なんでもOKといったようなことは、どこの業界にもある。


大事なのは、そのである。


「デスノート」前編・後編の観客が、次の日本テレビ関連の映画だからという理由で、映画館に足を運ぶかどうか。


たとえ、原作が面白いから、話題作だからという理由で映画「デスノート」を観た人たちであっても、面白い原作をさらにおもしい映画にするところといえば日テレ、という認識を彼らに持ってもらえたかどうかだ。


その答えは、日本テレビが関わる次回作で明らかになるだろう。


★なんでもやってみるのもひとつの道

★たとえ入り口は作品自体の魅力のみであったとしても、出口では、
 作品をどこが作ったのかを意識してもらえるようにする。
 →【ブランディング】


映画「DEATH NOTE デスノート 前編」作品レビュー


映画「DEATH NOTE デスノート the Last name」作品レビュー

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10/08/2006

映画ヒット作に共通のキーワード

先日、米ペンシルベニア州のキリスト教系一派「アーミッシュ」の学校で襲撃事件があった。


アーミッシュ(Amish)とはアメリカ合衆国のペンシルバニア州やオハイオ州に居住するキリスト教の一派であり、近代以前の生活様式を営む人々のことをいう。


電気や電話を使用せずに、動力としては風車や水車や馬車を使う。ボタン類のない質素な服装でいることが多いようだ。また、写真を撮ったり撮られたりすることを避けることが多いともいう。


映画に登場するアーミッシュとして有名なのは、ハリソン・フォードが出演している映画『刑事ジョン.ブック/目撃者』である。


事件を目撃した子供がアーミッシュであったため、刑事役のハリソンフォードは村に身を寄せるというストーリーで、事件とそれ追う刑事という「暴力」と、質素な共同生活をするアーミッシュの村という「非暴力」の対比を際立たせた秀作となっている。


アメリカ合衆国と、そこで暮らすアーミッシュの人々というのは、わかりやすい対比の構図を作ることができる。


ではどのような対比か。
それは「暴力と非暴力」「都市と村」といったものである。


これらキーワードを用いた作品に、シャマラン監督の『ヴィレッジ』がある。

映画『ヴィレッジ(THE VILLAGE)』作品レビュー


『ヴィレッジ』の村がアーミッシュだとはされていない。だが、村の生活様式はアーミッシュを彷彿とさせる。


アーミッシュとは違うであろうところのひとつは、外部との交流である。


アーミッシュの成人は車を運転しないが、旅行等では車や飛行機も利用するというから、共同体の外との交流は普通にあるようだ。


一方、映画『ヴィレッジ』の村は、共同体の外とは一切関係を持たない。外から村へ人がやってくることもないし、村から外へ人が出て行くこともない。


また『ヴィレッジ』の村では貨幣を使わないことからも、森に囲まれた村人たちは外部との交流を絶っていることがわかる。


アーミッシュにしても、映画『ヴィレッジ』の村にしても、世俗とはかけ離れたかのような共同体に象徴される「対比の構図」は映画づくりにはよく用いられる。


じつは対比の構図は多くのヒット作に用いられているのだ。


例えば以下のようなものだ。

●大企業の御曹司と普通の娘(身分違いという対比)
 【韓流ドラマにありがち】

●大富豪と娼婦の恋(身分違いという対比)
 【「プリティ・ウーマン」】

●一流企業勤務の美しいお嬢様とアキバ系ヲタクの
(系の違いという対比【映画「電車男」作品レビュー】

●過去からやってきた貴族と現代NYキャリアウーマンの恋
(時代・身分の違いという対比)【「ニューヨークの恋人」】

●会えばけんかの、身長が高めの女の子と身長が低めの男の子の恋
(身長差という対比)【映画「ラブ☆コン」作品レビュー】


もっと身近なものでは、いわゆるバディ(相棒)モノと呼ばれる作品がある。西部劇や刑事ドラマにおける相棒といったものだ。


ほら「海猿」シリーズでも、2人1組として活動する潜水士が、お互いのことをバディと言っていたのを覚えている方は多いだろう。


こういった作品では、主人公ふたりはとうてい相容れないかのような正反対のキャラクター設定となっていることが多い。


これをお笑い芸人で考えてみよう。


日本のお笑い芸人は、たいていコンビで活躍する。コンビの片方はボケ。もう片方はツッコミだ。もし両方ボケ、または両方ツッコミであったならどうだろう。なにかとやりにくいにちがいない。


さらに、芸人同士でキャラクターがかぶらないようにすることも大事だ。
「歌って踊れるデブ」というおいしいポジションを得た芸人(タレント)はそれで仕事が入ってくるようになるが「歌って踊れてモノマネができる芸人」がいつ現れるともわからないので心配する。


なぜ心配するのか?


