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04/30/2009

そもそもキャラってなんだ?~キャラをめぐる勘違い~

人気アイドルグループSMAPのメンバーである草なぎ剛氏が酔って裸になって騒いだことが影響して、日本民間放送連盟は地上デジタル放送への完全移行をPRする新キャラクターとして「地デジカ」を発表しました。

▼「地デジカ」に関するニュース


そもそも、たいていのマスコットキャラクターが人間ではないのはなぜでしょう。


キャラクターといえば「ひこにゃん」があります。
▼ひこにゃん特設サイト
戦国時代は泣く子もだまる赤備えの鎧兜で有名な彦根藩の井伊家。そんな赤備えの兜をかぶったのは武士ではなく猫ちゃん。それが「ひこにゃん」です。


それから「はばタン」。
▼「はばタン」プロフィール紹介
震災からの復興を不死鳥(フェニックス)で表現したのが兵庫県のマスコットキャラクターです。スポーツ万能男子という設定にもかかわらず、日射病で倒れるというツッコミどころも。さすがは関西のキャラクターですね。


ところが、奈良県の平城遷都1300年祭のマスコットキャラクターは「かわいくない」という声が相次いだことがありました。


この平城遷都祭のキャラクターをみると……たしかにあまりかわいくありません。
▼せんとくん紹介


かわいくないというより、ちょっとコワいかも。


なぜコワいかというと、今にもしゃべり出しそうだからです。


「ひこちゃん」と「はばタン」は、その容姿からしてしゃべりそうにありません。しゃべったとしても「にゃぁ」とか「カァー(フェニックスがどう鳴くかわかりませんが)」とかいったかんじでしょう。


「ひこちゃん」と「はばタン」がしゃべるのかどうかは知りませんが、たとえしゃべったとしても、きっとアニメっちくな声をしているだろうな、とイメージすることができます。


一方の平城遷都祭のキャラクター「せんとくん」は「ふつう」にしゃべりそうだったのです。なぜなら童子のイメージでデザインされたキャラクターだから。


童子といえば人間の子供・少年(菩薩の別名でもあります)。


子供や少年がしゃべるのよくある光景です。たとえ外見はかわいい子供でも憎まれ口をたたくばかりでちっともかわいくないという子供もいるかもしれません。


そもそも人間の子供がかわいいかどうかは、その子供との距離(親類・友人・知人)で決まります。


見ず知らずの子供が憎まれ口をたたいていたら、かわいいとは感じにくいかもしれません。


みんなウチの子がいちばんかわいいと思っているのですから、もしも特定のだれかの子供をマスコットキャラクターにしたら、ウチの子のほうがもっとかわいいのに、と思う人が続出してしまう。


こうなってはみんなに愛されるマスコットキャラクターにはとうていなれそうもありません。


もう一度「ひこちゃん」と「はばタン」を思い浮かべてみてください。


ウチの子よりも……と考えるでしょうか。たいていの人はそんなことは考えません。


なぜなら「ひこちゃん」と「はばタン」は人間の子供をモチーフにしたキャラクターではないからです。(猫と鳥をモチーフにしたの)。


ウチの子や親戚の子や近所の子と比較しようもないものであって、容易にしゃべり出しそうもないもの。


それが広く愛されるキャラクターの条件です。


平城遷都祭のキャラクター「せんとくん」は童子にシカの角を生やしたものです。


もしもウチの子供にシカの角が生えていたら?


シカの角みたいな寝グセぐらいならまだかわいいですが、ほんとうにシカの角が生えたら?


そんなこと、考えたくもないでしょう。


考えたくもないオソロシイ事が起こったそのまんまの容姿を持ったキャラクター。


だから「かわいくない」という声が相次いだのではないでしょうか。


新キャラクターの「地デジカ」は角が生えており、2本足で立ち、色いレオタードを着ていますが、その容姿は人間に近いものではありません。鹿をイメージさせる容姿をしています。


鹿は人間のことばをしゃべりますか?


