01/31/2008

幕末志士 美男子コンテスト開催!?


乙女淑女の皆様。おまたせいたしました。

幕末志士の美男子コンテストを開催します!


●エントリーナンバー1番。沖田総司クン。

幕末志士の中で美男子といってまず名が挙がるのは新撰組一番隊隊長の沖田総司クンです。

長身で美男子。それでいて子供っぽいところがあった彼は、年下男子好きにはたまりませんネ。

でもでも、ある説では沖田総司くんは今でいうような美男子ではなかったとも。背が高めの愛嬌ある少年っぽい雰囲気のお兄ちゃんだったのではないか、というのがその説。

アラ残念。でもそういう子も嫌いじゃないわよ~(お姉ェキャラ?)


●エントリーナンバー2番。土方歳三クン。

ドカタっていうぐらいだからマッチョ系で体を動かすことが大好きな運動系さわやか男子に違いないワ。

いいえ。土方と書いてヒジカタと読みます。たしかに多摩で石田散薬の行商をやっていたときはおなごにモテモテでたいへんだったみたい。

でも新撰組ではNO.2の副長として近藤サンを盛り立てる女房役、いまでいう官房長官みたいな位置にいた人なの。

でも実は、新撰組の実権を握って実務をこなしていたのは土方歳三クンだと言われてるのよ。

情報を集めて戦略を練り、厳しい局中法度を定めて新撰組を大きくしていったのは土方クンあってこそ、というのが有力説ね。

土方クンは鳥羽・伏見の戦いの前から、近代軍備の必要性を痛感していたらしいの。

新撰組といえば人斬り集団と言われて、なにかっていうとすぐに刀を振りかざしていたイメージだけど、土方さんはこれからは刀じゃダメだと考えていたってわけ。

鳥羽・伏見の戦いの後、江戸へ。旧幕府脱走軍と合流して会津など東北で歴戦。

榎本武揚っていう旧幕軍の海軍の親玉と一緒に蝦夷地へ。蝦夷地って北海道ね。そうよ大泉洋の地元! その函館五稜郭での戦いで戦死……。

五稜郭の頃にはフランス式軍装に身を包んでいて、いわゆる私たちがイメージする新撰組隊士の服装とはかけ離れた格好だったの。

とはいえ京都時代だって新撰組幹部は私服が多かったっていうけどね。

そんなトシ(馴れ馴れしい呼び方)は甘いマスクなんだけと男気が醸し出ているような、なかなかの男前よ。

函館にて撮られたといわれる写真がコチラ


●エントリーナンバー3番。桂小五郎(木戸孝允)クン

桂クンなの? それとも木戸クンなの? どっちがエントリーされたのよ?

どっちもよ。そもそも二人は同一人物。桂小五郎クンが改名して木戸孝允クンになったの。

京都で新撰組や見回り組から身を隠して活動してたときには、橋の下で寝起きして、まさかそんな男が長州の桂小五郎とは思われないように変装したり、ときには女装もしていたりしたらしいのよ。

女装してバレないって、よっぽど肌が綺麗か、繊細そうな顔をしてなきゃ無理よね。

そういうことから考えても桂小五郎クンはいい素材を持っていたのねきっと。

でも、犬猿の仲だった薩摩への恨みつらみを語りだすと延々と止まらなかったというから、意外とネチネチ系の優柔不断男だったのかも。

そうはいってもけっこう男前だと思わない?


幕末志士美男子コンテストのグランプリを選ぶのはあなた。

といいたいところだけど、グランプリはもう決まってるの。

グランプリは……馬庭実行クン。

それってエントリーされていない人じゃないの!

だって、新撰組隊士の馬庭実行クンってカワユス系美男子なんだもん。

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さて、馬庭実行とは誰なのか? そんな新撰組隊士はいたかな? 

それもそのはず、小池一夫原作漫画「赤い鳩 アピル」に登場するキャラクターだからだ。

この漫画。たいへん興味深い。

新撰組隊士の馬庭実行は外国人宣教師ヘボン(ヘボン式ローマ字で有名)に出会う。そして日本と古代ユダヤを結ぶ接点をめぐる旅に出ることになる。

失われたユダヤの部族が海を渡り日本にやってきていたのではないかという説がある。

ヘブライ語と日本語には同じ発音で同じ意味の単語がいくつもあるという。

幕末とユダヤ。

なんとも知的好奇心をそそられるではないか!☆

もしも「LOOSER」がお気に召してもらえたなら。

もしも幕末の歴史に興味があるなら。

もしもユダヤと日本の関係に興味があるなら。

「赤い鳩 アピル」はきっとその期待を裏切らないだろう。

4883156370赤い鳩(アピル) (1)
小池 一夫 池上 遼一
スタジオ・シップ 1995-02

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08/31/2007

映画「ベクシル 2077 日本鎖国」

監督:曽利文彦
日本/2007年/109分

監督への道。ふたりのCG職人が歩む道でわかる「ベクシル」というソフトの成り立ちと歩む方向。だから曽利文彦氏は監督なのだ。国内の評価?「そんなの関係ねぇ(小島よしお)」とばかりに世界への道を歩いていってほしい。

ストーリー(概要)
―――――――――――――――――――――
バイオテクノジーとロボット産業でハイテク技術大国となった日本は世界市場を独占。やがてハイテク技術が規制の対象になると日本は国連を脱退して鎖国をはじめた。
それから10年の間、日本人どころか日本国土の本当の姿を見た者はひとりもいない。
そして2077年。米国特殊部隊SWORD所属の女性兵士ベクシルは、日本への潜入作戦に加わる。


主な登場人物の紹介
―――――――――――――――――――――
▽ベクシル
女性兵士。米国特殊部隊SWORD所属

△レオン
男性。軍人。米国特殊部隊SWORDのリーダーで中佐。鎖国前の日本で対テロ部隊を指揮。ベクシルの恋人。

▽マリア
女性。日本に潜入したベクシルを助ける。かつて日本でレオンとも面識がある。

△サイトウ
大和重鉱総務局長

△キサラギ
大和重鉱社長


コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見)
―――――――――――――――――――――
監督への道。ふたりのCG職人が歩む道でわかる「ベクシル」というソフトの成り立ちと歩む方向。だから曽利文彦氏は監督なのだ。国内の評価?「そんなの関係ねぇ(小島よしお)」とばかりに世界への道を歩いていってほしい。

■ 監督――それには意味がある

監督の曽利文彦氏は映画「ピンポン」で長編デビューしたCG・VFX(Visual Special Effect 主にコンピュータ・グラフックスの技術を使ったデジタル処理技術)職人。根っからの映像屋だ。映画「タイタニック」にCGアニメーターとして参加もしている。ほかにも原作がある映画「APPLESEED アップルシード」をプロデュースした。

▼「アップルシード(APPLESEED)」作品レビュー

そんな映像職人の曽利文彦監督が今度はオリジナル作品を作った。それが「ベクシル」だ。

こうなると、もうただの映像職人ではない。――監督だ。

なぜ、監督であることをわざわざ強調するのか。それには意味がある。


■ ふたりのCG・VFX職人の歩む道(山崎貴氏の場合)

日本の代表的なCG・VFX(以下CGとする)職人というと、たいていふたりの名が挙がる。

ひとりは山崎貴氏。

伊丹十三監督作品「大病人」「静かな生活」などでSFXをを担当。「ジュブナイル」で映画監督デビュー。「リターナー」そして「ALWAYS 三丁目の夕日」で日本アカデミー賞の最優秀賞発表において13部門中の12部門で最優秀賞を獲得。これによって日本を代表する映画監督になったとされる。

ちょっと待ったぁ~!