それは、際立ったポジションを確立することで、他と対比して自分を売り込むチャンスが奪われるかもしれないと考えるからだ。


つまり「対比」される一方というポジションを確立したい、確立したら奪われたくないと思うからである。


AときたらB。BときたらA。AかBのどちらかに真っ先に自分の名(コンビ名)があがればしめたもの。


お笑い芸人にみるのと同じように映画でも「対比」というのはたいへんよく用いられている。


わかりやすい対比を設定して、キャラクターに肉付けすれば、あとは勝手にストーリーが進んでいく、という言い方もあながちうそではない。


そのくらい「対比」設定というのは有効だということだ。


映画を観るときに頭の片隅にでも「対比」というキーワードを入れておこう。意外な作品も対比をうまく使っていることに気付くことだろう。

B000B84MOQ刑事ジョン・ブック 目撃者
ピーター・ウィアー ハリソン・フォード ケリー・マクギリス
パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン 2005-10-21

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10/07/2006

会社とスタッフが共に歩む~「フラガール」~

映画「フラガール」作品レビュー


石炭を掘っていた会社が温泉集客施設を作る。なんとも大胆なシフトだ。しかしやらないわけにはいかない。会社の存続と労働者の生活がかかっているのだから。


映画「フラガール」には描かれていないが、フラダンスの伴奏を担当するバンドマンも元炭鉱で働いていた人たちだったという。


炭鉱夫で楽器が演奏できた人がどのくらの割合でいたのかわからないが、いたとしても楽器演奏は趣味のレベルだったのではないか。


毎日シャベルやツルハシを持って穴を掘っていた人が、弦楽器の弦を指でおさえなければならない。演奏のまえに楽譜の読み方から学ばなかればならなかったかもしれない。


しかも当時(昭和40年代)はフラがどんな踊りなのかを知る人は田舎町では皆無に等しかったようだ。


半裸で腰を振ってヘラヘラ笑うおかしな踊りとしか思われていなかったフラの伴奏をする決心をすることが、炭鉱で働いてきた者にとってどれほど大変だったことだろう。


男は汗水たらして穴を掘り、女は男を助けて家を守る。という生活を長く続けてきた男達にとって、女たちの踊りを楽器の演奏でサポートするいわば脇役(実際は音楽と踊りは対等であるはずだ)かのような伴奏をしなけらばならないというのを屈辱と感じた人もいたかもしれない。


楽器を演奏するよりも炭鉱で穴を掘っていたほうが何倍も楽だと心底思ったかもしれない。


それでも楽器を練習した。


自分にはとうていできないと思っていたことでも、必要に迫られればできるのだ。


とはいってもどうしても楽器の演奏が向かない者もいる。そういう人は植物担当として南国の木々を世話した(映画「フラガール」には炭鉱夫からハワイアンセンターの植物担当になった男が登場する)。


植物担当のほうが楽器を演奏するよりも楽かというそうでもない。


東北の田舎町の寒さに、オープン前で給湯設備がうまく機能しないときなど、炭鉱町をリアカーを引いて周り、ストーブを借りてきて、南国産の木々の周りに置いて暖めたという。


このように、フラダンスの伴奏となる演奏も、南国風情を醸し出す南国木々の世話も、元炭鉱夫がしたのである。


炭鉱から温泉レジャー施設運営へ。


とうてい無理だと思うことでも会社はシフトした。炭鉱労働者をただ「きる」のではなく、元炭鉱労働者をハワイアンセンターの従業員として採用するよう努めたのである。そのために一から楽器の練習をさせ、炭鉱町の娘たちにフラを教えたのだ。


常磐ハワイアンセンターが今日まで営業しているのは(現在は「スパリゾートハワイアンズ」と名称変更している)、外からフラダンサーを連れてくることなく、外からバンドを連れてくることなく、自社の従業員を育てあげ、一緒に成長してきた歴史があるからだ。


あなたの(あなたが勤めている)会社は、自社の従業員を大事にしているだろうか。


あなたでなくてはならないと思わせるものが会社にあるだろうか。


明日から会社がこれまでとは別の新形態のビジネスに転換するとき、全くの素人となるあなたを引続き使ってくれるだろうか。


★ 顧客のほうを向くには、まず会社で働く人々の心を掴まなくてはならない。

★ 会社とそこで働く者は、共に歩むこと(供ではない)。

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09/08/2006

東宝の「ラフ」もジャニーズも使ってるアノ手法


映画「ラフ(ROUGH)」は東宝シンデレラガールの長澤まさみ主演の青春アイドル映画である。


「タッチ」「ラフ」とあだち充原作漫画の実写化作品でヒロインを演じた長澤まさみ。


というよりも、長澤まさみをより一層いかに魅力的に撮るかを中心に考えて作っているように感じるのが「タッチ」「ラフ」といった東宝作品群なのである。


長澤まさみの女優としての輝きはホンモノで、たとえ脚本や演出がグダグダであっても、主演女優の魅力でそんなことはたいしたことではないと思わせてしまうほどの魅力が彼女にはある。