フジテレビのドラマ「鹿男あをによし」に登場する鹿は人間のことばをしゃべりましたが、一般的にはしゃべりませんよね。

▼「鹿男あをによし」フジテレビ 
 ↑あまり話題にならなったようですが、スゴクおもしろいドラマです。いやホンマ最高です☆


だから「地デジカ」は2本足で立ってレオタードを着ていても、鹿をイメージさせる容姿をしているのです。


そもそもマスコットキャラクターというのは、人畜無害なものが好まれます。好まれるというのはキャラクターを作ったり用いたりする側にとって好まれることを意味します。


さらに、好まれるというよりも、人畜無害でなければならないと困るのです。


作られたキャラクターはギャラを要求しませんし、ご飯を食べませんし、トイレも使いません。


人気がなくなって倉庫の奥に押し込まれても、文句のひとつもいいません。


もちろん、お酒も飲みません。


そもそも人間をイメージさせる容姿をしていませんから、人間の言葉をしゃべりようもありません(イベントでは人間の言葉を音声機器を使って発することがありますが……)。


見た目がかわいくて、愛着を持ってもらえればいい。そこに人間臭さは不要です。人間味という言葉とはかけ離れた、都合のいいように作られた「かわいさ」だけがあればいい。それがマスコットキャラクターに求められる要件の典型的なものです。


そうすると、地上デジタル放送への完全移行をPRするキャラクターに草なぎ剛氏が選ばれたことは、その目的と要件からすると無理があったことになります。


どれほど人畜無害の「いいひと」のイメージが強いとはいえ、草なぎ剛氏は人間です。


人間をキャラクターに選んだからには「ひこにゃん」や「はばタン」と同じものを求めてはいけません。


人間ですから、当然のように人間味がある。そういったあたりまえのことも含めた「キャラクター」として起用したのなら、今回の草なぎ剛氏の件をきいた鳩山邦夫総務相が「最低の人間だ。絶対許さない!」とまで激怒することはなかったでしょう。


おそらく、タレントとキャラクターの違いがわかっていなかったのでしょう。


あのタレントは人気があるからキャラクターにしようと安易に思っただけ、と思われてもいたしかたありません。


人気があるタレントには、そうなった理由があります。また、愛されるキャラクターだから人気があるタレントになったともいえます。


人間味があるからその「人となり」=「キャラクター」が愛され、人気のタレントになる。


それが「人間」というものです。


「人気があるからPRキャラクターに」というのは根本からおかしいのです。


そのおかしさに気づいていないから「最低の人間だ。絶対許さない!」という発言が飛び出すのです。これは「血の通った人間」は必要なく「作られた形だけのキャラクター」だけが欲しかったんだと言っているようなものです。


人間味を排除した魂の抜けた「キャラクター」で、人間不在のPRを押し進めていく。もしそんなふうに国民に思われたなら、たいへん遺憾です(←政治家みたいだ)。


あるアンケートによると約9割の人たちはに草なぎ剛氏に同情的だそうです。
▼「草なぎ謝罪会見、アンケートで92%が同情」:イザ!


また、それまで彼のファンでなかったが、人間味ある人だと知って草なぎ剛のファンになった人もいるという話も耳にします。


キャラクターの意味のみならず、キャラクターになってもらうタレントの人気の意味を理解する努力さえしなかったことが浮き彫りになったという意味でもたいへん遺憾ですね(←だぁかぁら政治家みたいだってば)。


キャラクターがどういうもので、キャラクターをいかに活用すべきか。


そういった大事なことはやはりディズニーに学ぶのがいいでしょう。


ミッキーもミニーもマイクを通してはしゃべりますが、直接言葉は発しません。


それに、人気のタレントがディズニーのキャラクターになったという話は聞いたことがありませんよね。


逆はあります。「パイレーツ・オブ・カリビアン」のアトラクションか映画になって、海賊の役にジョニー・デップが起用された例はあります。それもあくまで、ジャック・スパロウというキャラクターを演じる仕事をジョニー・デップが受けたということです。
▼「パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち(PIRATES OF THE CARIBBEAN)」映画作品レビュー