おぉ~と、ちょっと待っただぁ!(「なるとん紅鯨団より。とんねるずの貴さん)

すくなくとも、私には山崎貴氏は生粋のCG職人にみえる。

「ALWAYS 三丁目の夕日」において昭和30年代の町並みや建物のミニチュア、それに住宅、商店などのセットとCGを組み合わせたあの映像はなかなかものだった。

だが、監督ではない(と思うヨ)。

山崎貴氏の作品ではたいてい「脚本・監督・VFX 山崎貴」とクレジットされている。これを見ると「脚本・監督もですからね」と必死にアピールしているように見えてしまう。よほど「ただのCG屋」だと思われたくないのかな、と妙な勘ぐりをさせてしまう、そんなクレジットだ。

私は世界で日本映画が広く見られるようになってもらいたいと思っている。だから映像技術を持った山崎貴氏にはある程度注目していた。

「Returner リターナー」は散々だったが、それは致し方ない。はじめは真似ばかりでも、そこで試行錯誤を重ねていけば、きっと世界に見せれる日本のソフトを作れる日がくるだろうと思っていたからだ。

だからこそ「Returner リターナー」のレビューはずいぶんと辛辣な内容になったが、それもこれも次回作への期待度の高さゆえの応援歌であった。

▼「Returner リターナー」作品レビュー

すくなくとも「Returner リターナー」は、なんとかしてソフトを作れるようになろうともがく、がむしゃらな姿があった。

しかし、残念なことに第3作「ALWAYS 三丁目の夕日」で山崎貴氏にはソフトを作るつもりは無く、CG職人として生きるかたい決意をしたことがわかった。なにを目指して何になるかは人それぞれなのでそれまでだが、残念に思う。

このあたりのことは長くなるので、以下のレビューにて。

▼「ALWAYS 三丁目の夕日」作品レビュー

「ALWAYS 三丁目の夕日」みたいな作品があってもいい。なんとなっくジーンとくるシーンもあった。何度も笑った。なにより、マーケティングのツボはうまいこと抑えているなぁと感心した。

だが、テレビに例えるならスカパーの水戸黄門チャンネルみたいなところで一部マニア向けに放送でもしていてくればよかったのに、地上波のゴールデンタイムで放送してしまった。

それがおかしいことだという一部の声さえかき消されているも同然の状況にこそ、閉塞する現代日本が象徴的に表れている。そういう意味では、製作者の意図とはかけ離れているが、極めて風刺的な様相を呈した作品、それが2丁目だか1丁目だかの朝日だか木漏れ日だかである。

とにもかくにも山崎貴氏は世界へ向けて発信できるソフトを作る道とは真逆へ歩きだしてしまった。いや、猛スピードで走りだしてしまった。それが残念だ。


■ ふたりのCG・VFX職人の歩む道(曽利文彦監督の場合)

もうひとりは曽利文彦監督。

先にも話した(書いた)とおり、曽利文彦監督はCG畑を歩いてきて実写「ピンポン」で監督デビューした。

実写映画であったのが重要なポイントだ。実写とCGの融合という作業を通して曽利文彦監督はずっと考えていたのだろう。

実写でできること。CGでできること。そのふたつを考え続けてきたのだ。

そうでなければ「ベクシル」は撮れない。

それは日本に潜入したベクシルが見た東京のシーンに表れている。

そもそもCGは、ロボットや乗り物といったメカや、ビルや巨大建築物といった建物と相性がいい。もちろん「ベクシル」にも飛行機やロボットやファイタースーツといったCGと相性のいいものが登場する。

しかし、実はCGと相性が悪いものがかなりの割合で登場する。それはベクシルが見た東京のシーンだ。ネタバレになってしまうので控えようと思ったが、作品の予告でもたしか東京の町の様子の映像が流れていたのでまぁいいだろう(予告などで東京の様子を明らかにしないほうが宣伝効果はより高かったと思うがそれは置いておこう)。

とにもかくにも、その東京のシーンは、太平洋戦争後間もない日本の町の様子に似ている。寄せ集めの廃材で作った屋台で人々が食事をし、台風がきたら吹き飛ばされそうな平屋の家々で人々は生活している。

それは、ロボット、メカ、ビルといったものとは正反対のアナログ世界とでもいおうか。

CGが苦手とするアナログな題材を、あえてフルCGで描き出す。そんなことしないで得意なところだけCGで作ればいいと思いがちだが、それは職人の発想と感覚と判断だ。

得意なところだけをCGで作っても、それはCG技術の見本市にすぎない

そうではなく、あくまで作品を、物語を、ソフトを世界中の人々に観てもらうために、あえて不得意とされる部分もフルCGで描いている。

CGという、一見すると冷たく無機質な印象を与えがちな技術を用いて、人間らしく生きようと一生懸命に生きようと人々が生活する町――東京――を描いた。ここに、物語の伝えたい事柄とCG技術の融合が図られたのだ。

東京のシーンがあることで、曽利文彦監督がCG技術を使って描きたい(伝えたい)ものが「人間」だというのがわかる。

伝えたいものがあるとはつまり、物語ることであり、ソフトを作ることであり、作品を撮り、映画を作ることである。

だから曽利文彦氏は監督なのだ。優秀なCG職人であると同時に、映画監督なのだ。

だから、世界へ向けて発信するソフトを作るんだ。という揺るぎない意志と、はかりしれない研究と試行錯誤の数々を乗り越えてきたことが、スクリーンからあふれてくる。

そういえば、戦後すぐあたり(「ベクシル」)と昭和30年代(「ALWAYS 三丁目の夕日」)という年代のズレはあるとはいえ、同じく戦後日本の東京を再現したかのような映像を作っても、こうも進む道が違っているのはたいへん興味深く思う。

昔を美化して懐かしむ人々と、たとえヒトのかけらしか残っていなくても最期までヒトらしく生きようとする人々との、いったいどちらが「人間」を描こうとしているかは一目瞭然である。


■ リアルすぎず。デフォルメアニメすぎず

3Dライブアニメという映像表現技術を使って作られているため、登場キャラクターの動きもたいへんナチュラルにみえる。

けれども、顔はどちらかというとアニメちっくである。

これはおそらく狙ってそうしたのだろう。「アップルシード(APPLESEED)」(プロデュース)のときもそうだったが、登場キャラクターの顔はリアルすぎないようになっている。

やはり、リアルすぎるとかえって気持ち悪く感じることがあるからだろう。そんなにリアルにしたいなら、実在の俳優を使えばエエやん、といわれればそれまでだからだ。

そもそもスクウェア(現スクウェア・エニックス)の映画「ファイナルファンタジー」で フルCGでなんでも描けばいいってものではないというのは、記録的な大コケによって、たいへん高価な教材となった教えてくれたのだから、フルCG作品での登場キャラクターの顔をどうするかは大きな悩みどころだったわけだ。

リアルすぎず。デフォルメアニメすぎず。なかなかいいあんばいだと思うゾ。


■ シンプルさで惹きつける

近未来。10年間鎖国してきた日本はどうなってる?

どうなってるか見たい、知りたい、行ってみたい(?)。――と思う仕掛け。これでつかみはOK。CGだからマニア向けと思って食わず嫌いになっている人を少しでも振り向かせたい。なるべくたくさんの人に観てもらいたいという願いがうかがえる。

ただでさえマニア向けと思われがちなCG系作品なのだから「シンプル」であることは観客層の限定を避けるうえで大いに意味がある。

それなのに、たしか予告などで東京の様子をチラッと明らかにしていたと思うのだが、それがもったいない。宝箱は開けないほうがいいのだから。

チラっと見せて興味をあおるのも手だが、ベールに包まれていたほうが興味や期待はより大きく膨らむ。そのぶん、期待していたものと違えば評価もさまざまになるが、それは致し方ないこと。ここは一発勝負! をしてほしかった。


■ その他

巨大生物といったらいいのか、いろんな物体(ガラクタ)が寄せ集まり、長い筒のような形になって他の金属片などを追いかけて食らい、同化しようとする「ジャグ」というものが登場する。

生物風な肉付け(目、口など)はなされていないのが、かえって不気味だ。まるで意志を失った物体が集団で動くものを襲って取り込んでいくというのは、ゾンビを連想させた。

米国のゾンビが、当時のヒッピー文化に対する年配者たちの反応を表していたことは有名だが「ベクシル」における「ジャグ」が日本の何を表しているかを考えてみると、なんともゾッとするホラーにもなるかもしれない。そいういうあたりも日本社会の縮図を垣間見せるという意味で、ソフトとして機能するようになっている。

ちなみにゾンビが当時のヒッピー文化に対する年配者たちの反応を表しているとはどういうことか? これについてはこちらに書いてある。

▼【深夜の課外授業】ゾンビでわかるアメリカ合衆国

それと、私が観たのは日本語版で、字幕版があるのかどうかわからないが、米国特殊部隊員のベクシルは米国人同士で話すときも日本語を話した。東京で出会ったマリアと話すときも日本語だ。

ベクシルが日本語を話せる設定だとしても、米国人同士で話すときは英語で話して字幕を付けてほしかった。こういう細部は意外と大事。

だが「そんなの関係ねぇ(小島よしお)」といってしまいたいほど「ベクシル」にはチャレンジ精神と意欲に満ち溢れている。

ただしストーリーには「奥深さ」と「熱い想い」はあるものの、それを形にするストーリー構築技術がいま一歩ならぬ、いま数歩ほしい。つまり、ストーリーの魅せ方がこれからといったところだ。それは数を重ねていけばうまくなっていくので心配ないだろう。

そもそも、世界が注目するCG・アニメといった分野でソフトを作り出そうという意志と行動だけでもアッパレである。

世界は日本の何に注目するか。なんだかんだいってニンジャ、ゲイシャ、アニメ、ジャパンマネーといったところがリアルなところだ。だから、まずはそういった分野を利用しておもいっきり目立つしかない。話はそれからであるのに「ベクシル」はソフトを作ろうと、CGもストーリーも同時進行で作ろうとした。

