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09/28/2013

映画「ウルヴァリン:SAMURAI」

「ウルヴァリン:SAMURAI(THE WOLVERINE)」

監督:ジェームズ・マンゴールド
2013年/125分


外国人から見たニッポン。


日本で生まれ育った日本人から見た「日本」と、いわゆる外国人から見た「ニッポン」とではズレがある。


だからハリウッド映画に登場する日本の風景や日本人の描写には違和感がハンパないのはありがちだ。


では「ウルヴァリン:SAMURAI」ではどうなのか?


日本人キャストとして参加した真田広之は、おかしな「ニッポン描写」を修正すべくけっこう口を出したという。それは海外の映画出演で培われた実績と信頼のある真田広之だからこそできたことで、スタッフたちからはそのアドヴァイスを感謝されたという。


そんな甲斐あってか「違和感」はだいぶ抑えられてはいる。それでもこれが日本の風景そのままかといえばもちろんそうではない。(とはいえ映画は作り物だからそれもまた作品の味であっていい)


それでも良い点がある。それは日本人役の役者が日本語を話すこと。あたりまのように思えるかもしれないが、例えばフランスを舞台にしたフランス人が主役の映画でも登場キャラがすべて英語で話すというようなケースはハリウッド映画ではありがちだ。


ところが「ウルヴァリン:SAMURAI」では日本人役の俳優は、日本人同士のやりとりでは日本語を話す。とはいえ一部の俳優は、外見はいわゆる日本人風なのだが明らかに日本語ネイティブではないのが丸わかりの日本語を話すのだが、そのぐらいは致し方ない。


さらに忍者だけはどうしようもない。外国人がイメージする忍者がまっくといっていいほど「忍んでいない感」がバリバリなのは、これまた愛嬌である。


ほぼ舞台は日本なのでそのあたりの違和感は早々にそういうものだと割り切ってしまうのがいい。


さてミュータントの能力者の数も他のシリーズ作品と比べると極端に少ない。そもそもローガンの話であり舞台も日本なので他のミュータントはあまり出てこない。能力自体も物理的なものではないケースもある。


今回もローガンの「心の旅」である。だからといって物静かな作品かというと、そうでもない。


ローガンも、彼と行動を共にするユキオ(福島リラ)も暴れまくっていいる。アクションシーンだけをとればシリーズの中でもかなり多いほうに属するだろう。


特筆すべきはそこで描かれる日本のヤクザの精神力の強さだ。走行中の新幹線の屋根の上でローガンと対峙するヤクザの男は、いったいどれほどの強靭な精神力の持ち主だろう。


ローガンは治癒能力があるから危険な目に遭っても痛いだけで死にはしないことが自身でわかっている。だから走行中の新幹線の屋根に上がって無茶もできる。


一方のヤクザは、気合は入っているがふつうの男である。死をもおそれないサムライの精神をそこに投影したといえばカッコイイが、このシーンはマンガの世界だ。


「ニッポン」が誇る文化といえばマンガである。最もニッポンらしいともいえるそれを取り入れたのがこの新幹線のシーンだ。


遊び心満載の、いい意味での「マンガ的アクション」をあのローガンがやってのけるのだからたまらない。しかも対戦相手は生身の人間(日本人)である。舞台も日本。そして新幹線。「マンガ=日本」へのオマージュといったかんじかな。


さて本作で注目はなんといってもふたりの日本人ファッションモデルであるTAO(矢志田の孫娘・マリコ役)と福島リラ(矢志田の部下ユキオ)だ。


どちらも現代の日本人のふたつの面を象徴するキャラクターとなっており、ローガンを軸に複雑な心の機微も描かれる。


ふたりとも本作が本格的な女優デビューらしいが、存在感のある繊細で力強い演技をみせている。


ローガンの物語。それは無数に存在する。そう思わせるだけの魅力的なキャラクターはそうそうあるものではない。なにせ不死身だから、見た目と実年齢はまったく違うのだから、どんな時代でどんな活躍をしてそれが現代にどうつながるのか。まだまだ知られざる物語があると思わせてくれるそんな彼の日本での物語。


日本に行ったことがない人も、日本で生まれ育った人も「ニッポン」でのローガンの活躍と「心の旅」にしばし付き合ってみてはいかだろう。


新幹線、パチンコ、そして忍者。


どうやらこれだけはどうしても「ニッポン」の描写には欠かせないようである。

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映画「エリジウム(ELYSIUM)」

▼映画「エリジウム(ELYSIUM)」

監督:ニール・ブロムカンプ
2013年/109分


マット・デイモン主演のSFアクション。


近未来。富裕層はスペースコロニー「エリジウム」に住んでいる。そこには高度な医療技術があり、人類のあらゆる病気を瞬時に感知して治療・完治させる装置がある。


一方の貧困層は荒廃した地球に住むことを余儀なくされ、劣悪な住環境で搾取や病気に苦しめられている。


地球に住むマックスは勤務先のロボット組み立て工場で事故に遭い、余命5日を宣告される。助かる道はひとつしかない。どんな病気でも治療できる医療装置があるエリジウムへ行くことだ。