ジョニーデップがいくら人気者だからって、ジョニー・デップはディズニーキャラクターにはなりません。


なにはともあれ、政治家の皆さんは一度真剣にディズニーリゾートで遊んでみる必要があるかもしれませんネ。


ちなみに「地デジカ」についてのあるアンケートでは、8割以上が「良くない」と回答しているそうです。
▼【日本のアンケ】地デジ代役「地デジカくん」8割が「良くない」


それから「地デジカ」は「ちでじか」と読むようです。


はじめ「ちでじりょく」ってなんだ? と思ったのは私だけ……?


まぁキャラの絵をみれば、鹿とかけているのはわかるのですが、文字だけだとわかりにくいかも。


そんなこんなで、キャラってなんだ? というのを今一度よく考えてみると、ディズニーのおもしろさが一層増すかもしれないですね。


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ディズニーの「非日常マジック」


2008年度の東京ディズニーランドと東京ディズニーシー合わせての来園者数が過去最高を更新したそうです。

テーマパークはリピート率が命ともいわれます。

そのため、多くのテーマパークはアトラクションの追加や増設を行います。

しかし、新アトラクションでお客を呼べるのはたいてい1回まで。

その新アトラクションで遊んだら、次に来園するのは、さらに新しいアトラクションが誕生したとき、というのがありがちでしょう。

なかには春にはお花見ができることや夏には花火を打ち上げることで集客を図るテーマパークもありますが、それも一時期の効果を期待できるにすぎません。

だからといって季節を題材にしたイベントをやめればもっと来園者数は落ちますから、できることはなんでもやっていくわけです。

それでも来園者数を伸ばすところか維持することさえ困難なテーマパークが多いなか、ディズニーリゾートの来園者数はなぜ過去最高を更新したのでしょうか。

ディズニーリゾートのアトラクションの数は開園当初は32でしたが、現在はディズニーランドで41個、ディズニーシーで26個です。

しっかりと確実に新アトラクションを増やしていくという「テーマパークの王道戦略」を実行しています。

さらに、季節ごとのイベントについては様々ありますが、注目すべきは花火です。

花火はふつう夏ぐらいにしか見ることができません。人々にとって花火は非日常のお祭りのときに見るもの、という意識があります。

ところがディズニーリゾートは原則として毎夜花火を打ち上げます。

だいたい20時30分前後でしょうか。毎夜花火をみることができるのです。

非日常の花火を毎夜打ち上げるディズニーリゾート。来園者にとっては、来園したその日がたとえ平日であったとしても、その日は非日常です。お祭りの日なのです。

ディズニーリゾートにいけば、いつでも非日常のお祭りのワクワク感を抱くことができる。

これがディズニーリゾートのリピータ率の高さの要因です。

非日常は清掃にも表れています。

ディズニーリゾートの清掃員のなかには、パーク内の地面に掃除道具と水を使ってディズニーキャラクターの絵を描いてみせる人がいます。

ふつう、清掃といえば「しなければならないもの」「早く確実に綺麗に目立たずに」というのをイメージするでしょう。

「早く確実に綺麗に」は共通しますが、しかしディズニーリゾートの清掃の仕事は、ゲスト(お客さん)を一番身近に接することができて、絵を描いてみせることでゲストを楽しませることもできる魅力的なものとなっています。