その姿勢と行動力だけで、アッパレ3つ! である。

それに脚本には「半田はるか/曽利文彦」のふたりがクレジットされている。少なくとも、ひとりだけでやろうとせず、たとえふたりでも複数の目で脚本を作り上げていこうという姿勢があるようなので、次回作にも期待が持てる。

ちなみに声優として参加の松雪泰子さんは、声だけでも存在感バリバリですな。

「ベクシル」は日本映画では数少ない、世界へ向けて発信できるソフトだ。

世界を意識しているので、日本国内では「?」となってしまうだろう。それは致し方ない。世界へ出て行くときは、国内ではたいていそんなもんである。

国内の評価? それこそ「そんなの関係ねぇ(小島よしお)」とばかりに世界への道を歩いていってほしい。そうすればいずれ国内の評価もそれに続いていくだろう。

曽利文彦監督をおおいに応援したい。


デート       △
フラっと      ◎ 
脚本勉強     △ 
演出       ○ 
キャラクター   △ 
映像       ◎ 
笑い       - 
ファミリー    - 
友情       ○
謎解き      ‐
意欲       ◎
チャレンジ    ◎
将来性      ◎


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08/17/2007

映画「レミーのおいしいレストラン(RATATOUILLE)」

監督:ブラッド・バード
アメリカ/2007年/120分

「魔法の鏡」職人(作家)ブラッド・バードによる「誰でも名評論家」になる方法。おいしい料理と素晴らしいCGアニメは引き立て役。すべては観客の心の中に浮かぶ「ふたつのモノ」のためにある。

ストーリー(概要)
―――――――――――――――――――――
優れた臭覚と味覚を持つねずみのレミーは、シェフになることを夢見ている。
ある日、自分のヒーローである天才料理人グストーの店にたどり着いたレミーは、料理人見習いのリングイニが台無しにしかけたスープを見事に作り直す。
そのスープが客に好評で、店はひさしぶりに注目を集めるようになる。


主な登場人物の紹介
―――――――――――――――――――――
△レミー
ねずみ。優れた臭覚と味覚を持つ、料理の天才。

△リングイニ
男性。料理が苦手な見習いシェフ。

▽コレット
女性シェフ。リングイニの教育係。グストー信奉者。

△スキナー
男性。グストーの料理長。儲け第一主義。
心のこもっていない高級な料理を提供するだけの店

△イーゴ
男性。料理評論家。フランス料理界で最大の権威を持つ。

△エミール
ねずみ。レミーの兄。

△グストー
男性。天才シェフ。亡き人。ベストセラー「誰でも名シェフ」の著者。


コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見)
―――――――――――――――――――――
「魔法の鏡」職人(作家)ブラッド・バードによる「誰でも名評論家」になる方法。おいしい料理と素晴らしいCGアニメは引き立て役。すべては観客の心の中に浮かぶ「ふたつのモノ」のためにある。

■ ○○もおだてりゃ木に登る?

作品を作るのはタイヘン。評論するのはラク。

あれこれ評論するならおまえが作品を作ってミロのヴィーナス。

ホントそうですね。だから、作品を作る人と評論する人とで、どっちがスゴいかといえば、もちろん作品をつくる人です。

スゴいのは作品をつくる人だけど、作品はだれかに評価されてはじめて価値が決まる。

評価のモノサシが興行収入だったり、有名人の感想だったり、観客100人アンケートの結果だったりします。

そんなことはオマケみたいなもので、大切なのは「自分の評価のモノサシ」を持っている人がもっとも作品を楽しめるということです。

とはいっても他人の評価は気になるもの。そこで登場するのが評論家という人たちです。

Aという作品の評価は、Aという作品を観た人の数だけあります。観客ひとりひとりによって、評価というのは違います。

けれども、いち早く良い評価をたくさん集めたいというのが映画製作会社や映画宣伝会社の願いです。そのため、有名人や集客力を持つ人や権威を持つ人から良い評価を得ようと、作品づくりとは違う部分でガンバッてしまうのです。

なにをガンバるかといえば、評論家受けがいい作品をつくろうとか、評論家が機嫌よくなるよう接待しようとかガンバるわけです。

そんなふうに顔色をうかがってもらえるような、業界で最大の権威を持つ評論家ともなれば、なんだか自分が偉くて何でも思いどおりにできるような気になってしまうもの。

天才料理人グストーの著書「誰でも名シェフ」を、映画作品で言い換えれば「誰でも名評論家」ともいえるのではないでしょうか。

有名で権威あるとされる評論家の評論に振り回されることなく、自分の価値観で自分にとってすばらしい作品に出会うこと。

それが大切だということを「レミーのおいしいレストラン」は教えてくれます。

さておぼえているでしょうか。私は「夕凪の街 桜の国」のレビューで以下のように書きました。

--ここから--

映画がスクリーンに映し出す「映像」は、あたかもそれ自体が主役かのように思えるかもしれない。だがそうではない。「スクリーンの映像」は「心の中の映像・感情」のための引き立て役にすぎない。

映画という形式に限らず、あらゆる物語では、観客の心の中に映し出される「映像:感情」こそが、主役なのである。


--ここまで--
▼「夕凪の街 桜の国」作品レビュー

Aという作品を観たときに、あなたの心になかに映し出される「映像:感情」こそが主役だというわけです。

フランス料理界で最大の権威を持つ料理評論家イーゴがグストーのレストランでラタトゥイユを食べた瞬間に彼はどんな風景を見たでしょうか。そして料理を作ったシェフがレミーだと知って、どうしたでしょうか。

イーゴは一見すると悪役のようですが、そうではありません。料理を愛する気持ちはだれにも負けない。たまたまそこにフランス料理界最大の権威を得てしまったために、大好きな料理を食べて楽しむことを忘れてしまっていた、ちょっとかわいそうなふつうの人だったのです。

ちょっと忘れていただけ。だからイーゴはラタトゥイユを食べてそれを作ったのがレミーと知っても、あのような深くすばらしい評論を書けたのです。

「ブタもおだてりゃ木に登る」(←サルでは?)ともいいますが、木に登っているブタは自分がブタだとは思っていません。(ブタはかわいいですけど)。

木に登ればどこまでも続く水田を見渡すことができて気持ちがいいかもしれません。でも、水田は農家の人が作ったものです。種まきも日々の稲の世話も収穫もぜずに、木の上でごはんがうまいのまずいのと言えば、ブタのくせに、と言われてしまうでしょう。そもそもその木だって農家の人が植えたものかもしれません。

じゃぁ、おまえは何なのだといわれると、多少耳が痛いのでありますが「コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見)」という欄に文字を綴ってはいても、私は評論家ではありません(まぁ好きなように呼んでもらって結構ですが……)。私はライターです。映画の記事を書けば映画ライターというわけ。

皆さんだって、たとえばブログに記事を書けばライターです。私は、多くの皆さんと同じひとりの観客であり、同じひとりのライターなのです。

ただちょっとだけ、自分の評価のモノサシらしきものを持っている、ひとりの観客でありライターというわけです。

ウェブログ(以下ブログ)が人気の時代。だれもが自分の感想・意見・評論を気軽にネットに発表できるようになって、文字通りAという作品を観た人の数だけ評価があることが「ブログに映画感想を載せる」という具体的行動によって、いっそう明確になりました。

何者にも、何事にもとらわれることなく、自分の感想や意見をあらわすことができる時代になったのです。

多くの人々は、自分と近い目線の人の「生の声」を聞きたいのです。だれかに遠慮したり、だれかをよいしょした「作られた声」は、これまで掃いて捨てるほどあったのですから、いまさらそれが増えたところでありがたみはほとんどないでしょう。

人はタダでなにかを貰えば気持ちが動くもの。ましてなにかを貰ってはなおさらのこと。

だから私は積極的には試写会にいきません(たまには行きますけどね。一般より早く観れるのはやはりうれしいもの。でも試写会で観た場合はその旨を明記している……ハズ。「かもめ食堂」は試写会で観たなぁ)。

▼「かもめ食堂」完成披露試写会の記事

たとえAという作品を観るために1円でも支払えば、あとはそれをどう評価しようとその人だけの感想・意見となります。

しかし、タダ(無料)だったり、なにかを貰ったりしたら、もうそれはその人だけの感想・意見ではありません。作品自体の内容よりも、それに付随するもの(タダで観せてくれた、金銭や物をくれた)のほうに「力点」が移ってしまうからです。

