« June 2008 | Main | August 2008 »

07/08/2008

カスピアン王子の「もうひとつの物語」

≪ミラース王が敗れた理由は「物語力」にあった!≫

■ ハリウッドが映画を作り続けるのはなぜでしょう

莫大な資金を投じて映画を作り続けるのは、それが商売だからという以外にも大きな意味があります。

いうなれば、国家を存続させていくためには「物語らずにはいられない」のです。

米国は様々な問題を抱えているからこそ「物語る」ことの必要性とその力をよく認識している。

だから映画という形で物語り続けるのです。

「物語る力」を強く認識しているのは米国だけではありません。

どんな国の指導者も少なからず物語の力を利用しています。

「ナルニア国物語/第2章:カスピアン王子の角笛」でも物語の力の大きさが描かれています。


■ 人間以外の種族の痕跡を消そうとするテルマール朝

テルマール人がどこからきたか。

彼らの伝承によると南太平洋の島からやってきたといいます。おそらく先祖は海賊であったと思われます。

そんな彼らがナルニアを占領した後は、人間族以外の種族が言葉を発することが禁じたり、人間族以外の種が虐殺されたりしました

生き残った人間族以外の種族たちは森に逃れ、レジスタンスとして地下にもぐります。

こうしてテルマール人たちは、人間以外の種族の存在の痕跡さえも消し去ってしまいうのです。

人間以外の種族の存在や魔法や言葉を話す動物の話はお伽噺の世界の話にすぎないとして、ナルニアの歴史物語を紐解いたり人に話したりすることを禁じるのです。

さらに、森に入ってはいけないと民に言い聞かせることで、人間以外の種族たちとの接点を完全に断ち切ろうとします。


■ 森は異世界

さて、西欧の童話の数々にはよく「森」を舞台として描かれる作品があります。

たとえば、グリム童話にある白雪姫の物語もそうですね。

王妃の怒りを買った白雪姫が連れていかれたのは「森」です。

森で白雪姫を殺せ、という命令を守らなかった猟師によって生きながらえた白雪姫は、森ので7人の小人(ドワーフ)たちと出会って暮らすようになります。

なぜ王妃は白雪姫を森へ連れて行って殺せと命令したのでしょうか。

魔法の鏡に「世界で一番美しい女性は?」ときいたら……という理由ではなく、ここでは「なぜ森へ」なのかに注目しましょう。

森は日常の世界とは別の世界だとされていたからです。森は人間の支配が及ばない未知の世界であり、ひとたびその地に足を踏み入れれば何が起るともわからないとされていました。

現代では市街地と森は違うとはいえ、別の次元の世界であるとは考えられていません。同じ世界の中の場所の種類の違いという認識ですね。

ところが童話の世界や中世ヨーロッパの世界では、森は日常とはかけ離れた別世界として位置づけられていたと考えられています。

だから姫の暗殺に森という場所が選ばれたのです。だから暗殺を逃れたカスピアン王子は命からがら森へと逃げ込んだのです。

森は人間の支配が及ばない異世界の象徴なのです。

これをふまえて「カスピアン王子の角笛」を観れば「森」に関するたいへん興味深い事柄が浮かんできます。


■ 利用される森

人間の支配が及ばない恐ろしい世界である「森」という概念を利用して安泰を図ってきたのは、なにをかくそう人間族が支配するテルマール朝であったのです。

テルマール朝にとって森は制御できない異世界ではなく「森は異世界」という概念を利用した便利な道具であったわけです。

森に入ってはいけないというテルマール朝の教えは、ナルニア国の種族をはじめ、魔法の国ナルニアの存在さえもお伽噺にするための方策のひとつだったのです。

言葉を発するのは人間だけ。人間以外の種族は存在しない。そういう世界を作り上げたのがテルマール朝なのです。そうやってテルマール朝は数百年続きます。


■ なぜあの人は偉大な指導者になれたのか?