日常行わなければならない掃除が、非日常のワクワクする楽しい事に変わる。

ゲストだけでなく、キャストも非日常の仕事を楽しみながらできる。

サービスを提供する側の人が楽しそうだと、サービスを受ける側の人も楽しくなる。これはディズニーマジックといえるかもしれません。

それぞれが非日常の空間を楽しむ環境と仕掛けがいたるところにある。

だからディズニーリゾートは100年に一度の不況ともいわれる現在の経済環境下であっても、来園者数が過去最高を更新することができたのではないでしょうか。

もちろん、不況のために遠出したくないという心理が働いたのも要因でしょうけれど……。

ネーミングも良いですね。

だって東京ディズニーリゾートですよ。

実際は千葉にあるんですけどね。

限りなく東京に近い千葉にあるディズニーリゾート。関東地方には間違いないけど、東京じゃない。

だけど、東京ってつけちゃおうヨ。

そんなノリだったのかどうかはわかりませんが、千葉ディズニーランドよりは東京ディズニーランドのほうが集客力がありそうなのは誰の目にも明らかです。

それはさておき、非日常を演出する仕掛けがゲストだけじゃなくキャストにもあるというのが今回のポイントです。


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ストーリーはどこから生まれるのか

ストーリーはどこから生まれるのか。


その答えを、ピクサーの映画監督であるジョン・ラセターが提供してくれています。


アニメ作家のジョン・ラセターが新しい世界を作り出す要素として一番大切にしているのはキャラクターだそうです。


「ストーリーはそこから生まれる。そしてそこからユーモアも生まれる。
 心、キャラクター、ユーモア、この3つの要素に素晴らしいストーリ
 ーが加わることで、最高の映画になるんだ」(ジョン・ラセター)


どんな物語にもキャラクターが存在します。


物語ありきではありません。キャラクターが存在するから物語ができるのです。


作家によって作品づくりの手法はそれぞれですが、優れた作家といわれる人々のなかには、たとえ物語を先に思いついてもキャラクターのイメージがわかなければよい作品にならないという人もいます。


もちろん、ジョン・ラセターもそのような作家のひとりですね。


さて、映画やドラマにはスピンオフ作品というものがあります。


これは、元となる既存の作品と同じ世界観のままで、本編では脇役であったキャラクターを主人公として新しい作品をつくることをいいます。


スピンオフ作品は、キャラクターの魅力によって新たな作品が生み出される好例です。


本編では脇役であったキャラクターがひとり歩きをはじめ、作家の想像力を刺激して新たな作品を生み出させる。


これこそまさに、ストーリーがどこから生まれるのかの答えを提示していますね。


さて、スピンオフは元となる作品が存在します。でも物語づくりは作品が元になければできないわけではありません。


作品がなくても、タレントがいればOKです。


テレビや映画に出演するタレントをみて、物語がつくれそうかどうか考えてみるのです。


あるタレントがどんな役柄で登場する物語だったら観てみたいなぁ、と思うだろうか。


そんなふうに想像してみればいいのです。


実際、物語の大まかなイメージをもった作家がテレビでタレントをみてキャスティングを決めるなんてことはよくあるそうです。


想像力をかきたてられるタレントに出会えば、作家はどんどん物語を紡ぎ出していくことができます。


このとき、想像力をかきたてられるのは作家だけではありません。


観客も想像力をかきたてられるのです。


言い方を変えれば、観客の想像力をかきたてるタレント(キャラクター)でなければ、物語はできあがらないのです。


たとえば、天才外科医役にネプチューンの堀内健。


いかがですか?


バラエティ番組でみる通称「ホリケン」のイメージからはかけ離れていると感じませんか?


いったいどんな外科医役を演じるのだろう? と想像力をかきたてられたら、すでに物語づくりははじまっています。


これは「ホリケン」というキャラクターの下地があるからこそ、そこからどの方向へどのくらい飛躍させればおもしろそうかを考えることができる物語づくりの方法です。


そういった意味でも「キャラクター」は物語づくりの不可欠なものなのです。


よく「キャラクターが薄い」といわれる人が、それを悩むことがあるといいます。


ですが「キャラクターが薄い」もキャラクターです。


キャラクターが薄いように感じても、キャラクターが無いわけではありません。


どんな人もキャラクターがあるのです。


元のキャラクターを認識して、観客や視聴者が通常抱くであろうイメージをよい意味で裏切るキャラクターが浮かんでくれば、おもしろい作品げできる匂いがプンプンしてきます。