――おだてられて木に登るブタにならないよう、自戒を込めて。


■ 「魔法の鏡」職人(作家)ブラッド・バード

ブラッド・バード監督は社会派です。「Mr.インクレディブル(THE INCREDIBLES)」でアメリカ社会を映し出す魔法の鏡として機能する作品を発表。

そして「レミーのおいしいレストラン」では、映画作品によって映画作品をとりまく状況を映し出す魔法の鏡を登場させるというスゴ技を披露してくれました。

▼「Mr.インクレディブル(THE INCREDIBLES)」作品レビュー


■ サラッとあんなことやこんなことも入ってます

ざっと目についただけでも、人間の欲求のうち「帰属意識」「友情」「恋」「自己実現」「サバイバル」が織り込まれています。

ねずみのレミーは毎日がサバイバルです。人に姿を見られただけで追いかけまわされて死の危険に直面します。

さて、レミーの父親はねずみグループのリーダーです。レミーは優れた臭覚によって、食べ物が安全かどうかをかぎ分ける重要な役割を共同体内で与えられています。

レミーのねずみ社会での地位は悪くありません。というより、かなり良いほうでしょう。親が群れのリーダーであり、自分もみんなに必要とされているのですから(帰属意識)。

でも、レミーはシェフになりたいという願いを持っている(自己実現)。

ねずみがシェフになれるわけがないと言われるのが普通。けれどレミーはリングイニと出会うことでそのチャンスを得ます。

リングイニとの共同作戦を通して、信頼する友を得ることができます(友情)。

一方、人間のリングイニは、先輩シェフのコレットと恋に落ちます(恋)。

これだけの基本欲求をバランスよく、それでいてさりげなく的確なタイミングで織り込む技術は超一級ですね。

それがスゴいとあまり気づかれずにサラッと物語が展開していくというのが、ほんとうにスゴいんですね。

だから、作品を見終わってから「レミーのおいしいレストラン」のスゴさが後からどんどん沸いてきます。

たとえどこがどうスゴいのかをうまく説明することができないばかりでなく、スゴいとはっきり気づかなかったとしても、他の作品を観たときに、無意識のうちにも「レミーのおいしいレストラン」と比べてしまうことがあることでしょう。

そのときにハッとするわけです。レミーってスゴ! ってかんじに。

サラッとストーリーが展開しているように思えるけれど、後からジワッとくる。これもひとつの「余韻」といっていいでしょう。


■ これぞ映像革命!

ピクサーは作品ごとに大きな挑戦をしてきました。毛のある生き物を主人公とする「モンスターズ・インク」。水中の生物(魚)を主人公とする「ファインディング・ニモ」。そして、料理を題材とする「レミーのおいしいレストラン」です。

どの作品も、制作当時はCGアニメで表現することがたいへん難しいとされたキャラクターや世界観や題材を、あえて主軸にして作品を作ってきたのです。

また「Mr,インクレディブル」で垣間見せたCGとスピードの相性の良さは「カーズ」で大きく花開きました。

それが「レミーのおいしいレストラン」では料理という難しい題材で、すばしっこく動き回るねずみのスピードを見事に映像化してみせているところに繋がっているのですね。

▼「モンスターズ・インク(MONSTERS,INC.)」作品レビュー

▼「ファインディング・ニモ (FINDING NEMO)」作品れビュー


■ その他

タカはピクサー作品が好きで、よくピクサー作品をおすすめしています。

ピクサー作品は多くのことを教えてくれます。

その一部を、こんな↓レポートのカタチで紹介もしているぐらい、ピクサー作品はおすすめです。

▼『ファインディング・ニモ』が教えてくれる、わかりやすくする7つの方法』

どんなに良い作品だよといっても、アニメ作品は絶対に観ない、実写しか観ないという人もいます。

何を観て何を観ないかは人の勝手ですが、実写作品だって、最近はCGがたくさん使われていて、ほとんどCG作品みたいになっているものがあります。

そうすると、実写だからとか、アニメだからとか、そういったことに果たしてどのくれらいの意味があるのでしょうか。

高級フランス料理だからうまい。高級懐石料理だからうまい。それもあるでしょう。けれど学園祭の屋台のヤキソバだって、うまいものはうまい。

ねずみが作った料理だって、うまいものはうまい。

実写だろうとアニメだろうと、自分が観たり、自分が体験したりしなければ「自分の評価のモノサシ」を持つことはできません。「自分の評価のモノサシを持つ」とは、言い換えれば「自分の価値観を持つ」ということ。

人生を有意義に送る方法のひとつは、自分の価値観を持つことです。

そうそう「レミーのおいしいレストラン」観ていると、お腹が空きますヨ。

▼関連記事「レミー、実はしゃべる」

▼関連記事「レミーのおいしい作品づくりの秘密」

デート       ◎ レミー超カワイイ!連呼で彼女のご機嫌UP
フラっと      △ ピクサー作品だと認識して観にいこう 
脚本勉強     ◎ とうに堂々の王者の風格
演出       ○ 
キャラクター   ◎ 
映像       ◎ これがホントの映像革命
笑い       ○ 
ファミリー     ◎ 
友情       ◎
謎解き      ‐
評論家      × 耳が痛い! とはいえ評論家向けともいえる。


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07/30/2007

アニメ「鋼の錬金術師」


お笑い芸人コンビ品川庄司の品川祐さんが、あるバラエティ番組に出演していたときのこと。

目を輝かせ「鋼の錬金術師」を超すばらしい作品だと絶賛!

品川祐さんは処女小説「ドロップ」を発表し、評判もなかかいいと小耳に挟んでいたのよん。

皆さんも「鋼の錬金術師」って作品名ぐらいはどこかで聞いたことがあるんじゃないかな。

おっきな鎧にフンドシ姿の弟と、小さめの身長の兄が繰り広げる冒険活劇。それが「鋼の錬金術師」ね。

で、題材は「錬金術」。

錬金術といえば、中世ヨーロッパで流行ったっていう、卑金属を金などの貴金属に変える技術のこと。そのほかにも人体を不老不死に変える技術のことも指していたとか。

人体をうんぬんっていうと、ほら「フランケンシュタイン」が思いうかぶよね。

これはヴィクター・フランケンシュタ博士が錬金術を用いて作った人間。つまり人造人間の話なわけよ。

「鋼の錬金術師」でもホムンクルスという人造人間が登場する。

このように錬金術っていうのは、物語作家にとっては想像力を刺激される題材なのだね。

「鋼の錬金術師」では、錬金術の才能ある兄弟が亡くなった母親をとりもどすべく、禁忌とされる人体練成を行うところから物語が始まるのだ。

この兄弟、たしか10~11歳ぐらいなのだが、その歳でヴィクター・フランケンシュタ博士と同じことをやろうとしたというワケ。

ところが錬金術では「等価交換の原則」というのがある。これは、人は何かの犠牲無しには何も得る事ができないというもの。

兄弟2人で、人を1人よみがえらせようとしたんだけど、だれもうまくいったためしがない禁忌の所業なわけで、当然のように失敗する。

このとき、弟は体すべてを、兄は片腕と片足を持っていかれるんよ。

弟の魂だけはなんとか近くにあったおっきな鎧に定着させることができた兄は、失った片腕と片足にはオートメール(機械鎧)を付ける。

こうして失った弟の体と、兄の片腕片足を取り戻すために「賢者の石」を探す旅に出る。

その旅を通して兄弟は気づく。等価交換の原則なんて嘘っぱちだ――と。

仮にこんな試験があるとしよう。10人が10人とも10時間を試験勉強に費やしても、試験に合格するのは1人。

もし「等価交換の原則」が絶対だとしたら、10人全員合格するか、10人全員不合格にならなくちゃぁならない。

でもね……「等価交換の原則」はあくまで「原則」だから、嘘はついていないんやね。

原則とは別名「建前」ともいって、なくちゃぁ困るけれど、在って無いようなもの。

はじめは「等価交換の原則」をまっすぐに信じていた少年である兄弟も、旅を続けるうちに「原則」の意味を知るようになる。

そもそもアニメ作品の冒頭にはこんなナレーションがある。


「人は何かの犠牲無しには何も得る事ができない。それが、錬金術における等価交換の原則だ。その頃僕らはこれが世界の真実だと信じていた」


冒険作品はたいてい、主人公が世界の真実を探す旅に出る。

これが正しい。こうすれば幸せになれる。そういったものを探す旅の目的とする物は、宝箱だったり賢者の石だったり青い鳥だったりする。

世界には多くの真実がある。どれが偽モノでどれが本モノということではなく、結局は自分という世界の真実を自分で作らなければならないということを発見して旅は終わる。

これが冒険作品の基本なわけで、「鋼の錬金術師」もこの基本どおりになっている。

有名作品ですし、よく勉強していることが伝わってくる作品ですから、興味を持った方は読んだり観たりしてみてはいかがでしょう。

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08/06/2006

ゲド戦記(TALES from EARTHSEA)

