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04/19/2008

映画「Sweet Rain 死神の精度」

監督:筧昌也
日本/2007年/113分
原作:伊坂幸太郎「死神の精度」

「死なない=生きること」を知らない死神が、対象の人物の才能に触れて人生をみつめる良作。光っているのは「こにたん」と「金城武」だけじゃなく他の俳優たちも。

ストーリー(概要)
―――――――――――――――――――――
死神の千葉の仕事は、不慮の事故で亡くなる予定の人間の近くに現れ、7日間観察して「死を実行」するか「生の見送り」するかを決めること。

千葉は3つの時代でそれぞれ対象となった人間の前に現れて、その判定をする。


主な登場人物の紹介
―――――――――――――――――――――
△千葉
死神。おだやかな性格で天然。

▽藤木一恵
OL

▽かずえ
理髪店店主。

△藤田敏之
ヤクザ

△阿久津伸二
チンピラ。藤田の舎弟。


コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見)
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「死なない=生きること」を知らない死神が、対象の人物の才能に触れて人生をみつめる良作。光っているのは「こにたん」と「金城武」だけじゃなく他の俳優たちも。

■「浮いてる」死神

死神と聞けば、大きな鎌を持った骸骨というイメージを思い浮かべるでしょう。

しかし、今作の死神の外見は普通の人間と同じです。

たとえば葬儀の参列者の中に、見知らぬ人がいとしてもたいして不思議には思わないでしょう。

人生。どこでどんな人に出会い、どんなひと時を過ごしたかのすべては、故人にしかわかりません。

葬儀に見知らぬ人が参列しても、黒っぽい服装をしていれば故人となんらかの付き合いがあった人だとみなされるのが普通です。

でも、故人が亡くなる数日前からその見知らぬ人をちょくちょくみかけるようだと……。

その見知らぬ人は、もしかしたら「死神」かもしれません。

死神が現れたら近いうちに死ぬ。

そう思われているけれども、かならずしもそうともかぎりません。

死神は不慮の事故で死ぬ予定(不慮なのに予定? というツッコミは無しで)の人物の近くに現れて、その「死」を実行するか見送るかの最終判断を任されています。

とはいえ、ほとんどの場合は「実行」であるけれどれども……。

電器製品を販売している会社の苦情処理受付係の女性・藤木一恵の前にその男が現れたのは、ある雨の日でした。

主人公の死神・千葉は雨男です。いまだかつて青い空をみたことがない死神です。

千葉の口癖は「君は死ぬことについてどう思う?」というもの。

そんなことを唐突に訊かれても……。

そんなことを出会って間もない相手に尋ねるなんて、ちょっと変わっている人だと思われることでしょう。

そのとおり。変わっています。なぜなら、死神ですから。それも天然のオマケ付の死神です。

死神だから天然なのかと思いきやそうではありません。なぜなら他の死神たちはけっこう割り切って普通(?)に仕事をしているからです。

おそらく対象者に「君は死ぬことについてどう思う?」なんて尋ねません。

だだし、死神たちには共通点があります。

それは音楽が好きなこと。千葉は音楽のことを「ミュージック」と言います。ちょっと「浮いてる」言い方ですが、千葉は天然の死神ですから、そのぐらい「浮いている」ほうがいいんですね。


■ 塩忘れるな?

ラテン語で「メメント・モリ」。

塩重ぇ。塩忘れるな。

そんな訳は誤りで、より正確には「死を想え」「死を忘れるな」。

(↑またダジャレかいッ!)

キリスト教では主に、死を意識することによって生きているときによい行いをして天国に宝を蓄えるように、という意味で使われます。

つまり、人間はいつか死ぬのだから、生きている間に好き勝手思う存分楽しめ、というとらえ方をすべきではないということです。

「Sweet Rain 死神の精度」の原作は日本人作家、伊坂幸太郎の「死神の精度」です。原作者がキリスト教と関連がある人物かどうかは不明ですが、死を想うことは生を想うことでもあり「生と死は表裏一体」であることについては誰しもうなづくでしょう。