そもども映画「ラフ」は、映画「タッチ」に比べればたいそう脚本や演出が良くなった。


それでも、長澤まさみという女優の魅力が突出している、長澤まさみによる長澤まさみのための長澤まさみを観にいく作品には違いない。

ならば長澤まさみだけを撮りつづけていればいいかというと、そうでもない。


今は命綱ともいえる長澤まさみの魅力を最大限にスクリーンいっぱいに表現しようとしつつも、受け継ぐもの、つまり次のスターを育てていかなければならない。


ジャニーズでいえば、有名人気アイドルグループの後ろで踊るジャニーズジュニアである。


先輩たちのステージのバックダンサーとして登場させ、メインのアイドルグループを目当てでやってきたファンたちの目にそれとなく触れさせることで、次のアイドルグループ誕生への布石をうっているのだ。


これと似たことを「ラフ」でもやっている。


それは第6回東宝シンデレラの黒瀬真奈美の登場である。彼女は「ラフ」で主人公達が寄宿する上鷺寮の寮母の娘・東海林緑という役で出演している。


絵が好きで寮の庭でいつもラフデッサンをしていていて、これが「ラフ」というタイトルの意味を観客に伝える役目を果たしている。


たいてい帽子を被って寮の庭の一角で静かにラフデッサンをしている東海林緑は、ふとしたときに主人公二ノ宮亜美の表情の変化をズバっといい当てる。


二ノ宮亜美が自分の気持ちを自分ではっきりと認識するきっかけになるこの短いけれどポイントを抑えたこのシーンに黒瀬真奈美を配置しているところが、新たなヒロイン誕生への布石なのである。


特に帽子を被らせているのがいい。
彼女が寮の庭にいつもいるので帽子を被ることに違和感を感じさせずに、観客にこの娘をもっとよく顔を見たい!と思わせる「じらし効果」があるからだ。


観客は長澤まさみを見にきたのであるが、いつのまにか庭の女の子もちょっと気になってくる。


そして作品のエンドロールが流れた後のオマケシーンでは、東海林緑が高校に入学して、寮母である母親に自分の晴れの制服姿を披露する。


もちろんこのときは帽子を被っておらず、いつも庭に座ってしずかにしていた東海林緑が寮の庭にいる母親にむかって笑顔で走ってくるのだ。


こういったシーンを最後に入れていることこそ、東宝がシンデレラガールを育てることにたいへん熱心であることがうかがいしれる。


長澤まさみという女優が注目され、すばらしいと絶賛されればされるほど、人気が出れば出るほど不安になるのものだ。


もし長澤まさみがいなくなったら? 


芸能界を引退してしまったら?
 

どんなに順風満帆でも、次の手はしっかりうっておく。


ジャニーズがよく使うこの手法をぜひ活用しよう。


「ラフ(ROUGH)」作品レビュー


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07/21/2006

「サイレントヒル」の評判がいいワケ

映画「サイレントヒル」のクチコミでの評判が上々だ。

ウェブログの映画レビューをはじめとするネットのクチコミをみてまわると、おおむね評判がいい。

「サイレントヒル」はホラーであり、かなりグロテスクな描写もあって惨たらしいと思えるようなシーンもある。

それにもかかわらず、映画館はカップルや若い女性の姿が多いという声もきこえてくる。

私が足を運んだ映画館でも、ホラー作品の上映館では普段あまり見かけない客層(ファミリーや若い女性客)が多かった。

ゲーム「サイレントヒル」は4作あり、全世界でシリーズ累計530万本以上を売り上げた。そのためゲームファンの関心が高かったことからウェブログをはじめとするネット上での作品への感想・レビューが多くUPされたようだ。


では、なぜ「サイレントヒル」は評判が上々なのか。

それは、ゲームをプレイしたことがある人にとって最も大事なところがしっかり押さえられているからだ。

最も大事なこと、それは「雰囲気」だ。

ビデオゲーム(テレビゲーム)は映像も音もある。それだけに作品の世界観を小説よりも限定されている。

小説は基本的に文章だけなので、読者の脳内世界に浮かび上がった作品世界という雰囲気は読み手の数だけ多種多様だ。そのため、小説が映画化された場合、作品世界感について自分がイメージしたものと多少ちがっていたとしても、ある程度は許容範囲となる。

ところが原作が映像を含む作品の場合、今回の例ではビデオ(テレビ)ゲームの映画化ということになると、小説の映画化とおなじ許容範囲とはならない。

ゲームをプレイしたことがある人が、自分が感じ取った作品世界の雰囲気のイメージと合うと判断できる許容範囲は小説のそれよりもはるかに狭くなる。

なぜなら、ビデオ(テレビ)ゲームは文字のほかに映像も音もあるため、作品世界のイメージがほぼ固められているからだ。


映画「サイレントヒル」は評判がいい理由のひとつは、ゲーム版の雰囲気をとてもよく表現しているところにある。

監督はゲーム版がたいへん好きで、映画化にかなり力を入れたようだ。するとゲーム好きな人が映画化にあたってなにを一番重視するかを監督はよく理解していたことになる。

そういった熱心なファンの期待にじゅうぶんに応えることは作品の宣伝にきわめておおきな効果がある。映画の感想やレビューを書いてUPするのは、もともそ映画好きか、その作品を好きな人がおおいからだ。