そこで地球のレジスタンス組織と接触したマックスは、エリジウムに行くためにリスクの高い取引をする。


この主人公マックスが、物語の結末でどうなるかはキリスト教文化に少しばかりの馴染みがある人ならすぐにピンとくるだろう。


それがわかるのは、幼いマックスが天空のエリジウムのほうを見上げるシーンだ。修道女らしき女性がマックスに「あなたは特別な使命がある」みたいなことを言う(セリフは正確ではありません。だいたいそういったようなかんじの意味です)のがポイントだ。


ピンとくるポイントは他にもある。マックスには幼馴染の親しい女性がいる。久しぶりに再会した彼女には娘がいることがわかるのだが、その子は病にかかっている。地球の医療設備や技術では完治できない難病である。


その子だけではない。地上の誰がもエリジウムの恩恵を受けたいと願っている。どんな病気でも治せる医療装置を使えるようになりたいと願っていいるのだ。


あらゆる病からの開放。これを言い換えるならば「苦しみからの解放」。つまり「救い」を意味する。


地球の人類は救いを求めている。日々天を見上げ、そこに救い(医療装置)があるとわかっているのに手が届かない。


誰もが救いを求めているのに、そこへ至る道へ仲介してくれる者はいない。「救い」への橋渡しをしてくれる者がいないのだ。


ここまでくればもうピンとくる理由は明白だ。物語におけるキーワード「救い」と「仲介・橋渡し」といえば……。


すぐに思い浮かぶのはイエス・キリストである。


さて「神の国は近づいている。悔い改めよ」というメッセージはキリスト教の宣教活動においてよく耳する言葉だろう。とはいえ多くの人々は差し迫った危機がないとなかなか「神の国=救い」を求める具体的な行動をはじめようとはしないものである。


そこで映画「エリジウム」では主人公マックスに今すぐにでも「救い」が必要な差し迫った危機を用意した。それが余命5日だ。


当初の動機は自分が助かりたいからとはいえマックスはレジスタンス組織のリーダーとリスクの高い取引をする。それは自らの体を改造する手術によって実現することとなる。


余命5日と肉体改造。前者は「動機づけ」、後者は「犠牲」を象徴しているが、どちらも人類の救いというキーワードを通して見ると「神の国は近づいている=余命5日」と「救い(には犠牲が必要)」という構図が浮かび上がってくることがわかるだろう。


特に「救いには犠牲が」という部分は、旧約聖書の時代においては、身代わりの犠牲に動物がほふられることによって人の罪が赦されるとされいたことを思い出させる。これが新約聖書の時代になると動物の犠牲は不要になる。なぜならイエス・キリストが身代わりとなったから。


こうしてみるとマックスが自らの身をいわば「犠牲」にしてエリジウムに潜入する道を切り開き、やがて希望の場所にたどり着いたときに彼がどのような働きしてどうなるのか。それはすぐにピンとくるというわけだ。


マックスの働きによって救われるべき者たちの範囲が「更新」され、その「救い」は天空より地上へ舞い降りる。「新約聖書のイエスと再臨」をSF世界に当てはめた典型例ともいえる本作の物語の「型」の基本は「アイ・ア・レジェンド」と同じである。同じだからどうのということではなく、物語の典型・基本をしっかりおさえているから、あとはそれをどう観客にみせるかというのが大事だ。


この点では『第9地区』でもわかるようにニール・ブロムカンプ監督は荒廃した近未来を描くことを得意としていることからも、その独特の世界観は折り紙つきだ。


そしてなにより主人公マックス役はマット・デイモンだ。坊主頭もアクションも意外とハマっている。


ありがちなSFアクションとして鑑賞するとそれまでに感じるかもしれないが「救済」「犠牲」といったキーワードを軸にすれば作品をよりよく楽しめるだろう。


そもそもSF作品というのはキリスト教文化とは相性がいい。「ターミネーター4(TERMINATOR SALVATION)」も「救済」と「犠牲」がこれでもかというぐらいわかりやすいテーマとなっている作品だ。未見ならぜ大いにおすすめしておこう。


そして『第9地区』がおもしろかったとう人は『エリジウム』も楽しめるだろう。キリスト教文化の背景を知ったならなおさらである。


▼「ターミネーター4」作品レビュー


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