監督:宮崎吾郎
日本/2006年/115分
原作:アーシュラ・K・ル=グウィン『ゲド戦記』

スタジオジブリの「悲劇」を露呈しつつも、ブランド力を知らしめた作品。名前・言葉・言霊の題材が興味深い。主人公の成長を意識的に描こうとする姿勢がいい。必要なのはストーリーづくりのノウハウ。これからでも遅くはないのでノウハウを作ることからはじめよう。

ストーリー(概要)
―――――――――――――――――――――
多島海世界アースシーでは竜が現れたり家畜が次々に疫病で死んだりとさまざな異変が起こり始めていた。
エンラッドの王子アレンは父王を刺して国を出る。
一方、世界の災いの源をつきとめるべく旅に出ていた大賢人ハイタカは道中でアレンに出会う。ふたりは共に旅をする。


主な登場人物の紹介
―――――――――――――――――――――
△アレン
エンラッドの王子。

▽ハイタカ
魔法使い。大賢人。

△テルー
少女

△クモ
魔法使い

△テナー
女性。農家でテルーと暮らす。


コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見)
―――――――――――――――――――――
スタジオジブリの「悲劇」を露呈しつつも、ブランド力を知らしめた作品。名前・言葉・言霊の題材が興味深い。主人公の成長を意識的に描こうとする姿勢がいい。必要なのはストーリーづくりのノウハウ。これからでも遅くはないのでノウハウを作ることからはじめよう。

■ はじめに

観客動員数は好調なのに、ネットや私の周りでは厳しい批評や意見が多かったのであまり期待していなかったのが功を奏したのか、監督の思いや気持ちはなんとなくわかるような気がして私はけっこう楽しめた。

――がしかし、いくつか大事なポイントが抜けてしまっている。さらにスタジオジブリのシステム上の問題についても考えてみよう。

その前に「なんとなくわかるような」というところから説明をはじめよう。


■ 映像には向かない「対話」

宮崎吾郎監督はハイタカとアレンのちょうど中間の年齢だ。アレンの心の闇もわかるし、ハイタカのように何かしら語るべき言葉も持っている。そんな両世代の端渡り的な位置にいる監督は、おそらくほぼ私と同世代だろう。

だからこそアレンの気持ちもなんとなくわかるような気がするし、ハイタカが若者に何かしらを諭す気持ちも少しずつ想像がつくようになってきている気がする。

原作の『ゲド戦記』は未読なのだが、聞くところによると第3巻では幾度もハイタカとアレンの対話があるという。
対話は小説において威力を発揮する。言葉の世界(小説)での対話は言葉で作った世界にさらなる深みと重さを持たせ、その内容を読者の心の隅々まで染み渡らせる効果がある。

しかし映像作品における対話は、物語を失速させる要因にもなりうる。


■ バックグラウンドをどこで描くか

映像作品制作の基本は、動き=アクションをつなげて物語を作るのだ。

登場人物は語れば語るほど物語は停滞する。そのため、いかに登場人物のバックグランドを観客に伝えつつ物語を前へ前へ進めようかと制作者は苦慮する。

たとえば映画「NANA」では作品の前半にはナナのバックグランドは明かされない。後半のコンサートのシーンに過去の映像を流すことで「進行するコンサート」と「登場人物の過去」の二つを同時に観客に提供するという技を使っっている。

これによりナナへの感情移入が強力に補完されて、観客は「NANA」という世界との一体感を味わうことができる。

つまり、ナナのバックグランドを描く場所をちゃんと提供しているのだ。すでに大ヒットしている原作漫画で皆がナナの過去についてある程度知っているにもかかわらず、映画ではバックグラウンドを描く場所をどこにしようかと考えたのだ。考えたからこそ、原作漫画では第一巻で描かれていた内容をあえて映画の冒頭にはもってこなかったのだと推測できる。


■ バックグラウンドを匂わしただけ

ところが「ゲド戦記」のアレンにしてもハイタカにしてもテナーにしても、彼らのバックグランドはどこにも描かれていない。匂わしているだけだ。

おそらく、日本では原作を読んだことがない人が多いであろう。そんな作品の登場人物のバックグランドをどこにも描かずに匂わすだけというのは……これを斬新というべきか。

「名探偵コナン」の江戸川コナン君が難事件を解決しようとするのはなぜか。それは天才高校生探偵(姿は小学生)だからだ。――探偵だからである。

もしふつうの男子高校生が見ず知らずの難事件を解決しようとしたら、観客の頭には疑問が浮かぶ。なぜこの男子高校生は難事件を解決しようとしてるのか――と。

観客が感情移入できるだけの理由を提供する。これが映画に限らず、物語の基本だ。

しかしながら「ゲド戦記」ではアレンがなぜ父王を刺して国を出たのかが描かれていない。

満ち足りた環境にありながらなにかが足りないと感じる、だから生きている実感を得るために、父王の世界から自由になりたい。というのがアレンの動機なのだろうが、映像作品ではたとえ短いシーンであってもきっちりと父と子の関係を描かなければならない。

そうでなければ、はじめて登場していきなり父王を刺すアレンにいったい誰が感情移入できよう。ただなんとなくそういう若者の心の闇の一端もわかるような気もするよ、とやさしい人は言ってくれるかもしれないし、はたまた物語の根底にはよく登場する「オイディプスコンプレックス」という言葉を聞いたことがある人には「おそらくこれはオイディプスなんちゃらってことで処理してほしいのだね」と寛大な理解を示してくれるかもしれない。

だが、観客にそんな気を使わせる作品でいいのだろうか?


■ テーマはいい。きっかけプロットをつくろう。

監督が伝えたいテーマはいい。
問題は、それをどう伝えるかだ。

小説で効力を発揮する対話ではなく、映像で効力を発揮する動き=アクションでそれを伝えなくてはならない。

アレンとハイタカが旅をするきっかけも曖昧だ。たいてい見ず知らずの二人が出会い、行動をともにするにはイベントが必要だ。力をあわせて危機を脱する→目的が同じ。もしくは目的は違うが協力したほうが有利という理由があってはじめて行動を共にする。

またアレンが本来の自分を取り戻すきっかけになるはずのテルーとのエピソードが主に「歌」だけというのもいただけない。たしかに歌はいいかんじだ。
けれど、歌がよくて涙を流して感動した。それで自分を取り戻すきっかけになった、というのだったらコンサートに行けばいいだけのことである。

きっかけのイベントがどれも静的なのだ(狼に襲われ倒れたアレンを助けたハイタカ。テルーの歌)。
アレンがはじめてテルーを助けるシーンにはアクションがあるが、なぜ無気力だったアレンがテルーを助けたのかはしっくりしない。

だれもが頷けるきっかけをアクションで魅せてほしかった。

とはいえ、主人公の成長を描こうとする姿勢は、「千と千尋の神隠し」や「魔女の宅急便」の流れを汲んでいてたいへん好感が持てる。


■ 名前

ハイタカの真の名はゲド。

真の名を知ることによって相手を支配することができるのが魔法だ(という設定)。

「千と千尋の神隠し」で千尋が「千尋」から「千」に名前を変えられたのも、真の名を忘れさせて思いのままに油屋で働かせるためだった。しかし千となった千尋は逆に油屋での働きを通して自分をしっかりもった千尋へと成長した。

そもそも世界は言葉できている。

これまで幾度か話した例だと思うが、あなたはなぜ赤信号で止まるのか、と考えてみればわかりやすい。冬眠から目覚めた熊が山から人里へ降りてきて、赤信号だからと横断歩道で止まるだろうか。

自然界に信号など存在しない。赤信号では止まる、というのは人間が作った約束事だ。人間たちが住みやすいように「赤信号では止まる」という言葉による約束事を守ることで成り立っている世界。それが人間の世界だ。

もちろん自然界にも約束事はあるが、すくなくとも人間がつくる世界は言葉で成り立っているのである。

また、人間の世界だけでなくすべての世界のはじまりは「ことば」ともいえる。


■ ことば

新約聖書のヨハネによる福音書第1章1節にはこうある。

「はじめに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった」

旧約聖書の創世記第1章3節にはこうある

「神は『光あれ』と言われた。すると光があった」

はじめにことばがあり、ことばを発することによって創造されていく様子が聖書に記されている。

ユダヤ教はことばを大事にしており、そのユダヤ12部族のうちの失われた部族が実は日本にきていたとする説がある。

さらに古ヘブライ語と日本語には似通った言葉がいくつもあるという。
たとえば「はや(HAYA)」と「はやい(速い)」はおなじ「速い」という意味。また「モノ(MONO」と「もの(物)」はおなじ「物」という意味といったぐあいだ。

その真偽はさておいても、日本にも「言霊」ということばがある。日本もことばを重視してきた伝統があるのだ。

「ゲド戦記」にかぎらす「千と千尋の神隠し」や「天空の城ラビュタ」などにも登場人物が名乗ったり、相手の名前を力強く呼んだりといった名前にまつわるシーンがいくつもある。これはスタジオジブリの特徴なのだろう。

特に「ゲド戦記」は名前が重要な意味を持つ。そのあたりはとても興味深く楽しめた。


■ スタジオジブリの「ムラ」のワケ

「ゲド戦記」を観ると、なぜスタジオジブリの宮崎駿監督作品に「ムラ」があるのかの答えがみてくるかのようだ。

これについては長くなるのでこちらにまとめた。興味ある方はぜひ読んでいただきたい。

「ゲド戦記」で露呈か!ジブリの悲劇!?-宮崎駿作品群の「ムラ」のワケ-


■ ひとこと(おわりに)

宮崎吾郎監督の登場で踏み出した新たな一歩を、大いに応援したいと思う。

個人的には「ゲド戦記」はかなり楽しめた。だからこそもったいないように思えてしょうがないのだ。

なにがもったいないのかはこちらにまとめておいた。

「ゲド戦記」で露呈か!ジブリの悲劇!?-宮崎駿作品群の「ムラ」のワケ-


最後に、この夏の大作アニメーション3作品のわたくし「たかのランキング」を発表しよう。

第1位 「カーズ(CARS)」作品レビュー
ぶっちぎり!