こんにち、映画の宣伝を真にうけて観にいく作品を決める人はずいぶん少なくなった。

映画作品のテレビCMで、作品を観た観客の感想という形をとって宣伝しているのをよくみかけるのは、人が信頼しやすいのは宣伝マンの言葉ではなく、自分に近い一般の観客だということをある程度知っているからだ。

とはいえ、映画のテレビCMなので作品に肯定的な感想を述べる観客のカットしか使っていないのはあたりまえだが……。

いまどき、制作会社や宣伝会社からお金を貰って宣伝している有名人や評論家やライターの言葉を鵜呑みにする人をみつけるのは日本で太陽族をみつけるよりも難しい。

観客のリアルな感想はどうなの? というのを皆は知りたいのだ。

映画「サイレントヒル」については原作がビデオ(テレビ)ゲームのため、積極的に作品について感想を述べる(書く)、マーケティングのイノベータ理論でいうところの「アーリーアダプタ 」が重要なのだ。

アーリーアダプタは、ある商品・サービスが良いと感じたら、いち早くそれを手に入れ、感想をまわりの人々に話すからだ。

作品の性質を見極めて、よい宣伝になりうる可能性が最も高いポイントをしっかりおさえること――ゲームにおける「作品世界の雰囲気」――が大切なのだ。

というわけで映画「サイレントヒル」は、ゲームをプレイしたことがない人にとっては、主人公の身のまわりでいったいなにが起こっているのかわからないまま物語が進んでいくので戸惑うことになる。

しかし、こうした戸惑いは不安感を煽られて主人公と同じような気分を味わえるので、それを味わえるならばゲームをプレイしたことがない人でもじゅうぶんに作品を堪能できるだろう。

「サイレントヒル(SILENT HILL) 」作品レビュー

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10/23/2005

カットバックで迫力倍増―「ステルス」―

インパクトのある広告を作りたい。もしくは手の込んだ広告を作ったのでより一層インパクトのある方法を使ってひとりでも多くの人に観てもらいたい。

そんなときに手本になる映画をご紹介しましょう。
今回の作品はこちら。

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「ステルス(STEALTH)」
監督:ロブ・コーエン
アメリカ/2005年/120分

〈ストーリー(概要)〉
アメリカ合衆国。近未来。
アメリカ海軍のテロ対策プロジェクトのひとつであるステルス戦闘機による任務には3人の優秀なパイロットが選ばれた。3人のチームに新しい仲間が加わることになった。それは最新鋭の人工知能を搭載した無人ステルス戦闘機だった。
ある日、雷にうたれた無人ステルス機は命令を無視して単独行動をはじめる。それを阻止しようとするパイロットたちのステルス機が次々と飛行不能になっていく。パイロットリーダーのベンはひとり、無人ステルス機を追跡する。

作品レビューはこちら
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女性パイロットのカーラは損傷を受けた自機(ステルス戦闘機)が操縦不能になり、緊急脱出します。

まだパラシュートを開きません。かなりの高度から脱出したので、しばらくは重力のままに降下していきます。

しかし、ちょうどカーラの上空でステルス戦闘機が木っ端微塵になってしまいました。戦闘機の災に包まれた細かい破片が雨あられのようにカーラに降り注ぎます。

もし破片に当たったら怪我どころでは済まないかもしれないし、開く前のパラシュートに当たって壊れたら……。

それに、パラシュートを開いて、災に包まれた破片が当たったら、あとは地面に激突するだけになってしまいます。

そこでカーラはパラシュートを開かなかればならないギリギリの高度まで待ちます。その間も高速で落下しながら、降り注ぐ破片を避けようとします。


「戦闘機の災に包まれた破片が自分に向かって降り注いできます」
「破片に当たった! なんとか体勢を整えています」
「降り注いでいます! すごい数です。避けられない」
「パラシュートを開くギリギリまで待ちます」
「高度計をセットしなおしました」
「まだ降り注いでいます。高度ギリギリです!」
「パラシュートを開きます!」
「破片がパラシュートに当たりました! 貫通!」
「地面に落ちます!」

といったような意味の内容の通信が、作戦本部に入りつづけます。

災に包まれた破片を必死に避けようとスカイダイビング中の迫力ある映像の間に、作戦本部でそれを聞いてもどうすることもできない司令官たちのカットが幾度も挿入されます。

しかもカーラが降下している場所は、アメリカ合衆国とは国交がない国です。なんとか無事に着地できたとしても、救援隊を送ることはできません。


「ステルス」の空中シーンの背景はすべてCGで制作されているそうです。

このカーラの脱出・落下シーンはとても迫力のある映像となっています。これだけでも映像はすごいのに、さらに迫力を増す仕掛けがあります。

その仕掛けとは、カーラの脱出・落下の音声実況をただ聞きつけるしかない作戦本部のカット挿入です。

現場と作戦室とのふたつの視点を観客に提供することで、迫力のある映像だけでなく、作戦本部の指揮官の身になって想像もさせる、という2重のハラハラ感を演出しているのです。

