東国原知事の「力」の出どころ
あるとき東京に来ていた東国原知事が皇居の近く(おそらく麹町あたり)をランニングしたていたときに偶然、ロケ中の女優で元妻のかとうかずこさんに遭遇しました。
ふたりともおもいがけない急な再会におどろき、二言三言ことばを交わしてその場で別れる様子がテレビで紹介されていました。
この再会はテレビ制作サイドが仕込んだものではなく、まったくの偶然だったそうです。
東国原知事のマラソン・ジョギング好きは有名で、時間をみつけてよく走っているとか。
皇居の周りは都心のランナーたちのジョギングやランニングの代表的なコースとして知られていますから、毎日のようにそこをランニングしていれば東国原知事をみかけるかもしれませんね。
宮崎県知事に就任してから2年。知事としてマニフェストの達成状況などを検証した早大マニフェスト研究所の事務局長は東国原知事を「総合評価は84点。したたかなマネジメント」と採点しました。
一部では厳しい意見もあるなか、ある県民アンケートでは支持率が91,8%だそうですから、すごい数字ですね。
お笑い芸人から政治家へ転向すると決めてそれを口にしたとき、おそらく多くの人が「なにをバカなことを言っているんだ」と相手にしなかったでしょう。
お笑い芸人として知名度は高くても、ゴールデンタイムに冠番組を持てるようなタレントではなく、不祥事もあって芸能活動を謹慎。さらに妻と離婚。そんな男の決意表明にほとんどの人が「政治家なんかになれるわけがない」と思ったことでしょう。
それでも彼はやりつづけ、宮崎県知事になりました。
継続は力なり。という言葉があります。
継続するのは大変という印象を抱くかもしれませんが、実はそれほど難しくはありません。
人はよっぽどのことがないかぎり、変化を好まないからです。
たとえ現状に満足していなくても、周囲に人々がそのままで良しと言うなならば、毎日の生活のリズムを崩したいとは思わないもの。
だから、現状のままでいるのは、実はそれほそ難しくはないのです。
ほんとうに難しいのは「やめる」ことです。
わかりやすく言えば、目の前に立ち塞がる現状という壁を打破することです。
「壁」を打破することに周囲のだれも賛成していないように思えても、「壁」そのものがそもそも存在しないとだれもが口をそろえたとしても、己の信念と決断に従って我が道を歩みつづけること。
そういう道を歩みつづける「継続」はたいへんな困難を伴いますが、必ず「力」となります。
そのまんま東がお笑いタレントを辞めて政治家になろうと決意して、その道を歩み始めたとき、周囲はなんといったでしょうか。
一番身近にいたはずの妻はどうしたでしょうか。
我が道を突き進む「継続」を遂行できる人間は、残念ながらひとにぎり、いや、ひとつまみです。
最近でこそ健康や環境に配慮するとして、ジョギングやマラソンだけでなくウォーキングもブームになり、それがカッコいいライフスタイルだといわれてもてはやされるようになりましたが、ひとむかし前までは「走っている」といえば、ちょっと変わり者みたいな目でみられることもあったでしょう。
いまではある人は健康のため、ある人はマラソン大会に出場するため、またある人は趣味でなど、人それぞれの理由と目的でジョギングやマラソンをします。
これらすべてに共通しているのは、だれかにそれをしなさいといわれてしているのではないことです。
なかには学校の体育の授業で走らされている人もいるかもしれませんが、継続して走りつづけるには、授業に関係なく自らの意思で決定し、それを実行し続けなくてはなりません。
だれからも強制されることなく、たとえ周囲の人間の賛同を得られなくても、己が決めた道を歩み、走りつづける。
そこに「継続は力なり」という言葉のほんとうの意味があるのではないでしょうか。
日本で生まれ育った多くの人は、特別に意識しなくても日本語を話したり書いたりできます。
しかしそれらがより多くの人々にとって魅力的で、簡潔でわかりやすいとは限りません。
自分で気をつけていろいろと配慮しなければ、文章技術を磨くことはできません。
ジョギングで例えれば、よほどの「メタボ」ちっくでなければ、ジョギングをしないからといってそれではダメとは、まず言われないでしょう。
それでも自分の考えと決断によってジョギングをはじめ、それを続けるならば、やがてそれがより良い生き方を引き寄せる力となるのです。
継続は力なり。
この意味を今一度じっくり、骨となり肉となるまで吟味してみてくだい。
あなたの人生を豊かにする「力」を得るきっかけになるに違いありません。