物語づくりとはなにも映画やドラマだけではありません。


会社のブランドづくりも商品の宣伝も自身のイメージもすべて、そこに物語を醸し出すことができれば、仕事もプライベートもうまくいくでしょう。


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行列ができるマーケティング


ある道沿いに蕎麦屋が2軒。お互いの距離は30メートルほど。

片方の蕎麦屋の駐車場はいっぱいで、店の前には行列。

もう片方の蕎麦屋の駐車場は空で、店の前では店員が窓拭き。

行列の蕎麦屋に「手打ち」の文字があるほかは、どちらの店の大きさも外観もそんなに変わりません。

でも、行列ができている蕎麦屋にはさらなる行列ができそうな勢いです。

日本では特に、行列ができる店はおいしい料理を出すと思われがちです。

料理がおいしいから行列ができると考えるわけです。

たしかにそういうこともありますが、もしもあなたが店を経営する側なら、もうひとつ考えなくてはなりません。

それは「行列ができるからうまい」ということです。

行列を作ることからはじめる。そんな発想をしてみるのが、お店を繁盛させる秘訣のひとつなのですね。

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ディズニーリゾートを象徴する新アトラクション


東京ディスニーシーに「ファインディング・ニモ」を題材にした新アトラクションが登場します。

「タートル・トーク」というシアタータイプのアトラクションで開始時期は2009年秋。

内容は、海ガメの「クラッシュ」と話やゲームをするというもの。

――話?

ゲームはわかるとしても「話」というのは遊園地と合っていないように思うかもしれません。

喫茶店では話をする。

遊園地では遊ぶ。

そんなイメージが一般的でしょう。

でもディズニーシーの新アトラクションは「タートル・トーク」の名にもあるとおり「話」をするというのです。

皆さんご存知のようにディズニーリゾートのアトラクションは、ただの遊具ではありません。

それぞれのアトラクションには、それぞれの物語があります。

キャストとゲストがアトラクションを通して物語を体験します。

つまり、ディズニーリゾートは遊具施設の入場権や利用権を売っているというよりも、物語を売っているのです。

これはディズニーリゾートに限りません。あらゆる商売はモノやサービスを提供することで「物語」を売っているのです。

コーヒーを飲みたい多くの人々はなぜスターバックスに行きたがるのか。

遊園地で遊びたい多くの人々はなぜディズニーリゾートに行きたがるのか。

そんなことを考えると、同じ業種の商売をしていても「物語」を意識した会社や店のほうが成功する可能性が高くなると思えませんか?

物語は古来より語部によって伝えられてきました。それが紙に記されるようになり、芝居になり、映像となっていきました。

あらゆる物語は「語られます」。

あらゆる物語は「話されます」。

だからディズニーシーの新アトラクションは「タートル・トーク」という名であり、海ガメの「クラッシュ」と話す内容なのです。

「ファインディング・ニモ」を観ればすぐにわかりますが、カクレクマノミの主人公マーリンは出会う相手みんなに必死に話します。

息子がさらわれた。助けにいく。

出会う相手だけでなく、相棒となった魚のドリーにまで何度も旅の目的を話します。

なぜなら相棒のドリーは物忘れがヒドいからです。

主人公マーリンはさらわれた息子を取り返すという旅の目的を話し続けます。

話しつづけることで、やがて広い海のなかでマーリンの噂が広がります。

そしてマーリンの力になろうと、魚だけでなく鳥たちも協力してくれるようになるのです。

マーリンは話しつづけます。話つづけることでそれが広がり、さまざまな魚類や鳥類たちの参加によってニモの救出という物語がつくられるのです。

これが、ディズニーリゾートは遊具施設の入場権や利用権を売っているというよりも、物語を売っているといったほうがいいということの意味です。

ディズニーリゾートを訪れた人々が自分の連れと語り合い、他のゲストやキャストとも交流しながら物語を体験する。

物語を売るディズニーリゾートのまさに象徴的なアトラクションとなるであろうものが「タートル・トーク」なのです。

ディズニーリゾートのアトラクションはたいてい列に並びます。並んでいる時間に自分の連れと何をしますか?