これは映画ではよく使われるカットバックまたはクロスカッティングといわれる手法です。カットバックとは、場面のシーンを交互に撮影(映写)することで、臨場感や緊張感やハラハラ感等の効果をもたらす撮影技法です。


いい商品がある。すごくオススメの商品がある。では商品の映像だけをテレビで流せばOKでしょうか。

例えばこんなのはどうでしょう。
ラジオやポットキャスティングで特徴的な音楽とメッセージを流しておきます。そして今度はその特徴的な音楽と共に商品の映像を流すのです。

これは、予告(音声)と本編(映像)のスムーズな連動による演出効果を狙った例です。


カットバック技法とはつまり、視点を2つ以上持たせるということです。

映像だけでなく、音声も流す。

商品のAという使い方だけでなく、Bという使い方も提案する。


映画の基本技法――カットバック。

これをビジネスや人生にもどんどん活かしていきましょう。


【要点】……………………………………………………

●映画の技法――カットバックを活用しよう。

●見せたいものがあるなら、そのものズバリを提示するだけでなく、相手の想像力も刺激する工夫をしよう。

●ふたつ以上のものを交互に提供して、臨場感や緊張感をアップさせよう。


∇無料レポート
「『ファインディング・ニモ』が教えてくれる、わかりやすくする7つの方法」


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10/02/2005

人気者になるには?―「となりのサインフェルド」―

人気者の特徴は?

学校のクラスの人気者を思い浮かべてみよう。いつもクラスメイトを笑わせていたり、サッカーがうまかったり、勉強はあまりできないけれどバンドを組んで活躍していたりと、いろいろな人気者を思い浮かべることができるでしょう。

○○くん(さん)といえば「○○」だ。というように、人気者には特徴があります。

髪型がちょんまげだとか、いつも赤いシャツを着ているとか、東京都内の学校なのに高知弁を話すとか。

人気者の特徴は、その風貌だけにではなく、その活躍の仕方にもあります。


では人気者になるにはどうしたらよいのでしょう?

人気者の特徴をしっかりと掴んで取り入れればいいのです。


ここでマイケル・リチャーズを紹介しましょう。

彼はアメリカンコメディドラマ「となりのサインフェルド」に登場する大人気キャラクターであるクレイマーを演じる役者さんです。

彼が演じるクレイマーは、ドラマの主人公ジェリー・サインフェルドが住むアパートのお隣さんで、しょっちゅうジェリーの部屋に遠慮なくやってきては食べ物を分けてもらったり、日用品を借りたりします。

合鍵も持っているクレイマーは、ほんとうに唐突にドアを開けて入ってきます。

この登場シーンで彼はいつも大げさな動き(アクション)を披露します。一度だって「普通」に登場しません。

またクレイマーはいつもゆったりとした服を着ています。お気に入りのジャケットを着ていることが多いのですが、ビシっと着ている
のではなく、ゆったりと着流しているといったかんじなのです。


マリケル・リチャーズはこのクレイマー役で大ブレイクしました。

クレイマーという役を演じるにあたって彼は、人気者になるための2つの特徴としっかりと取り込んでいます。


∇ひとつは、独特で大げさな「動き(アクション)」です。

登場シーンだけでなく、クレイマーの「動き」はいついかなる時も独特です。長身の彼が体をクネクネさせたり、ピクピク痙攣みたいにしてみせてたり、そうかと思うと颯爽と登場してみせたり(それでもなぜか笑ってしまう)と、実にさまざまな「動き」を披露してい
ます。
こうした「動き」がすべてクレイマーというキャラクターを形成しているのです。


∇もうひとつは、クレイマーの格好・衣装です。

彼はドラマの撮影にはワンサイズ大きな服を着ていたそうです。いつもゆったりと着流したかのような服装はパッと見た目においてクレイマーというキャラクターを視聴者に印象づけています。
ストーリーの紹介や登場人物の紹介はこちら


マリケル・リチャーズの特徴についての記事はこちら
「ワンサイズ大きい服を愛用しているのは誰?」


マイケル・リチャーズが演じるクレイマーが登場するアメリカンコメディドラマの詳細はこちら
『となりのサインフェルドblog』


【要点】…………………………………………………………

●人気者には特徴がある

●人気者の特徴は、その風貌だけにではなく、その活躍の仕方にもある

●人気者の作り方――名前を聞いた人がすぐに「絵・画」と「動く映像」を思い浮かべることができるようにする。

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08/15/2005

広く浅く?-「アイランド」-

ひとりでも多くの方に知ってもらいたい。
ひとりでも多くの方に来店してもらいたい。
ひとりでも多くの方に買ってもらいたい。

でもその前に「中心となるもの」があるでしょうか。

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「アイランド(THE ISLAND) 」

マイケル・ベイ監督/アメリカ/2005年/127分

放射能に汚染されていない最後の楽園・アイランドへいつの日か抽選にたって行くことを、無菌室のような建物待ち望みながら集団生活をしている人々がいる。
そのなかのひとりのリンカーンは、アイランドが存在しないことを知り、ジョーダンを連れて生存のために脱出する。