■ 数歩離れて人生をみつめる

死神の対象となる人物は、近いうちに自分が死ぬとはおもっていません。不慮の事故によって亡くなる予定だからです(不慮なのに予定ってやっぱおかしくねぇ?笑)。

私たちのうち、多くの人もそうです。

病気でもなく、自殺を考えているわけでもない自分がまさか近日中に死ぬことになるなんて思ってもいないでしょう。
でも、生きることは死を想うことと一体なわけです。

意識・無意識の違いこそあれ、人は死と隣り合わせで、死と共に歩んでいます。

人間にとってもっとも身近な死。避けられない死。

そこに焦点を合わせる作品は数多いけれども、どこかしらユーモラスでありつつ、じっくりと人生に向き合うかのような作品はまだまだ少ないですね。

「Sweet Rain 死神の精度」は死神という視点で数歩離れたところから「人生」を見つめる作品です。


■ その他

3つの時代のパートから構成されています。

主題歌を歌う歌手役でもある「こにたん」こと小西真奈美さんは、1番目のパートに出演します。

こにたんファンのハートをまずはがっちりキャッチする狙いもあるのですが、各パートの順番には意味があります。

皆さんの予想どおり3つのパートは別々の時代の別々の物語であるようで、ラストへ向かって収束していく構造になっています。

そういった物語構成法はけっしてめずらしいものではなく、どちらかといえばよくあるもの。

ですから謎解きや意外性を期待するような作品ではありません。

作品の魅力は「雰囲気」と、それを作り出す役者さんたちにあります。

こにたんのキュートさのほかに天然の死神役の金城武に注目が集まりがちですが、2番目のパートに登場するチンピラ阿久津伸二役の石田卓也さんもいい味をだしています。

阿久津と千葉がはじめて出会う土砂降りのシーンはそこらへんの漫才よりも数倍面白くて笑えます。いま思い出したただけでも笑えます(^^)。

3番目のパートで千葉は老女に会いにいきます。老女は町はずれの海沿いで、家事手伝いのロボットを使いながら理髪店を経営しています。

老女は千葉に願いことをします。ある期日に小学生の男の子たちを店にたくさん呼んでほしいというのです。

なぜ子供たちを呼んでほしいのか?

その謎の答えを知ったとき、あなたは心を揺さぶられるでしょう。

映像をみるかぎりではところどころ学園祭の劇の大道具を使ったみたい(例:ロボット充電装置)だと思われるかもしれません。でもそれはおそらく意図的でしょう。凝るべきところにはしっかり映像効果をきかせています。

そうそう「わたしって醜いですから」という藤木一恵。それに対して千葉は間近でまじまじと彼女の顔をみつめ「しっかり見えていますよ」というボケのシーン。

ボケがどうのこうのよりも、こにたんが醜いって説得力ありませんからッ!

……オホン。つい個人的な感情がこもってしまいました。

ええ、そうです。私も「こにたん」きっかけで映画館に足を運んだひとりです。

ってそれだけじゃないですよ。ストーリー構築上の着眼点とキャラクターのインナーコンフリクツ(内的葛藤)が……。って必死にフォローしようとするほど……ですよね。

「こにたん」だけでなく、出演している役者さんたちは皆どこか憎めないというかあいくるしい感じなんですよね(富司純子さんには貫禄もあります)。

「役者さんたち」と「雰囲気」を期待して観る。すると、じわぁ~と人生に思いをはせることができる。そんな作品です。

いかにもなお涙頂戴っぽくないところがいいですヨ。

ちなみに千葉の上司という黒い犬は、実際にはメス。女の子だそうです。雨にずぶ濡れのシーンがあって、風邪をひかないかと心配になってしまいました。


デート      ○ 
フラッと     ○
演出       △ 
キャラクター   ◎ 
映像       ○
ボケ       ○
ファミリー    △
アクション    -
感慨       ○
人生       ○


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映画「ガチ☆ボーイ」

監督:小泉徳宏
日本/2007年/120分
原作:モダンスイマーズ「五十嵐伝 ~五十嵐ハ燃エテイルカ~」(作・演出:蓬莱竜太)

☆青春はガチンコだ☆欲をいえば優等生的で上手な出来を突き抜ける、いい意味での灰汁がほしい。人生はプロレス。ときにガチでいこう!チャットモンチーの主題歌がすばらしい。

ストーリー(概要)
―――――――――――――――――――――
ひと眠りすると目が覚めていたときのことをほとんど忘れてしまう高次脳機能障害を負った青年・五十嵐良一が、大学のプロレス研究会に入部する。