話をしたり、ちょっとしたゲームをしたりするでしょう。

そこに海ガメの「クラッシュ」も混ぜてあげてください。

というより、そもそも海ガメの「クラッシュ」と話をするために列に並ぶのですから、話をすることがクローズアップされた「タートル・トーク」という名の新アトラクションは、まさにディズニーリゾートを象徴するものになるといえるでしょう。

ディズニーリゾートの理念や目的といったものがしっかりと新アトラクションの名や内容に盛り込まれているのですね。

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04/21/2009

ツルモク独身寮

ツルモク独身寮 (1) (ビッグコミックス)
ツルモク独身寮 (1) (ビッグコミックス)窪之内 英策

おすすめ平均
stars名作青春恋愛漫画
stars名作漫画
stars昔の月9ドラマのような話
stars第1巻目
stars本当に面白い!登場人物が個性的すぎ!

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作者:窪之内英策

今回は1991年に映画化もされた傑作漫画「ツルモク独身寮」を紹介しよう。

高知の工業高校を卒業した18歳の宮川正太は東京にやってくる。東京の郊外にある木工家具製作会社「ツルモク家具」に入社。それと同時に会社の独身寮に入寮する。

同室の先輩である杉本京介田畑重男と寮生活をおくり、仕事にも励みながら、隣の女子寮に住む先輩女子社員の姫野みゆきとも仲良くなっていく正太。

インテリアデザイナーになる夢を抱きながらも工員として仕事に追われる日々。

やがて、田舎に残してきた彼女・桜井ともみが上京。正太、みゆき、ともみの三角関係へと発展する。


私がはじめて「ツルモク独身寮」の漫画を読んだのは、高校生のときだったかな。

当時すでに有名作品であったツルモク独身寮の題名だけは知っていたこともあり、ふと手にとって読みはじめるとページをめくる手がとまらなかった。

圧倒的な世界観。

上手な絵。

軽快なテンポ。

すべての登場キャラクターが生き生きとしてあたかも実在しているかのような完成度の高さ。

物語にしっくりハマるギャグとそれを生み出す絶妙な「間」。

耳に残るフレーズやセリフの数々。

友情、恋愛、青春、将来への不安、挫折、夢、希望、親子の愛……。

あらゆる物語のあらゆる要素がそこにあったのだが、当時はただただ「おもれぇなぁこの漫画」といいながらページをめくるのであった。

しかし、それからずいぶん後(10年以上経って)になってから、衝撃の事実を知るようになる……。

雑誌かなにかにツルモク独身寮のことが書いてある記事をみかけた私は、おもわず「えっ! マジで?」を声を上げそうになった。

なぜなら作者である窪之内英策が「ツルモク独身寮」を描いたのは彼が二十歳そこそこの頃だと知ったからだ。

ありえないありえないありえない。いや、もしそうだとしたら……イヤハヤめっちゃおそろしい……。

その話はほんとうで、漫画「ツルモク独身寮」の単行本にはところどころオマケのコーナーみたいな箇所があって、そこに作者の近況が描いてあり、それによって作者の年代もわかるのであった。

当時高校生だった私はおそらく物語内容に夢中でオマケコーナーを飛ばしてしまっていたのだろう。

「ツルモク独身寮」を読んでからずぅっと私は、「ツルモク独身寮」の作者はベテラン漫画家だと勝手に思い込んでいたのだ。

実際は窪之内英策さんは1986年に週刊少年サンデーに掲載された『OKAPPIKI EIJI』でデビューした後の、はじめての連載漫画が「ツルモク独身寮」だというではあ~りませんか。

しかも窪之内英策さんは「ツルモク独身寮」の主人公宮川正太と同じ高知県出身で、自身も家具メーカーに勤務して寮生活をしていたことがあるというではあ~りませんか(2回目)。

つ・ま・り「ツルモク独身寮」は原作者である窪之内英策さんのリアルタイムの青春をフィクションという手法を用いた漫画の世界に投影した傑作だったのであ~る!