世界を作り上げるとはすなわち「物語る」ことです。

自身に都合のよい物語をつくって民にきかせることで、自身の世界を作り上げて支配する。

ミラース王にかぎらず、どの国の指導者も物語ります。

物語は選挙演説の形をとることもありますし、マニュフェストの形をとることもあります。

歴史上有名な指導者たちは皆、物語ることに長けていたといっていいでしょう。

なぜあの人は偉大な指導者になれたのか? という問いの答えとして最もシンプルで明確な答えは、彼ら彼女らが物語ることの力の大きさを認識するだけなく実感してそれを実行していたからに他なりません。

テルマール朝、とくに最後の王ミラースは国の指導者になる野心を持つだけのことはあります。

王座を手中に入れるために、言葉を発するのは人間だけで人間以外の種族は存在ぜず、まして魔法など存在しないという物語をしっかり守り通してきました。

だからこそ、王位継承権を持つカスピアン王子の暗殺に失敗しても、心のどこかでこう思ったのではないでしょうか。

森に逃げ込んだカスピアン王子は、テルマール人を憎む種族たちにみつかれば即、殺されるだろう――と。

自身が作り、守り、利用してきた物語に自信を持っていたからこそ、人間族以外の種族と遭遇したカスピアン王子が生き残るとはとうてい思えなかったのではないでしょうか。

ところがカスピアン王子は短期間で人間族以外のナルニアの種族たちと手を組むことに成功します。

これには、さすがのミラース王もびっくりしたことでしょう。

物語の力をじゅうぶん過ぎるほどに知り尽くしている自分。そしてテルマールの物語を守って利用してきた自信が、音を立てて崩れ去るかのように感じたことでしょう。


■ カスピアン王子が生きのびることができたワケとは

ではなぜ、森に入ったカスピアン王子は生きのびることができたのみならず、ナルニアの戦士たちと手を組むことができたのでしょうか?

なぜなら、カスピアン王子は家庭教師(コウネリウス博士)からナルニアの物語をひそかにずっと聞いて育ったからです。

カスピアン王子はそれをおとぎ話だと思ってきいていましたが、テルマール朝が示す物語とは別にもうひとつの物語、つまりナルニアの物語も吸収していたのです。

だからこそ自分が暗殺されそうになり、命からがら馬で逃走し、追っ手が迫ったときに森に逃げ込むことができたのです。

さらに追っ手が迫り、いよいよピンチというときに「角笛」を吹くことができたのです。

もし、ナルニアの物語を知っていなかったらいくら自分の命を救って逃してくれた家庭教師が渡してくれた角笛とはいえ、それを吹いてどうなるものでもないと思ったことでしょう。

でもカスピアン王子は家庭教師のコウネリウス博士の言葉を信じ、ピンチのときに角笛を吹いたのです。

森に入り、角笛を吹いた。

それができたのは、ナルニアの物語を、たとえそれがおとぎ話と思っていたとしても、自身の中に持っていたからなのです。

もしカスピアン王子がナルニアの物語を知らなかったら、言葉をしゃべる動物や人間以外の種族に遭遇してわけがわからないまま戦って命を落としていたことでしょう。

数日前までおとぎ話だと思っていた世界が目の前に広がったとき、はじめは驚いても、カスピアン王子はかなり早い段階でそれまでとは違う現実(物語)を受け入れることができました。

ミラース王がもたらす世界=物語だけでなく、家庭教師を通してもたらされた世界=物語も持っていた。

だからこそ「イザ!」というときに命を落とすことがないばかりか、後に王座につくことができたのです。


■ 半径8メートルの世界

わたしたちが生きる世界にも物語があります。

わたしたちが現実だと思っている範囲は、たとえるならば「半径6メートルの世界」です。

自分と自分を取り巻く環境とそれによって把握する世界=物語は意外と狭いものです。

狭いことはいたし方ありませんが、狭いながらももうひとつの物語を持ちましょう。

受身の物語だけでは、イザというときに脆いからです。

月並みな例としては、親がすすめる学校に進み、教師が進める大学に進み、よい会社としてランキング上位に入る大手企業に入るという道を受け身で進んでいて途中のどこかでつまづくと、親のせい、教師のせい、社会のせい、というように半径6メートルの世界をうらむようになってしまうかもしれません。

「半径6メートルの世界=物語」は自身をとりまく大切なものです、大切な「半径6メートルの世界=物語」だからこそ、それを守るためにも「もうひとつの世界=物語」を持ちましょう。


■ もうひとつの世界=物語

では「もうひとつの世界=物語」を持つにはどうしたらいいのでしょう。

想像力を働かせるのです。

人間に与えられたもので最も偉大なものがあります。それは想像力です。

大人になると想像力を空想力として、またときには妄想力として軽んじる傾向があるかもしれません。

くだらない空想や妄想をしてないで現実をみろよ、という人もいるでしょう。

しかし現実を見据え、半径6メートルの現実という名の世界を生き抜くためにも、もうひとつの世界を想像して創造(ダジャレじゃないよ)することが大切なのです。


■ 物語をつくるとは?