プロレスの段取りを覚えられない五十嵐は、デビュー戦でガチンコ(本気で戦う)に突入。それが観客に大ウケして、五十嵐(マリリン仮面)は人気レスラーになる。


主な登場人物の紹介
―――――――――――――――――――――
△五十嵐良一(マリリン仮面)
大学生。

▽朝岡麻子
大学生。プロレス研究会マネージャー。

△奥寺千尋(レッドタイフーン)
大学生。


コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見)
――――――――――――――――――――――
☆青春はガチンコだ☆欲をいえば優等生的で上手な出来を突き抜ける、いい意味での灰汁がほしい。人生はプロレス。ときにガチでいこう!チャットモンチーの主題歌がすばらしい。

■ 青春世代による青春映画

青春映画の多くはオジさんやオバさんが作っている。

ところが「ガチ☆ボーイ」の小泉徳宏監督は1980年生まれ。主演の佐藤隆太と同い年の27歳。脚本家も30代前半だ。

青春を10代後半から20代に特有のものとするなら、ドンピシャリの青春映画をつくれるとみられているのが小泉監督というわけだ。

小泉徳宏監督といえば「タイヨウのうた」で劇場長編映画デビューした若手監督だ。作品の主要登場人物と歳が近いためか、彼が撮る青春映画はナチュラルな作風という印象がある。

自分たちの世代の話という感覚で映画をつくるので、肩肘張らずに青春の1ページを自然に切り取ってみせることができるのだろう。

いうまでもないが映画はつくりものだ。だが「つくりもの感」が出すぎるとワザとらしくなる。

だから、オジさんやオバさんが観客に自然だと感じてもらえるよう苦心するよりも、青春そのものである若いスタッフが映画をつくるほうが、より自然に近くなるというわけだ。

青春の中の青春。それを得意とするのが小泉監督だ。


■ 身体は記憶する

記憶の積み重ねによって、人は生きている実感を得る。

写真を撮ったり、写真アルバムをつくったり、ブログ記事を更新したりすること。それらは自分が生きてきた「記憶」を「記録」によって補完する作業でもある。

ひと眠りすると、目が覚めていたときの記憶をほとんどを失う五十嵐は、生きている実感を得ることができないと感じる。

そこでプロレスにのめり込む。たとえ記憶には残らなくても、プロレスで受けた傷や全身の筋肉痛は、自分が生きてきた証になるからだ。

「メメント」の主人公レナードは10分しか記憶が保てない。ポラロイド写真を撮ってメモを書き込み、追っている事件の大事な事柄を自分の身体にタトゥーで彫り込んでいる。

「ガチ☆ボーイ」の五十嵐も「メメント」のレナードも、一番確実なのは自身の身体に刻み込むものだというのを実感しているのだ。

歳をとってからスキーをはじめても、うまく滑れるようにはなかなかならない。もしも若いときにスキーが滑れるようになっていれば、歳をとってからもそこそこ滑れる。

このように、身体は慣れ親しんだ動きを記憶しているのだ。

身体に記憶させるものが多ければ多いほど、記憶の量は増える。脳に刻まれる記憶は、記憶違いや記憶の薄れなどによよってときに「ウソをつく」が、身体の記憶は驚くほど正直だ。

だから五十嵐はプロレスをつづけるのだ。


■ ガリガリ五十嵐は日本の姿?

現代日本社会は「身体」を感じることが難しい。日本のみならず、世界中の映画の世界でもCG技術を用いてどんなアクションシーンもコンピューターで作れてしまうことから「身体」を感じる作品はますます少なくなっている。

コンピューターを駆使した、脳にとって気持ちいい映画作品といえば「スター・ウォーズ」シリーズだが、マヤ文明を題材に身体を感じさせる映画作品といえば「アポカリプト」だ。

世界の国々の人々にとっての日本は、アキハバラに代表される電脳社会をイメージを喚起する。「脳で作り出した世界」を想像させる。

しかし日本も「アポカリプト」といった、身体を感じさせる作品をつくりだせる可能性がある。なぜなら、脳に支配された社会の特徴が日本には顕著だからだ。

その特徴とは、脳に支配された反動による「身体への渇望」である。

日本はいまや格闘技大国といわれている。世界中の格闘家たちが日本の格闘技トーナメントでの優勝をめざす。

五十嵐もまた、身長はそこそこあるものの、その身体はガリガリだ。とてもプロレスをやるような身体にはみえない。それにもかかわらず、マリリン仮面としてリングに上がり、体格のいいプロレスラーを相手に戦う姿に、現代日本の姿が重なるかのようだ。


■ 人生はプロレス。ときにガチでいこう!