作品レビューはこちら
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「アイランド」には様々な要素が詰め込まれています。

○SF
近未来。クローン。空中滑走バイク。


○宗教・文化
・アダムとイブ 
聖書では、はじめのヒトはアダム。つぎにアダムのあばらの骨のひとつを取って作ったのがイブ。「アイランド」ではリンカーンとジョーダンのことをさす。

・蛇 
エデンの園でアダムとイブを禁断の果実で誘惑した生き物は蛇。「アイランド」では脱出したリンカーンとジョーダンがはじめに出会う生き物が蛇。

・約束の地
旧約聖書ではカナンの地のこと。「アイランド」では唯一汚染されていない島のこと。

・選ばれし民
聖書ではユダヤ民族のこと。「アイランド」では無菌室のような住宅棟で臓器移植用に生かされているクローンたちのこと。
 
・出エジプト
聖書ではモーセが、虐げれているイスラエル民族をエジプトから連れ出して約束の地であるカナンに向けて出発することをいう。「アイランド」では、一度脱出したリンカーンがふたたび住宅棟に戻り、ほかのクローンたちを解放することをさす。


さらに「アイランド」には派手なアクションシーンもあります。

これは、SFファンの心もくすぐり、キリスト教文化になぞらえて普遍性をもたせ、派手なアクションシーンで観客に楽しんでもらおうというものでしょう。

SFならSFの命題、たとえば「ロボットに心はあるか」「タイムとラベルで過去と未来を変えられるか」といったことを深く掘り下げていくといった方向ではないようです。

またキリスト教文化を背景に人間の苦悩・成長といったドラマを深く描くといった方向でもないようです。

さらに、単純にアクションを楽しむといった方向でもないようです。

いろいろな要素を詰め込むというよりも、いろいろと付けてみましたといったほうがいいでしょう。

そういうわけで「斬新さ」や「キレの良さ」といったものは感じられません。

それでも作品としてそこそこな出来だと思わせてしまうのは、派手なアクションシーンにその秘密(というほどのものでもないかな)があります。

最近の映像効果技術の発達と、ハリウッドの豊富な資金力によって、他の国や地域ではなかなか作れない映像を見せてくれるのです。

いろいろ具が入っていて、何鍋といえばいいのかわらないけど、とりあえず秘伝のタレをかけて食べればOK。この秘伝のタレがかなり「高価」だけど、とりあえずどんな具材でもそれらしい味にしてしまう「効果」があります。

たくさんの人に観てもらいたい。そのためについ広く浅くしてしまいがちです。広く浅くというのはつまり「これだ!」という中心・特徴・色がないということです。

必要なのは中心・特徴・色です。これらの周りにSF・宗教・文化・心理・ユーモア・ジョークといった肉付けをしていくのがベストです。


【要点】

●広く浅くは、どこにも引っ掛からない可能性があることを心得よう。

●いろいろな味の鍋を食べてもらいたくても、ごった煮ではそれぞれの味を楽しめない。

●カレーが食べたいお客さんがラーメン屋にいく?
 
●寿司とカレーとピザのメニューがあるラーメン屋を想像してみよう。

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07/11/2005

負の連鎖を断ち切る―ドラマ「電車男」―

ドラマ版「電車男」の放送がはじまりました。

ある意味で、映画版よりもダークになっています。

それはヲタクという特徴あるキャラクターが主人公なので、注目されがちな彼の容姿よりも、23歳のひとりの男性がおかれた状況から観客の感情移入を促がそうという狙いのためでしょう。

映画版「電車男」はこちら↓
…---…---…---…---…---…---…---…---…---…---…
∇「電車男」

村上正典監督/日本/2005年/101分

元ネタ:2ちゃんねる掲示板のスレッド

〈物語〉
電車で酔っ払いからお嬢様系女性を助けたアキバ系青年。後日その女性からお礼の品が届く。青年(電車男)は彼女(エルメス)と親しくなりたいが慣れないことでどうしていいかわからない。
そこで馴染みのあるインターネットの掲示板で相談してみることに。すると数々のアドバイスや意見や叱咤激励が寄せられる。
電車男は掲示板に集う人々に助けられてエルメスとデートを重ねていく。

映画「電車男」作品レビュー
夢と現実のバランス―「電車男」―
…---…---…---…---…---…---…---…---…---…---…


さて「レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語」という映画作品が
あます。

次々に不幸に見舞われる3姉弟妹が力づよく生きていく物語です。

「レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語」作品レビュー

不幸が次々に襲いかかるほどに、それでもくじけずに力づよく生きていく3姉弟妹に観客は声援をおくるようになります。

これと似た効用がドラマ版「電車男」にもあります。

ではドラマ版「電車男」は、ある意味で映画版よりもダークというのはどういうことなのでしょうか。

それは、ドラマ版の電車男は「技能」や「技術」をもっていないか、もしくは持っていてもそれを使いこなしていないことと、死へのハードルを越えようとするほどに思いつめていることの2つを指します。