第2位 「ゲド戦記」
応援の意味を込めて

第3位 「ブレイブストーリー」作品レビュー

特別賞 「ワンマンバンド(One Man Band)」作品レビュー
アニメ業界の風刺的な面白さとピクサー精神を描く必見作。


俳優ファン △ 
ファミリー  △ 
デート    ○
フラっと   ○
脚本勉強  △
演出     -
笑い     - 
リアル    -
謎解き    - 
人間ドラマ △
社会     ○ 

■その他、ゲド戦記関連レポート

「ゲド戦記」の心理学
映画「ゲド戦記」を精神科医樺沢紫苑さんが徹底解明している。
名前・言霊に関する記述がたいへん詳細で豊富。スタジオジブリ映画「ゲド戦記」関連で最強のレポートだ。ここまで書かれちゃもうこっちは書くことないよーってなぐらい濃い内容である。さらにビジネスにも応用できる話も付いているぞ。

映画【ゲド戦記】の告知戦略に学ぶ ― 顧客の気持ちの流れを3つの基準で、まるっと見通すカンタンな方法。
ゲド戦記の告知戦略について書かれた一本。ネットをはじめとするビジネス・マーケティングに重点を置いている。

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「ナルニア国ものがたり」全7冊セット 美装ケース入り テルーの唄 (ゲド戦記 劇中挿入歌) スタジオジブリ・プロデュース 「ゲド戦記歌集」 ゲド戦記・オリジナルサウンドトラック ブレイブ・ストーリー (上)


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07/27/2006

ブレイブストーリー(BRAVE STORY)

監督:千明孝一
日本/2006年/111分
原作:宮部みゆき「ブレイブ・ストーリー」

奇しくもタイトルがすべてを表してる。借り物競争をやめ【勇気をもって研究して】ストーリーから作りこんでほしい。さらに奇しくもピクサー短編映画「ワンマンバンド」のストリートミュージシャンを地でいっちゃったのは愛嬌というしかない……。

ストーリー(概要)
―――――――――――――――――――――
小学生のワタルは両親の離婚による父親の家出と母親の自殺未遂で自分の運命を変えるため、転校生ミツルとの出会いで知った運命を変える世界への扉を開けて旅立つ。


主な登場人物の紹介
―――――――――――――――――――――
△ワタル
少年。小学校五年生。

△ミツル(芦川美鶴)
少年。転校生。

▽カッツ
町の保安官。

△キ・キーマ
運送業者(?)

▽ミーナ
サーカス団員。空中ブランコ担当。


コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見)
―――――――――――――――――――――
奇しくもタイトルがすべてを表してる。借り物競争をやめ【勇気をもって研究して】ストーリーから作りこんでほしい。さらに奇しくもピクサー短編映画「ワンマンバンド」のストリートミュージシャンを地でいっちゃったのは愛嬌というしかない……。

■ どなた向け?

たぶんお子様向けなのかな。宮部みゆきの同名小説は未読だけど、たぶん原作はもう少し大人向けなのかもしれないね。

イマドキのお子様にかぎらずだけど、子供の目を侮ってはいけましぇん。

ほら「機動戦士ガンダム」だって、単純な勧善懲悪ロボットアニメだったらあんなにファンはできなかったハズ。細かい内容はたとえよくわかなかったって、お子様にだって他とは何かが違うゾって雰囲気は敏感に感じ取れるんだよね。

ロールプレイングゲームみたいな。

人間じゃないキャラクターを登場させるみたいな。

剣と魔法の世界で冒険させるみたいな。

「~みたいな」ってばかり言ってないでちゃんとしゃべれぇ。と叱られちゃうかもしれないね。でもね「~みたいな」というのがピッタリなんだ。

子供にゃぁこんなかんじでどぅスか? みたいな……さてさて、この作品はいったいどういった層(誰)に向けて作ったのやら。

私は他のアニメ系作品と比較するという楽しみがあるから観たけれど、そうでなかったらいったいどんな層が観にいけばいいのか悩むような作品だね。


■ 子どもは敏感

小学生の主人公ワタルくんは父親が家を出ることを知って愕然とするんだ。まるでさっきまで晴天だったのに、突然に天から槍が降ってきたみたいにビックリしちゃう。

両親と一緒に住んでいる少年がいくらなんでも寝耳にミミズ、いや寝耳に水みたいに驚いてしまうなんて。そんなに鈍感な子はイマドキなかなかいないよぉ。

それでいて父親の家出の理由というのがとってつけたようなものなんだ。

住んでいる集合住宅の外観や内装や学校への道などはとてもリアルなのに、そこで生活している人たちの内面がどうにもステレオタイプ(固定的・画一的)なんだね。

なんだかワタルくんがひとり漫才で延々とスベリ続けているみたいで、ちょっと気の毒になってきちゃう。


■「がんばってたで賞」もあやうい

日本のアニメといえば、すぐに思いつくのはスタジオジブリと日本テレビ。仮にこれらを富士山としましょ。

富士山越えを狙いたいのはGONZOとフジテレビ。「フジテレビ」っていうぐらいだら「富士」山は越えたいもの。

フジテレビは東映アニメーションとのアニメ「ワンピース」でのヒットはあるものの、世界的な有名作があるスタジオジブリ/日本テレビの富士山をぜひとも越えたい。

そこで「青の6号」「最終兵器彼女」「銀色の髪のアギト」をはじめ多数のアニメ作品で有名なGONZOとともに、夏の一押しアニメに!と投入した作品。それが「ブレイブストーリー」なのだ。

富士山越えをしたい。だから一生懸命作りました。がんばりました。

でもね、がんばる方向がちょっと違うんでなぃの?


■ 原作ありきってどうなの?

スタジオジブリのいくつかの作品にも原作があるから、じゃぁウチもそれに負けないようにというので大御所・宮部みゆきさんの小説を、ということになったのかな。

原作は読んでないのでなんともいえないけど、すくなくとも原作から脚本を作ったわけでしょ。エンドロールによると脚本担当はたしか2人(ちがってたらごめんなさい)。

一概に人数の問題じゃないけれど、ストーリー担当がわずか2人。

はやい話が、ひとりの大作家先生におんぶにだっこってかんじだね。

日本では作家さんに頼りすぎ。小説がおもしろいのは、それが小説だから。小説を映像作品にする場合は、映像専門のチームでしっかり映像に向くように脚本からじっくり作らなきゃ。そうしないと、小説までつまらないと思われてしまうかもしれないんよ。

そもそも、いつまでも原作に頼ってちゃ富士山越えは難しいよ。


■ 富士山越えても……

たとえ富士山を越えても、海外にはもぉ~とたかぁ~い山があるのだ! その山の名は……ディズニー/ピクサー。

ピクサーの作品づくりの期間は通常4年。そのうち半分の2年間をストーリーとキャラクターづくりに費やすという。はじめにストーリーを組み立てるんだ。

どこかからストーリーを借りてくるんじゃないんよ。「はじめにストーリーを組み立てる」のさ。

そしてCGの技術力の高さと優秀な人材がいるピクサーが、必然性のあるCGの使い方をしてるっていうんだから、こりゃあもういまの装備じゃぁ登山道入り口で帰らせられちゃいますぞ。

必然性のあるCGの使い方ってどんなの? はこちら↓

「カーズ」レビューの【CGとスピードのマッチングの良さ】


■ 剣と魔法の世界にもお約束を!

