映画「アイ・アム・レジェンド(I AM LEGEND)」
監督:フランシス・ローレンス
アメリカ/2007年/100分
原作:リチャード・マシスン「地球最後の男」
【注】今回のレビューには結末が予想できる内容が含まれています。
(ネタバラシではないが、予想しやすい内容という意味)
タイトルに込められた意味をかみしめながら、無人のNYの映像とともに主人公の境遇と使命に思いを馳せる作品。タイトルをみれば結末は容易に想像がつく、まっとうな作り。ヒネリやどんでんかえしの期待は禁物。ロバートがウィルスワクチンの研究にこだわるワケとは?
ストーリー(概要)
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――2012年。
ウィルスにより人類が死滅した地球。
NYで相棒の犬サムと日々を生き延びるロバート・ネビルは、人類を救う道をみつけるべくひとり研究を続ける。
主な登場人物の紹介
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△ロバート・ネビル
男性。軍人(中佐)。科学者。
▼サム(サマンサ)
シェパード犬。ロバート・ネビルの相棒。
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▼ダーク・シーカーズ
ウィルスに感染して変異体となった元人間。紫外線に極端に弱い。
コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見)
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タイトルに込められた意味をかみしめながら、無人のNYの映像とともに主人公の境遇と使命に思いを馳せる作品。タイトルをみれば結末は容易に想像がつく、まっとうな作り。ヒネリやどんでんかえしの期待は禁物。ロバートがウィルスワクチンの研究にこだわるワケとは?
■ ひとりで背負おうとする男
NYが閉鎖されようとする時、ロバートは妻と子を脱出させようとする。しかし自分はNYに留まってウィルスの感染の拡大を防ごうとする。
それから3年。
だれもいなくなったNY。
人類再生の道を探りつづける科学者のロバートは、ウィルスの発生源のNYから離れようとしない。ひとりで孤独と戦いながら、すべてをひとりで背負うかのようにワクチンの研究を続けている。
なぜひとりで?
人類最後の人間だから?
しかも科学者だから?
■ 生き延びたことには意味があるはず
ウィルスに免疫がある人間は約1パーセント。そのうち3年前と変わらない人間の姿でいられるのはさらに限られてくる。少なくともNYにはロバート以外の人間は皆無のようだ。
どうして自分だけがウィルスに免疫があるのか。空気感染も血液感染もしない(らしい)。
それにはきっと意味があるはず。
ウィルス発生源のNYの科学者がひとり生き残った。なぜなのか。何かの使命があるに違いない。
使命とは人類を救うことにちがいない。
そんなロバートは、誰かに似ていないだろうか。
■ 「トゥモロー・ワールド」との共通点
「アイ・アム・レジェンド」を観て思い浮かんだのは「トゥモロー・ワールド(The Children of Men)」の主人公の男性セオだ。
「トゥモロー・ワールド」では子供が生まれない世界が舞台。
「アイ・アム・レジェンド」ではウィルス特効薬がない世界が舞台。
どちらの世界にも共通しているのは「希望なき世界」ということだ。
そんな世界にあって、人類のとってのただひとつの希望(子供・ウィルス特効薬)を守ろう・作ろうとする男。
どちらの作品にも共通している、主人公のモデルとなっているのはイエス・キリストである。
▼「トゥモロー・ワールド(The Children of Men)」作品レビュー
■ なんのために?
父なる神。子なるイエス・キリスト。聖霊。
キリスト教の用語の「三位一体」でとらえるなら、子なるイエス・キリストはたったひとりで地上へ遣わされたことになる。
なんのために?
人類を救うために――。
イエスには12人の弟子がいたが、彼らは地上の人間だ。地上には地上の人間しかいない。天から遣わされたイエス・キリストはひとりだった。
イエスはひとり、荒野で40日間留まり、空腹の中でサタン(悪魔)の誘惑を受ける。これは「荒野の誘惑」といわれる新約聖書の有名なエピソードだ。なぜ荒野に?
なんのために?
人類を救うために――。
そしてゲッセマネの園。エルサレムのオリーブ山の麓にある庭園で夜、イエスは祈りを捧げていた。
なんのために?