ドラマ版電車男(以下「ド電車男」)は人材派遣会社の営業マンです(会社名「ワーカホリック」ってちょっとヤバくないですか?笑)

映画版電車男は会社のコンピュータシステム関連の仕事をしていました。どんな仕事内容かはくわしくわかりませんが、多少なりともパソコンやネットやコンピュータの知識と技術が必要な仕事です。

それがド電車男では、いわゆる営業マンという設定になっています。どうみてもド電車男には向かない職種……。

ド電車男の部屋にはガンダムのプラモやアニメのキャラクターグッズがたくさん飾られていて、パソコンヲタクという匂いはほとんどしません。

もしかしたら、今後エルメスにパソコン系の仕事が合っていることに気付かされて、めでたく転職するというプロットがあるのかもしれませんね。

そしてゆくゆくは仕事と恋(愛)の両方を手に入れるというハッピーエンドに! ってなかんじでいくのでありましょうか。

23歳男。営業職。ヲタク。
妹には避けられ、見ず知らずの女性に落し物を渡してあげては露骨に嫌な顔をされ、同僚には嫌味を言われ、小さな女の子には罵られ、担当している派遣スタッフの女性には生きている価値なしとまで言われる。

単調な、なにも起きない毎日には慣れているはずだった。でも、なぜか誕生日に、一度にいろんな辛いことが重なって起ったのです。

親父がケーキを作っているのをみて、家族だけはおれの誕生日を覚えていてくれた! と思うのも束の間、それはド電車男の誕生日を祝うためのケーキではありませんでした。

普段なら、しょうがないよそんなもんだ、と淡々と思うだろうけれど、さすがに誕生日は、一年に一度ぐらいはちょっとぐらいはいい夢みさせてくれてもいいはず……。

それなのに、よりによって誕生日にいろんな辛いことが重なって、家族さえも心の支えになってくれそうもない。

このように、ド電車男の周りの外堀をひたすら埋めていくんです。北側も南側も。東側も西側も。

もうド電車男にはなにもない。あるものといえば「若さ」だけ。でも若いだけの奴なんていっぱいいる。

すると、たとえ自分がヲタクじゃなくても、視聴者にとってド電車男はもうただの他人じゃないんです。

八方塞がりに思えて、涙ながらにビルの屋上から飛び降りようとさえする男が、たとえヲタクであろうと、外堀が埋められていくのを見てきた視聴者は、それが他人事とは思えなくなっているのです。

エルメス(ブランド)のティーカップが届いて、お礼の電話をどうしてもかけられないというド電車男に、ネットの住人のひとりは、おまえには失うものなんてなにもないだろ、といったことを書き込みます。

「砦なき者」
野沢尚の小説の題名ですね。

野沢さんの小説じゃないですが、失うものがない者というのはある意味で最強です。
なにもなければ、あとは獲得するだけです。たとえ獲得できなくても、もともと何もないのですから、失うものもありません。

なにも持っていないし、いいことなんてない。一年に一度の誕生日にさえほんのわずかな「いいこと」なんてないばかりか、辛いことが重なって……。

ド電車男はビルの屋上から飛び降りようとしますが、思いとどまります。

このシーンがドラマの第1話目にあるといのがポイントです。

ネットの集団自殺が後を絶たないことからも、ひとりで思いつめている人が、ド電車男のようにビルから飛び降りようとするけれども、ギリギリで思いとどまることがあることでしょう。

たとえ飛び降りようと金網をよじ登らなくても、心の中で飛び降りようかなとちょっとでも思う人はもっとたくさんいるかもしれません。

そうです、それを実行するには、もうひとつのハードルを越えなければなりません。

ネットの集団自殺とは、ひとりでは越えられそうもないこのハードルを集団の力で越えてしまう、そんな負の力が作用する現象のひとつではないでしょうか。

電車男がひとりで飛び降りることをやめたのはラッキーです。もし毎日の愚痴や辛いことをネットの掲示板に書きつらねていたら……。ネットの住人たちによる負の力に後押しされて「ハードル」を越えていたかもしれません。

ところがド電車男は、若い女性を助けてお礼の品が送られてきたけど、どうすればいい? とネットの掲示板に書き込みます。

ネットの住人の多くは、単調な変化のない日常をおくっています。彼等はネットの掲示板を介して電車男に関係しているとはいえ、テレビの一般視聴者の多くと共通するキャラクターです。そこに「女性を助けた青年」から助言求む! の書き込みがなされるのです。

そこには、きっかけによって変わろう必死にともがく男がいます。

そうだ! 一歩踏み出すんだ! とネットの住人達の多くは応援します。

それはネットの「負」の後押しではなく、ネットの「正」の後押しなのです。

単調な日常。変わらない日々。一歩生み出す勇気。変わることへの不安。このあたりは「Shall We Dance?」と共通してますので、もしかしたら電車男も米でヒットするかもしれません。アキハバラという名は世界に知られていますから注目を集めやすいでしょうし、基本はシンデレラストーリーですからリメイクもしやすい!