たいていの青春物語は、おじさんやおばさんが書いて(描いて)いる。

だから、どうしてもズレが生じる。

かといってほんとうにリアルタイムの青春を謳歌する若者が書け(描け)ば、ひとりよがりすぎてそのままではとてもじゃないが作品としては成立しない。

現代は携帯電話の普及によるケータイ小説の出現によって若者のリアルタイムの物語が比較的世に出やすくなったとはいえ、そのほとんどは個人の日記の範囲を出ない内輪のモノローグになっている(物語はダイアローグでなければならない)。

これは、等身大の自分の描きたい出来事が身近すぎて、他者(読者・観客)が求めるものとの距離をはかりにくいというのがそうなってしまう理由のひとつだが、ごく稀にこの距離をうまくはかれる才能を持った若者が現れることがある。

リアルタイムの青春と距離をはかる能力。

このふたつを併せ持つ若者めったにいないのに、さらにキャラクター造詣と物語構築力、さらに笑いの「センス」と「間」、それに絵のうまさまで持ち合わせるとは……。

青春モノは、せつなさといとしさと技術だけでは心に響かない。リアルタイムで経験している作者の「その時」にしか出せない「色」や「勢い」といったものが加味されて、はじめて傑作となる。

そういった意味で、世の中にはめったに青春モノの傑作は誕生しないのだが、そんななかでも「ツルモク独身寮」は間違いなく青春ラブコメ漫画の傑作といえる。


私が学生の頃に寮生活をしていたときのこと。こんなかんじのことがあった。

男子寮は未曾有(みぞう)の「荒れ様」といわれていた。

そう思っていたのは教師たちだけという噂もあったが、寮生のひとりとして贔屓目にみても、さまざまな問題が浮き彫りになっていたといっていいだろう。

「クローズZERO」や「ドロップ」といった、不良たちにの暴力による抗争とうわかりやすくい荒れ模様とは違う、肉体的にも精神的にもキツい出来事が多発するようになっていた(詳細はピーが入るのでカット)なかで、どうしたら良い寮になるか、を話し合うようにと、寮生全員が集会室に集められて意見をいうようにいわれたことがあった。

かったりぃ~という雰囲気が蔓延しながらもピリピリした空気のなか、ひとりの寮生がスッと手を上げた。

意見を言うように促された彼はゆっくりと立ち上がり、こう言った。

「ツルモク独身寮みたいな寮にしたらいいと思いまぁ~す」

集会室が笑いと拍手に包まれた。

寮生たちがひとつになった瞬間はあとにもさきにもこれっきりだった(たぶん)。

「ツルモク独身寮」――おそるべし。


物語構成    ◎
キャラクター   ◎
笑い       ◎
世界観      ◎
奥深さ      ◎
青春       ◎

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映画「ICHI」

B001Q2HO46ICHI スタンダード・エディション [DVD]
綾瀬はるか, 大沢たかお, 中村獅童, 窪塚洋介, 曽利文彦
ジェネオン エンタテインメント 2009-04-03

by G-Tools

監督:曽利文彦
日本/2008年/120分

コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見)
――――――――――――――――――――――
かつて「ジャックナイフ芸人」「2丁目劇場の黒いナイフ/黒いバラ」と呼ばれた男がいたことをご存知だろうか。

「ジャックナイフ」と呼ばれ、近づく者を怪我させそうな危険な香りを漂わせた男が、今では「バターナイフやないか」と言われて笑いをとっている。

それは千原兄弟の千原ジュニアというお笑い芸人である。

いまや売れっ子お笑い芸人となった千原ジュニア。ジャックナイフ芸人と呼ばれたのは、切れ味の鋭い芸風のみならず、どこかしら近づく者を片っ端から傷つけかねないような危険な香りを放っていたからかもしれない。