人類を救うために――。
さて、映画の中に見ることができるキリスト教のエピソードについて度々紹介してきた本ブログの読者なら、イエスをモデルとした「トゥモロー・ワールド」のセオが作品のラストでどうなったか。またゲッセマネの園の後、イエスはどうなったかに思いをめぐらせば「アイ・アム・レジェンド」のロバートがラストにどうなるかは想像できるだろう。
ではここで、作品のタイトルに注目してみよう。
■ タイトルをみれば結末が……。
映画のタイトルは「アイ・アム・レジェンド(I AM LEGEND)」
私は伝説。私は伝説になったほどの著名な人物だ。といった意味である。
では、私とは誰か?
著名で誰もが知っている人物。
本誌では「荒野の誘惑」や「ゲッセマネの園」などで説明をしたが、欧米人をはじめとするキリスト教文化圏で育った人にとっては、タイトルを見ただけで「私」とは誰のことを指すのかはすぐにわかる。
それほどわかりやすい。
だから、作品のラストを隠すまでもない。だからなのかどうかわからないが、ロバート役のウィル・スミスは来日した「アイ・アム・レジェンド」の記者会見のときに、作品の結末を漏らしてしまったとの報道があった。
ウィル・スミスにしてみれば、有名なSF作品だし、何度も映画化されているし、そもそも今回の映画作品のタイトルを見ただけで結末は誰にでも容易に想像がつくだろうから、という気持ちがあったのかもしれない。
ところが日本ではタイトルの意味なんぞ気にもとめない人も多い。結末は容易に想像つくとはいえ、主役俳優が自ら結末を漏らすのはチョイとやりすぎということで(タイトルのつけ方のほうがやりすぎかも?)スタッフが会場にいた人々に対して、結末を明かさないよう依頼することになったという。
とはいえこれも宣伝の一種なのだろう。
「結末? そんなにだいたい予想できるでしょ。でも明かさないよ」ってなもんである。これも宣伝手法のひとつといったところだ。
ちなみに「レジェンド」は、ロバートが好きなボブ・マーリィの曲名でもある。
■ ロバートがウィルスのワクチン研究にこだわるワケ
ロバートは日々ラジオ放送を流して生存者を探している。
しかし、田舎の村に生存者が集まって生活しているかもしれないという情報を得たとき、人類はほかにだれも生き残っていないと何度も頑なに言い放つロバート。
あんなに生存者を探していたのに、いざ田舎の村にいるかもしれないという情報を得たのになぜ?
それには理由がある。ロバートの使命を理解していないと「?」でいっぱいになってしまうだろう。
ロバートは、悪の象徴であるウィルスに感染して凶暴性が著しく増したダーク・シーカーズを元の人間に戻す特効薬を作ることが自分の使命だと信じている。だから、そのためにNYに留まり続けると宣言するのだ。
なぜそこまでウィルスワクチンにこだわるのか。
答えは……もうわかるだろう。
悪(ダークシーカーズ)を清める、つまり罪を贖わなかれば人類は救われないからだ。
エデンの園でアダムとイヴが善悪を知る木の実をとって食べたそのときから、人類は労働と産みの苦しみから逃れることができない罪深い人間となった。
そんな人類を救うため、父なる神は子なるイエスを地上に遣わされた。
ダークシーカーズを放っておくことはできないのだ。凶暴性が高く、人間を襲う悪の象徴を放っておくことはできないのだ。
ダークシーカーズを放っておいては、悪に染まった人類を救えない。
人類を救う使命を追った男。
だからロバートはウィルスの発生源であるNY(地上)に留まりつづけ、ダークシーカーズ(悪に染まった人類)を救うべくワクチンの研究をつづけているのだ。
■ 世界観と哀愁
作品中の大半、ウィル・スミスはひとりだ。愛犬と話す以外は、マネキンとしゃべるフリをしてみたりもする。
犬に話しかけたりする補助はあるものの、基本は動作やしぐさや顔の表情を中心として演技しなければならない。
だれもいないNYでひとり生き残った男。撮影中は周囲にスタッフが大勢いるだろうが、作品中のNYという世界ではただひとりだ。
だれもいないNYの映像を作り出すのはスタッフの役割。
そのNYでただひとり生きる男の孤独感や哀愁を醸し出すのは俳優の役割。
世界観と哀愁。
それがこの作品のみどころだ。
■ その他
吸血鬼やゾンビみたいなものが襲ってくるサバイバル活劇と捉えるよりも、タイトルに込められた意味をかみしめながら、無人のNYの映像とともに主人公の境遇と使命に思いを馳せる作品と捉えるほうがいいでしょう。
かなりテレビで宣伝されているようなので、地球最後の男がどうなるのかが気になって期待に胸を膨らませて観にいくと、なんだか拍子抜けみたいに感じてしまうかもしれません。