なにはともあれ、ドラマ版電車男は、四面楚歌状態で外堀を埋められて追いつめれた城主(電車男)がネットの「正」の力に後押しされて幸せを掴み取る男性版シンデレラストーリーなのです。


【要点】

≪ヒーローの作り方≫

●不幸の連続で外堀を埋める

●失うものがない者がなにかをつかもうとするきっかけをつくる

●獲得のために必要な変化への不安をていねいに描く

●応援者が参加できる環境をつくる(ネットの掲示板)


≪その他≫

●辛いときこそ前向きな行動を

●前向き・変化・一歩踏み出す勇気は、負の連鎖を絶ち切り、負の増殖を抑える

●ネットでも実社会でも、他人の言うことにふりまわされずに、正の後押しを受け られるよう調整する

●電車男は変化への不安を書き込むが、日常の愚痴や泣き言は書き込まない

●あくまで正(前向き)の不安であって、負(後ろ向き)の弱音や愚痴ではない

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07/07/2005

夢と現実のバランス―「電車男」―

「電車男」がトゥルーストーリーかどうか。

そんな議論もあるとか。

たとえ実際にあったことを元にしたドラマや映画であっても、いくらかの脚色や演出はするでしょう。

では、映画版「電車男」はどのくらいリアルなのでしょうか。

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∇「電車男」

村上正典監督/日本/2005年/101分

元ネタ:2ちゃんねる掲示板のスレッド

〈物語〉
電車で酔っ払いからお嬢様系女性を助けたアキバ系青年。後日その女性からお礼の品が届く。青年(電車男)は彼女(エルメス)と親しくなりたいが慣れないことでどうしていいかわからない。
そこで馴染みのあるインターネットの掲示板で相談してみることに。すると数々のアドバイスや意見や叱咤激励が寄せられる。
電車男は掲示板に集う人々に助けられてエルメスとデートを重ねていく。

「電車男」作品レビュー
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映画版「電車男」では、まずはキャスティングに「夢」を持たせています。

電車男役は山田孝之さん。テレビドラマ「世界の中心で、愛をさけぶ」や「H2」に出演しています。

彼はいわゆるイケメンです。元の素材がいいんです。その山田孝之さんが衣装と演技で見事にオタク青年になっています。

電車男役をリアルなオタク青年にしてしまうと、なかなか一般ウケしづらかったでしょう。

その点、山田孝之さんなら「実は美男子」ということで、安心してみれるんです。

ドラマ版「電車男」ではそんなにイケメンの俳優さんでなくてもOKです。なぜなら、ドラマは毎週少しづつストーリーが進んでいきますので、視聴者は徐々に登場人物に感情移入していくことができるからです。

映画上映時間はせいぜい2時間ほどですので、なるべく早い段階で「つかみ」はOKといきたいところです。そこでイケメンの山田孝之さんの出番となったのでしょう。これは正解ですね。

「電車男」が実話だとしても、はたして電車男はどんな容姿をしていたのかはわかりません。
でも、彼はいわゆるオタク系青年だということですので、映画のキャスティングにはある程度の「夢」という名の演出を施しているのです。

さて、もっと注目してほしいのはヒロインのエルメスです。エルメス役は中谷美紀さん。

なぜ彼女なのか? それは、エルメスは中谷美紀似、という書き込みがあったからだといいます。

ここが電車男のスゴイところです。

オタク系青年が好む女性像は? と訊かれて、たいていの方が思い描くのは、現実に存在する女優やタレントさんではなく、マンガやアニメの登場キャラクターでしょう。

「○○○というアニメの○○○ちゃん」といったふうに。

でも電車男は、エルメスは中谷美紀似だというのです。

ここがポイントです。

中谷美紀さんなら、どんな男でもたいていは受け入れやすいでしょう。彼女はいわゆる一般ウケもするきれいな女優さんだからです。

もし「アニメ萌萌系少女とオタク青年の恋愛物語」だとしたら、ここまで電車男が話題になることはなかったでしょう。

「オタク系青年とお嬢様系美人との恋愛物語」

それは、なかなかありそうもないと思える話だからこそ、人々の注目と応援を集めることができたのです。


【要点】

●リアルにこだわりすぎない

●夢と現実のバランス感覚を養う

●あったらいいけど、まずありえそうもないと思える組み合わせを試し
 てみる

●感情移入や応援をしてもらうには、時間のかけ方によって工夫が必要


そういえば今日7月7日は七夕ですね。
なかなか出会えそうもない二人が恋に落ちるラブストーリー。電車男と七夕はいい相性かもしれないですね。


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