では、もうひとつの世界=物語をつくるとはどういうことでしょうか?

人はそれを「自分の価値観を持つ」とか「自分のモノサシを持つ」ともいいます。

ひとりで物語を作るのがたいへんだと思うなら、無理せずに大切なだれかと一緒に作ってもいいのです。

カスピアン王子が暗殺されそうになり城(国)を追われることになっても後に王になることができたのは、現実とされるテルマール物語だけでなく、空想と思われていた(思っていた)ナルニアの物語もしっかり持っていたからです。

空想のナルニアとされていた物語に想像力を働かせてきたからこそ、森で人間族以外の種族に出会ってもそれを受け止めることができ、それによって自分の価値観をもってどうすべきかの判断と決断を下すことができたのです。


■ 物語にはふたつある

物語には大きく分けてふたつあります。

与えられる物語とつくりだす物語です。

与えられる物語とはここではテルマール朝のミラース王の支配を指します。

与えられる物語を現実として受け止めなければならない一方で、もうひとつの物語も平行して持ち続けましょう。それがいずれ現実となるときのために持ち続けるのです。

もうひとつの物語とは、ここではナルニアの物語を指します。

地位も国も失い、命さえも失いかけたカスピアン王子は悲観して自暴自棄になって無差別に刀を振り回したでしょうか。悲観して自殺したでしょうか。

そうはしませんでしたね。父王カスピアン9世の死の真相を確かめ、家庭教師のコーネリアス博士を救い出そうとします。それができるのもふたつめの物語を持っていたからです。

ふたつめの物語は「希望」ともいいます。

コーネリアス博士が禁じられたナルニアの話をカスピアン王子にしていたのは、いずれ訪れるであろう危機に備えて生き残るためであり、王位を奪還する希望を持たせるためだったのではないでしょうか。

森でたったひとりになったカスピアン王子は「もうひとつの物語」によって救われたともいえます。


■ 幼子が同じ絵本を何度も読んでもらいたがるワケ

さて、アナタは就寝前のこどもに絵本の物語を読み聞かせると次の晩も同じ絵本を読み聞かせてくれとせがまれたことありませんか?

昨晩読み聞かせたのと同じ絵本を今晩もだなんてなぜ? と思うことでしょう。

なぜなら、こどもは絵本の物語をベースに自分の物語をいくつもつくって楽しみます。そういった物語る想像力を持っているのです。

大人になっても想像力を持ち続けることはできます。想像力を用いてふたつめの物語、すなわち自分の物語をもち、やがて他人が楽しめる、共感してもらえる物語をつくりだしたとき、あらたな家族の物語が生まれるのです。

それは「自分と自分が大切に思う人と歩む人生」ともいいます。

「カスピアン王子」から学びとってほしいもの。

それは「物語の力の大きさ」と「もうひとつの物語の大切さ」です。

そういった意味でも「カスピアン王子の角笛」はたいへん有意義な物語なのです。

物語る力の大きさと重要性をぜひ心に留めておいてくださいね。


▼「ナルニア国物語」に秘められたキリスト教文化を大解説
  ~これを知れば7倍楽しめる~
 「ナルニア国物語 第1章ライオンと魔女」


▼「ナルニア国物語/第2章:カスピアン王子の角笛」
  キリスト教・聖書大解説

信仰」の物語。ナルニア国物語のキリスト教文化を聖書のエピソードを例に大解説。
アスランがなかなか姿を現さないワケとは? 
アスランは姿を消したのではない、そうではなく……。
ダビデにみる物語の定石「王は帰還する」。「少年ダビデと巨人ゴリアテ」でわかるテルマール
軍とナルニア軍の戦力差。
カスピアンだけではない? イケメン王子は聖書の中にも登場する。


ナルニア国物語/第2章:カスピアン王子の角笛 [DVD]
ナルニア国物語/第2章:カスピアン王子の角笛 [DVD]
ウォルトディズニースタジオホームエンターテイメント 2009-11-18
売り上げランキング : 1495


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« June 2008 | Main | August 2008 »