たとえばSFの世界はなんでもアリだからこそ、制約をきっちりつくるのだ。

人はなんでもアリの世界では不安で落ちつかないから。

たとえば剣と魔法の世界だけど、体力ゲージと魔法ゲージがいっぱいにならないかぎり普通の人と変わらないとか、そういったお約束事がないと、なにが起こってもアリになってしまって、まるでいつまでも陸地がみえないままパラシュートで風まかせに延々と流されていくかのようで不安が大きくなって楽しむどころではなくなってしまうのだ。

有名傑作漫画「ベルセルク」の主人公ガッツはモンスターみたいなものと闘いつづけているけど、特殊能力があるわけじゃぁない生身の人間だ。人間ばなれはしてるけど、人間なのだ。この設定だけで「ベルセルク」が傑作といわえる所以の一部がわかるよね。


■ ツッコむのもめんどいわ~

「ブレイブストーリー」には、いろんなアニメやゲームを彷彿とさせるところが多々あるんだ。でもひとつひとつツッコんむ楽しさという種類のちりばめ方じゃぁない。

あえてどんな作品の真似っ子に見えるのかというと、ドラゴンボール、スターウォーズ、ドラゴンクエスト……等々。

なんだかツッコむのがめんどうというよりも、はずかしくなるんよね^^;


■ 研究ではなく寄せ集め

いろんなアニメやゲームを研究してヒット作を作ろうとしたんだけど……。という言い方をするのはやさしい、イイヒトなんだろうけど、ズバリいっちゃうね!

研究したんじゃなくて寄せ集めたの。

研究っていうは、この場合でいうと、過去のいろんな作品の特徴をいっぱい調べて書き出して、それをグループに分けたり並べ替えたりして整理する。そこから傾向や法則を導き出して、それについて考えたり意見を出し合ったりしてどうしてヒットしたかを明らかにすることなんだ。

でも、今作でやったのはたぶん……いろんな作品の特徴を寄せ集めてみました……みたいな(笑)

そもそも研究する目的のひとつは、隙間をみつけること。他がやっていないことがないかと探すこと。それがこれから作ろうとしている作品の特徴になるんだからさ。


■ ヒットがほしくてたまらない

フジテレビジョンのヒットメーカーといわれるプロデューサー亀山千広さん。ドラマ『ロングバケーション』『ビーチボーイズ』『踊る大捜査線』で手腕を発揮して、映画でもヒットを飛ばしたい。実際に映画でも『踊る大捜査線 THE MOVIE』シリーズ』『スウィングガールズ』とヒット作や話題作をおくり出しているんだ。

とにかくヒットがほしい。これはだれだってそうだろうけど、特に劇場アニメ-ション作品においては日本テレビに差をつけられているフジテレビとしては、なんとしてもヒット作がほしい。

でも、いちからストーリーを練ってじっくりとはしていられない。すぐにほしい。じゃぁ大御所作家先生の原作とアニメで有名なスタジオでいっちゃいましょう! てな雰囲気がするんよね。

日本のアニメーションは世界でも注目度が高いのだからもったいないよ。

アニメでほんとうにちゃんとしたヒット作・話題作・みんなが楽しめる作品を作りたいなら、即席の借り物競争みたいな真似は避けたほうがよかった。

ストーリー担当チームをつくって、じっくり腰を据えてオリジナルストーリーづくりをしなきゃ、とてもじゃないけどピクサーの背中さえも見れないよ。


■ ワンマンバンドに出演してる?

そんな「ブレイブストーリー」の様子は、ピクサーの短編映画「ワンマンバンド」のストリートミュージシャンであるベースとトレブルが少女が持つ一枚のコインを得るために繰り広げる演奏合戦を彷彿とさせてくれるんだ。

ベースとトレブルは結局、たった一枚のコインさえも手に入れることができなかったね。

それと「ワンマンバンド」にはセリフがないんだ。顔の表情と身振り手振りと音楽だけで表現している。映像のもつ特質をよぉ~く研究してわかっているからこそできることだね。

一方「ブレイブストーリー」はクライマックスでしっかりと作品のメッセージを語っている。小説ではなく映画なのだから、映像でじわぁ~と伝わるようにがんばってほしかったな。

役者(キャラクタ)にしゃべらせればいいのだったら、それこそ小説のほうが向いているのだから。

「ワンマンバンド(One Man Band)」作品レビュー


■ たか子の顔が浮かぶ

声優に有名俳優が名を連ねてて、主人公ワタル役は松たか子さん。少年役に女性の声優さんというのはけっして珍しくないけれど、どうしても「ワタル」じゃなくて「たか子」の顔が浮かんじゃうのだ。

アニメーションは特にキャラクターが大事。ワタルだけどたか子というのでイメージが安定しないのがいまいちキャラクターに入りこめない原因だね。

アニメーション作品では宣伝のため声優に有名タレントを起用するのがあたりまえになっているけれど、それって裏を返せば作品に自信がないからと受けとめられもする。

日本は声優文化(?)があるのだから、そういった土壌のベテランや才能豊かな声優さんを起用して、脇役のひとりに実は話題のタレントが! というぐらいがちょうどいい。

今作でいうと、キ・キーマ役に大泉洋さんぐらいにしておけばバランスがGOOD。そうできなかったのは、ほかがみんな有名タレントを起用してるからうちも、という理由なのだろうね。そういった流されやすい体質を匂わすのは、作品の質をも観客予備軍にある程度予測させちゃうことになるのにね。


■ ひとこと

今回は久しぶりに辛口になっちゃった。

でもね、なにかコメントするというのは少なくとも関心があるから。ノーコメントというのが一番ヒドいから。

宮部みゆきさんの本はいくつか読んだことがるよ(「ブレイブストーリー」は未読だけど)。
有名な作品で「クロスファイヤー」。読者にページをめくらせるのがとても上手な作家さんだと思った。そして実際に巧い。でも映画版も観たけど、こちらは矢田亜希子ちゃんが出ているだけの作品で、小説の良さを感じられなかった。

やはり、小説と映画は違うというあたりまえのところからはじめなければならんぞぉ。

映画「ブレイブストーリー」を観るかぎり、原作作家宮部さんはゲームが好きなのかな。好きだとしたらそれが邪魔をしている。好きだということは、自分が世界に入りきってしまう可能性がある。冷静に物語を構築することが難しくなるんだね。

仮にこれがひとりではなくチームでストーリーを作っていると、だれかがストーリーに熱く入り込んでも、だれかは冷静に分析・判断することがきる。ところがひとりだと「時間をあける」というぐらいしか冷静な目でみるチャンスがないんだ。
好きこそが及ぼすウィークポイントが目立ってしまったのかも。

なんだかんだいいつつ小説「ブレイブストーリー」は未読なのでなんともいえないけどね。

さて映画「ブレイブストーリー」だけど、お金はそこそあるのだろうから、じっくりとストーリーづくりかたはじめてほしい。そのときはもちろん私も力になるよ(笑)

観客不在という意味では、観客に「無礼」(ブ)な物語ともいえなくもない。

いやいや、タイトルは奇しくも「ブレイブストーリー(BRAVE STORY)」だったね。

ぜひ、借り物競争をやめ、勇気をもって研究してストーリーから作りこんでいってほしい。

さぁまずはキミ【が】勇者になることからはじめよう☆ 

……キミってだれ?(笑)

俳優ファン  - 有名タレントの声がきければOKなら
ファミリー   △ 最近の子どもの目は肥えてるから……。
デート    × 
フラっと   ×
脚本勉強  △ 反面教師としてならマル
演出     - 
笑い     × パロディでもないし笑えない
リアル    - 日本CG・アニメ界を表している意味ではリアル?
謎解き    - 
人間ドラマ - ありがち
社会     △ 町の様子はなかなかリアル 
CG      △ もっと活躍できる場所があるのでは? 使い方の問題。

4043611110 ブレイブ・ストーリー (上)
宮部 みゆき
角 川書店 2006-05-23

by G-Tools


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07/14/2006

「美しいものが嫌いな人がいて?」~ガンダム~

「キャスバル兄さん……」

「美しいものが嫌いな人がいて?」

「ほんと、好きだったよ、坊や......」

「軟弱者!!」

「俺を踏み台にしやがった」


これを読んでピンときた方はかなりの「通」ですね。

これはいま巷で流行っている(?)と噂のガンダムしりとり

別に末尾の文字からはじめなくてもOK。古今東西ガンダム編みたいなものです。

使用例としては、同世代の主に男性数人が一泊キャンプでの消灯後のバンガローまたはテントにおいて、なかなか寝付けないときにすると……盛り上がってますます寝れなくなります(笑)

さて、いったい何の話をしているのか? と思われる方のために説明しますと、これらのセリフは「起動戦士ガンダム」というテレビアニメ(映画もある)での登場人物の有名なセリフなんです。

ガンダムファンはどのセリフがどの場面で誰が言ったものかを答えずにはいられなくなるという魔法のセリフみたいなものです。

ガンダムが人気なのには理由があります。ガンダムはロボットアニメという枠では捉えきれないほど奥が深いんです。単純に善悪に割り切れない内容で、世界観もしっかりしていて登場人物に厚みがあるからです。

ガンダムは、勧善懲悪の単純ロボットアニメとは違うんですね。そのあたりを書くと無料レポート1本分にはなってしまいますので今回はひかえますが、ガンダム世代と言われる方だけの集まりがあるときは、飲み会などでする「ガンダム有名セリフしりとり」はけっこう盛り上がりますのでやってみてはいかがでしょう。

私がやったときはかなり盛上がりましたヨ。

ガンダムの登場人物の名前をド忘れしたしまったかつて少年(少女)だった方。モビルスーツの造形は思い出せるのに名前が思い出せない方。少年(少女)の頃はあんなにガンプラ(ガンダムのプラモデルの総称)を作ったのに……としょぼんとする、そんなあなたに朗報です。

ガンダム専門ストアがアマゾンに登場!