ストーリーアナリシス(物語分析)や物語構造がどうのという話をしている割には、いままでほとんど語らなかったことがある。

それはプロレスだ。

プロレスの歴史はけっこう複雑なので詳細は避けるが、たとえばアメリカのプロレス団体のWWEは、シナリオがあのショープロレスであり、物語に重点が置かれれいるといっていい。

WWEほどまでとはいかなくても、日本でプロレスというときは、学生プロレスもふくめて段取りがあるのが基本だ。つまりガチンコではない。

「ガチ☆ボーイ」のプロレス研究会もガチンコではない。安全第一をモットーにしているので、レスラーたちには段取りをきっちり覚えてもらわなくてはならない。

仮にプロレスを人生に例えてみよう。

人生には段取りがある。みんなが段取りを守ることで社会が存続していく。だがときに段取りに縛られるあまりに、自分らしさを見失ってしまうことがある。

ときにはガチでいこう!

たとえそれにリスクがあるとしても、ときに人はリスクを承知で「愛すべきバカ」をしたくなるもの。そんなバカをすることを「青春を謳歌する」ともいう。

段取りを覚えようとしても覚えられない五十嵐(マリリン仮面)は、青春を謳歌しようにもなかなかできない観客たちに代わって、ひたむきにガチでリングに上がる。

毎日を生きた証を筋肉痛や傷として身体に刻み、たとえ自分の記憶に残らなくても他人の記憶に残る男になる五十嵐(マリリン仮面)は、こうしてヒーローになるのだ。


■ その他

親子、仲間、恋愛、青春、笑い、汗、涙。……よくまとまっているなぁ。上手だわ、コレ。

期待を裏切らない。でも、できることなら期待を裏切ってほしかった。

組み合わせは上手だけど、どこかで観たことがあるシーンを上手につなぎ合わせたようでもある。

欲をいえば、優等生的で上手な出来を突き破るような、いい意味での灰汁がほしい。

なにをどこまで期待するかは人によってだけど、予告編を見て予想したとおりのままを好印象として良しとするか、またはもうひと味ほしいと思うか。

私は佐藤隆太くんがお気に入りの俳優なのでけっこう楽しめた。けれど、もしも主人公が他の俳優さんだったらどうだろうと思ってしまう。

それに、テレビのスペシャルドラマでこれが放映されていたら、もっと満足度は高くなっていたと思う。

記憶を題材にした物語はたくさんあるなかで「記憶」と「青春」と「プロレス(身体)」という組み合わせは、なかなかグー!(エド・はるみ)。

「タイヨウのうた」とは違って「キャラクターが作られすぎた感」があるのは、プロレス研究会のマネージャー役のサエコさんの演技に顕著に出ている。

観ているこっちがハズカしくなる演技だが、男はああいうキャラクターに弱いんだよね。それを見透かすかのような素振りの演技を得意とするサエコさん。ハズカシさが青春につきものだとしたら……。サエコさんは青春映画に貢献しているということになる。

青春ばんざい!(なんのこっちゃ)。

おっと。書き忘れるところだった。主題歌はチャットモンチーの「ヒラヒラヒラク秘密の扉」。

この曲を小耳に挟むどころか、この局が小耳に突き刺さり、さらに佐藤隆太くんが主演と小耳に挟んで、映画を観にいく決心をした。

それほど耳に残る曲だ。もしかしたら作品よりも主題歌のほうがインパクトが強いかもしれない。

映画を観て作品レビューをいろいろ書いていると、映画の予告編や作品の冒頭を観ただけで、なんとなくだけど「これはスゴいぞ」というオーラのようなものを感じとれるようになる。

音楽でもそういうことがあるもので、チャットモンチーはすでに人気のガールズロックバンドだけど、彼女らの曲には、JUDY ANDMARYの曲をはじめて聴いたときのようなオーラを感じるヨ。

主題歌に惹かれて映画を観にいくのは稀だけど、それもまたいいものだネ。


デート      ○ 無難
フラッと     ○ めっけもん
演出       △ 
キャラクター   △ 
映像       △
笑い       △ 程よいがキレはイマイチ
ファミリー    △
アクション    ○ 
青春       ○ 青春の教科書みたい
主題歌      ◎ チャットモンチーはホンモノ!


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