さて、女座頭市こと市のセリフに「なに斬るかわかんないよ、見えないんだからさ」というのがある。

それはまさに市の生き方を表している。育った境遇やさまざまな出来事の重なりによって、市は生きていく指針がわからなくなっているのだ。

「見えない」は市の目が見えないことだけでなく、生きていく道が見えなくなっていることを表している。

だから市は居合い斬りの技を持っていても、それをだれかを助けることに使おうとはしない。あくまで自分に関わってくるよくないと判断したものを、まるでゴミ掃除でもするかのように淡々と斬り捨てるのだ。

そんな市はあるとき、刀を抜くことができない侍の藤平十馬の命を助ける。

近づく者を斬り捨ててきた市が、人を助けるために剣を振るったことで出会いが生まれる。

近づく者を斬り捨ててきた市と、刀が抜けないのにおせっかいに人を助けようとする藤平十馬。

相反するようなキャラクターのふたりが出会うことで物語が動き出す。

そんなわけで、これはただのチャンバラ(斬り合い)映画ではない。

もしも女座頭市の居合い斬りシーンだけを期待して観るなら、作品を堪能することはできないだろう。

そもそも市の居合い斬りは迫力があるが、そうはいっても超達人技で完璧というわけではないない。木刀を持った。藤平十馬にはけっこうあっさり負かされてしまう。

それでも市の居合い斬りはスゴいのだが、悪人雑魚キャラを斬れば斬るほど市の生きることへの不器用さと孤独がどんどん積み重なっていくかのようなのだ。

それはまるで「ジャックナイフ芸人」と呼ばれて周囲を凍りつかせていた千原ジュニアの、さびしさを感じさせる背中のようでもある。

急性肝炎とオートバイ事故で2度生死の境をさまよった千原ジュニアが周囲の芸人仲間たちに支えられ、東京進出後は特に丸くなって「バターナイフ」とまで言われて笑いを取って売れっ子芸人になったように、市も藤平十馬と出会ったことで何を斬るべきか、つまりどう生きていくかの指針を得ることができるようになるのだ。

このように人生のドラマをしっかり描くことができたのは、やはり市を演じた綾瀬はるかによるところが大きい。

市のような影(立体的なキャラクター)を演じることができるかどうかは、役者としての力量と、持って生まれた容姿を含めた才能がものをいう。

その点で綾瀬はるかは、コメディからシリアスまで幅広い役をこなすことができるし、さらに「影(立体的なキャラクター)」も付けられる女優だ。

そんな綾瀬はるかを盛り立てるかのように藤平十馬役の大沢たかおもいい味を出しているし、宿場町を取り仕切る組の若頭役の窪塚洋介や、年老いた組頭の柄本明なんかもスパイスがピリリと効いている。

ところが、そんな程よい按排も強盗団の頭の中村獅童が映るたびにチープぽっくなってしまう。

ゴディバのチョコ類にチロルチョコがひとつ混じっているようなかんじだ。

もちろんチロルチョコだっておいしいが、レダラッハやヴァローナにもチロルチョコが混じっていたら、それはちょっと違うだろう、といいたくもなる。

悪役というのはたいへん難しいことは皆わかっているが、日本映画だけでなく海外の映画でも日本人の悪役の親分クラスといえば中村獅童というキャスティングは、ちょっと考えたほうがいいだろう。

悪役の親分クラスよりも、愛嬌のある下っ端チンピラ役のほうがよっぽど役者として輝けるのではないか。

悪役の親分クラスなら中村獅童にしなければならないようなシステムや慣習や圧力みたいなのがあるのか、それとも悪役は中村獅童でいいんじゃねぇ~的な安易なキャスティングなのか……。

悪役は主役以上にその作品の雰囲気に大きな影響を与えることにもうちょっと配慮してほしかった。

中村獅童は役者としてはいいが、どうも彼に合わない役どころが多すぎるようだ。宮崎あおいほどまでとはいわないが、そこそこ名のある俳優なら、役(仕事)をそこそこ選ぶことも必要だろう。

「ICHI」は人間ドラマである。チャンバラだけを期待しないように。

デート      △
フラッと     ○
演出       ○
アクション    ○
キャラクター   ○
笑い       -
映像       ○
ファミリー    -
世界観      ○
奥深さ      ◎

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