ガンダムストア


とりあえず1年戦争はおさらいしておかなくちゃってかんじですね。ある程度オトナになってから観かえすと、少年(少女)の頃にはわからなかった奥の深いやりとりやシーンに、そういうことだったのか! と何度もうなってしまうことでしょう。

とくにジオン、ザビ家、シャアの関係のあたりなど、なんとな~くわかっていたような、わかってないような点にも新たな発見もあるはず。

機動戦士ガンダムDVD-BOX 1


モビルスーツでは、私はこれ↓がいいなぁ。

「俺を踏み台にしやがった」でお馴染みの……

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04/06/2006

アニメ「NANA」

「NANA」のアニメ第1回(5日)がテレビ放映されましたね。

「NANA」は矢沢あい原作の漫画で、実写映画にもなりました。


アニメ「NANA」のはじまりは、奈々が恋人の大学合格をきっかけに上京するところからはじまりました。

過去を振り返るかのような奈々のナレーション付で、北国から雪降る夜に新幹線に乗って上京する。

なんだか懐かしい雰囲気を感じますね。といってもいわゆる「上京」をしたことはありませんが…。

「上京」と聞くと、京都に行くことをイメージしますが、一般には東京に行ってそこで生活することをいいますね。

新幹線の中で奈々は、ギターを持った女の子ナナに出逢い、彼女の隣の席に座ります。

お互いに同じ年齢で同じ名前で、さらに同じ目的地へ向かうことを知ったナナは「なんだ同じ上京組か」といって、ビールで乾杯します。


さぁ、ここまで読んだアナタは「NANA」ヒットのヒントにいくつ気がつきましたか?


では、ヒットのキーワードを抜き出してみましょう。

「上京」
「過去を振り返るナレーション」
「北国」
「雪」
「夜」
「新幹線(列車)」
「隣の席」
「上京組」


どのキーワードも、どこか「懐かしさ」を感じさせるものですね。

「隣の席」のどこが懐かしいの? と思った方もいるかもしれません。

でも「学校」「教室」「席替」とくれば……ほら、頭の中には金八先生かユーミンか岡本真夜が思い浮かぶかもしれませんよ。


「NANA」がなぜヒットしたか?

その秘密のひとつは「懐かしさ」です。

キーワードの中に「上京組」があります。これはナナのセリフです。

地元のバンドが解散してひとりで上京するナナは、一見すると我が道を行く強い女性のように見えますが、実は依存しやすい弱い部分を持っています。

それを表すのが「なんだ同じ上京組か」というセリフです。

バンド解散によってひとりで上京するナナは、偶然出会った、自分と同じ名前(発音)の奈々と行き先が同じことを知って、「上京組」という「枠」で捉えます。

それはまるで日本の高度経済成長期の昭和30年代に「金の卵」といわれて田舎から東京に集団就職のために電車に乗ってやってきた「上京組」を彷彿とさせます。

こうしてアニメ「NANA」の第1回目のふたりの出会いのシーンですでに、一見するとクールで強い女性のナナが実はナイーブで依存しやすく、そのため独占欲が強いことの予告がされているのです。

こういったキャラクター設定もありがちですが、よくあるキャラクターというのはそれだけ需要があるということですから、これもヒットのキーワードのひとつですね。

このように、懐かしさを感じさせるキーワード(「集団就職」「金の卵」「上京組」)も巧みに意識させているあたりは上手ですね。

たとえ実際には体験していなくてもなんとなく感じる「なつかしさ」をいっぱい詰め込むことで、若い人には見向きもされない傾向が強い「●●」と意識させにくくしているというあたりが、ヒットを生み出す職人技なのかもしれません。

このあたりの詳しいことは長くなりますので、こちらにまとめました。

大ヒットにはワケがある! 『NANA』大ヒットの秘密を解き明かす特別緊急レポート!
「『NANA』と『下妻物語』(+「R2-D2」)に共通する大ヒットの秘密とは?」


さて、アニメ「NANA」の絵柄と声はどうだったかというと、そんなに悪くないですネ。

絵柄は漫画に近く、ナナ奈々の声もほぼ合っていました。もちろん声のイメージは人それぞれですケド。


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07/27/2005

冷と熱のシフト・ヒロインの作り方―「NANA」―

4088562097NANA (1)
矢沢 あい

Nana (11) Nana (12) NANA7.8―ナナ&ハチPremium fan book! Paradise kiss (3) Paradise kiss (1)

by G-Tools

漫画「NANA」(原作:矢沢あい)。

最新刊12巻まで読み終わりました。

「NANA」はふたりの女の子が主人公です。ナナと奈々(ハチ)。二十歳のふたりは同じ日に同じ電車で出会い、東京にやってきます。

そして、偶然に同じ部屋を借りようとして再会します。ふたりはルームシェアすることにします。

主人公がふたりということで、作品はふたりの視点をいったりきたりします。

しばらく奈々(ハチ)の視点でストーリーが進んだかと思うと、ある巻からはナナの視点に移り、またしばらくすると奈々の視点に移ったりします。

三人称の視点に固定するのではなく、適時に視点をシフトさせて、それぞれの心の中に入っていけるようになっています。

そうすることで、読者はナナと奈々(ハチ)のうち、自分が感情移入しやすいキャラクターに寄り添ってページをめくることができるのです。

そんな仕組みを持つ「NANA」のふたりですが、どちらかというと奈々(ハチ)のほうが感情移入されやすいようです。

というのは、奈々はナナよりも一般的なキャラクターだからです。

ナナはバンドのボーカルをしています。いつか音楽で飯を食っていけるよう、だれにも文句を言われないデッカいバンドにしてやる! という熱い思いと目標を持っています(実際にはバンドの売り出しや宣伝のために、気のすすまないことも受け入れなかければなりませんが……)

一方、奈々にはこれといって特技も目標もありません。あるのは、素敵な恋がしたい、だれかに愛されたい、という強い思いです。

奈々はナナのバンド活動を応援します。というよりも、NANAの生き方を応援するのです。

ナナと暮らすうちに、奈々は愛されることの他に、愛することの大切さも身にしみて感じ、学ぶようになります。

楽器を演奏するわでもなく、曲を作るわけでもなく、まして歌を唄うわけでもありませんが、奈々はバンドの練習に顔を出して、みんなの世話をします。

いつしかバンドのメンバーたちも、奈々の明るい存在に力づけられていきます。

バンドのみんなが集まることになれば、少しでもみんなのために、という思いから、料理本を買ってきていろいろと試行錯誤をしながら料理をせっせと作ります。

そうするうちに、奈々はいつのまにか料理の腕がメキメキと上がっていくのです。

だれかに誇れる特技なんてもっていなかった。ただだれかに愛されたいと強く思っていた娘が、だれかを愛することの大切さを知って、自分にできることを一生懸命する。

いつのまにか、料理が上手になっていて、玉の輿といわれるような結婚をする約束をするまでになった奈々。

それでも、いろいろと悩み、いつもバンドのメンバーのことを気にかけている奈々。

天然なところもあるけど、もちろん計算だってする。自分の都合にいいような振舞いで友人を傷つけていると自己嫌悪になる奈々。

こういった奈々は、けっして特別な存在ではなく、どこにでもいる平凡な女の子のひとりなのです。

ナナと奈々。ふたりのキャラクターを設定して、偏らない視点を保持しつつ、ふたりのキャラクターの対比によって、読者に親近感を持ってもらいやすい環境をつくりだしています。

「NANA」は映画になります(主演は中島美嘉・宮崎あおい)。

【要点】…………………………………………

●ふたりの主人公を設定して読者の間口を広げる

●選択肢を増やす → 商品ラインナップを増やす

●選択肢はそれぞれに関連するものにすること

●定期的に視点をシフトさせることで、偏らない冷静な観方を提供する

●冷と熱でメリハリをだす「冷静な観方 → ←熱い感情移入」

●メリハリをつけて、マンネリを避ける 


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