実際、私の近くに座っていた若い男性客はエンドロールが流れはじめるとすぐに「これで終わり? 期待ハズレなんだけど」といったようなことを言っていました。
いったいどんなのを期待していたんじゃ?^^;
キリスト教文化にピンときた人には、ロバートのラストが予想できていたとはいえ、やはり心打たれるラストであろうと思います。
タイトルの意味をかみしめながら、伝説になった著名な人物に思いをはせるSF作品ということを頭に入れてから観にいくとよいでしょう。
ぜひ「トゥモロー・ワールド(The Children of Men)」とセットで観てみてくださいネ。
デート △
フラっと ○
脚本勉強 △
演出 ○
キャラクター ○
映像 ○
笑い -
ファミリー -
アクション ○
ほのぼの ×
キリスト教文化 ○
![]() | トゥモロー・ワールド プレミアム・エディション クライヴ・オーウェン ジュリアン・ムーア マイケル・ケイン ポニーキャニオン 2007-03-21 by G-Tools |





Comments
TB、ありがとうございました。
受け狙いの文章で、お笑いモードに走るレビュアーが多い中、真面目に分析されている姿勢に感心しました。
欧米作品には、多かれ少なかれ、根底にキリスト教的観念がありますね。
概ね、無宗教である日本人には、理解されない一面でもあります。
Posted by: GATECRASHER | 12/15/2007 at 23:22
「コンスタンティン」でもかなりキリスト教が入ってましたよね。キリスト教に疎いとやはりこの監督の作品はピンと来ないのかもしれません。
どちらもビジュアルはすごいと思いました。
わたしは偶然にも前日に「トゥモロー・ワールド」を観てからこの作品を観たのですが、「トゥモロー・ワールド」の最後の長回しシーンはああ、この赤ちゃんはイエスで、産んだキーはマリアかもなどとうっすら思ったのですが、こちらは全然ピンと来ませんでした(汗)
NYが舞台ということもあり、9・11のテロ行為とネビルの行為は紙一重というよりコインの表と裏なのだというところが描きたかったのかなと思いました。
冒頭のクリピン医師の話にも通じますし。
でも後半のとってつけたようなストーリー展開でせっかくいいところついててもそれがはっきりしない感じを受けました。
Posted by: しゅぺる&こぼる | 12/16/2007 at 20:57
>GATECRASHERさん
コメントありがとうございます。
この作品、観ようによってはツッコみどころ満載ですが、あえて(?)まじめ系なレビューもあっていいかなと(^_^;)
今後ともよろしくです☆
Posted by: わかスト@管理人タカ | 12/18/2007 at 18:15
>しゅぺる&こぼるさん
コメントありがとうございます。ご無沙汰してます。
そうそう「コンスタンティン」監督さんなんですよね。だから映像は特徴ありますね。ちょうど「トゥモロー・ワールド」を観られたそうで、あの長まわしシーンは迫力ありましたね。「トゥモロー・ワールド」のほうがキリスト教文化の背景がわかりやすくなっていたように思います。「アイ・アム・レジェンド」も実はキリスト教文化などあまり関係なく、深読みしすぎかもしれませんが、いろんな映画のみかたがあるということで(^^)。
Posted by: わかスト@管理人タカ | 12/18/2007 at 18:24
突然で申しわけありません。現在2007年の映画ベストテンを選ぶ企画「日本インターネット映画大賞」を開催中です。
投票にご参加いただくようよろしくお願いいたします。なお、日本インターネット映画大賞のURLはhttp://www.movieawards.jp/
です。
Posted by: 日本インターネット映画大賞 | 12/20/2007 at 21:24
分類カテゴリーから、
ハリウッド映画を探すのに疲れました!
西洋ならまだしも、西欧って。。。
いつからハリウッドは西ヨーロッパに統合されたんでしょう。。。
ホリョダ!
Posted by: @ | 01/06/2008 at 03:48
>@さん
コメントありがとうございます。
東洋に対していうところの西洋(欧米の諸国)といった意味合いのつもりでしたが、わかりにくかったようですね。
そこで、わかりやすく「欧米」にしました。(欧米か!笑)
本ブログの記事を熱心に探してくださり、そしてご指摘くださりありがとうございました☆
Posted by: わかスト@管理人タカ | 01/06/2008 at 05:04