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10/28/2007

映画「パンズ・ラビリンス(PAN'S LABYRINTH)」

監督:ギレルモ・デル・トロ
メキシコ・スペイン・アメリカ/2006年/119分

フィクションの手法を用いて、ファンタジー世界を巧みに現実(とされる物語)世界とリンクさせることで、人が物語を必要とする理由(わけ)と意味・意義を明確にしつつ、想像力を働かせて生き抜こうとするすべての人々にエール送るかのような、力づよくもせつない真のファンタジー作品。

ストーリー(概要)
―――――――――――――――――――――
1944年のスペイン内戦下。
父親を亡くし、フランコ将軍配下の軍人と再婚した母親と暮らす少女オフェリアは、屋敷の近くに迷宮を見つける。そこに足を踏み入れて出会った牧神パンに、オフェリアは地底の魔法の国のプリンセスの生まれ変わりだと告げられる。

主な登場人物の紹介
―――――――――――――――――――――
▽オフェリア
少女。父親を亡くし、臨月を迎えた母親と共に再婚相手の軍人がいる森の駐屯地へ向かう。

△ピダル
軍人。大尉。フランコ将軍配下。オフェリアの母親の再婚相手。

▽カルメン
女性。オフェリアの母親。

▽メルセデス
女性。軍の駐屯地で軍人たちの身の回りの世話をして働いている。

▼パン
迷宮の牧神。迷宮の案内役。


コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見)
――――――――――――――――――――――
フィクションの手法を用いて、ファンタジー世界を巧みに現実(とされる物語)世界とリンクさせることで、人が物語を必要とする理由(わけ)と意味・意義を明確にしつつ、想像力を働かせて生き抜こうとするすべての人々にエール送るかのような、力づよくもせつない真のファンタジー作品。

■ 人が物語を欲する理由(わけ)

世の中は物語であふれています。映画、演劇、小説、コミック、オペラ、音楽だけでなく、教育や政治にまで、あらゆる分野に物語があります。物語を欲する人々がたくさんいるからです。

どんな生き方をしたいか。どんな暮らしをしたいか。そういった生き方のモデルとしての物語を提示して、広く支持を得て票につなげようとするのが選挙演説です。選挙演説とは、物語るものといえるでしょう。そして物語に共感した人はその候補者に一票を入れるというわけです。

そうなると、いかに魅力的で、それでいて実現の可能性の高いモデル(物語)をいかに語れるかが重要となります。

そもそも人は、どんな生き方をしたいかという希望やビジョンを持たなければ、前に進むことは難しいでしょう。

たとえば、登山は頂上を目指すから足を踏み出して登りつづけられるのです。頂上があることがわかっているから、頂上を目指して登ることができるのです。

ところが、どこまで続くかわらない上り坂を、どこに頂上があるのか、さらに頂上があるかどうかもわからないままに登り続けることはたいへんな苦痛となります。

他の例でいえば、右のバケツの水を左のバケツへ移しかえるといったものがわかりやすいでしょう。

右のバケツの水を左のバケツへ移しかえる。次に左のバケツの水を右に移しかえる。それにいったいどんな意味があるの知らない・わからないままでは、その作業を続けることはたいへんな苦痛となります。

バケツの水を一滴もこぼさずに100回移しかえたら100万円!

これなら気合を入れてやる人はいるでしょう。

こうすればこうなる。という意味と意義を付加する。これが物語のひとつのカタチです。

人は物語なしには生きられません。

物語を自分で作る人もいれば、他からの借り物で済ます人もいます。それは人それぞれです。


■ オフェリアにとって必要な物語

オフェリアは少女です。臨月を迎えた母親に付いていくしか道はありません。母親が再婚した相手が冷酷な軍人でも、そこから去っていくことはできません。まだ少女だからです。

さらに、母親の出産が真近に迫っています。弟(もしくは妹)ができるのはうれしいけれど、母親が自分にあまりかまってくれなくなるのではないかという思いも、心の片隅にあるでしょう。

母親の再婚相手の軍人は、自分には全く興味がなく、跡継ぎの息子がほしいだけというのは幼いながらもわかります。

愛する人が自分からどんどん離れていってしまうのではないか。そんな不安を持っています。でも、どうすることもできない。どうしたら幸せに生きれるのか。考えても考えても突破口は見い出せません。自分の物語を見出そうとしてもできない状態です。

これはオフェリアだけでなく、世界中の子どもたちが同じような経験をしています。大人のアナタもきっと同じような経験をしたはずです。

子供は無邪気で好き勝手に遊んでのんきでいいよなぁ。なぁ~んていうオトナがたまにいますが、それは少年・少女のころのことを忘れてしまったか、思い出そうとしない人。

子ども世界がどんなに冷酷で、どんなに不自由だったか。ちょっと思い返してみれば思い当たる節はいくつもあるでしょう(もちろん、どんなにあたたかくて、どんなに自由だったかも思い出すことでしょうけれど)。

では、少女オフェリアはどうしたら生き抜くことができるでしょうか。

どうにもならない現実を生き抜く方法。それは、想像する能力を使うことです。

人は想像できます。イメージできます。

どうにもならない(と感じる)現実を生き抜くには、想像力をはたらかせて自分の物語を作り、現実の辛い部分をひとときでも忘れて和らげることで、現実と折り合いをつけるのです。別の言い方をすれば、虚構によって現実を生き抜く力を得るのです。。

子供は想像力が豊かだと言われることがあります。より正確には、想像力を働かせないことには現実を乗り越えて生き抜くことが困難だから想像力を強化するしかないということなのですね。


■ 現実とリンクするファンタジー

オフェリアは森で昆虫と出会います。出会うというのはオフェリア側の言い方であって、現実は同じような昆虫を森や部屋でみかけたにすぎません。

そしてある晩、寝室に入り込んできた昆虫に向かって本を広げ、妖精の挿絵を見せながらオフェリアは「あなたは妖精さん?」とたずねます。すると昆虫はその挿絵そっくりの妖精に姿を変えます。

またオフェリアは庭の迷宮で牧神パンに出会って、白紙の本をもらいます。それは、ひとりのときに開けば文字や絵が浮かび上がる本です。

どちらのエピソードも、オフェリアの都合のいいように起こっているようでありながら、その内容は試練となっています。

3つの試練に立ち向かい、それを克服することによって、地底の魔法の国のプリンセスとして愛する人たちと幸せに暮らせるようになる……はずでした。

しかし、牧神パンに課せられた最初の試練を乗り越え、2番目の試練にさしかかったときから狂いが生じてきます。現実の世界でも、母親が難産の末亡くなってしまいます。

悲しみと孤独に耐え切れないオフェリアは牧神パンの「最後のチャンスをあげましょう」という言葉にすがるしかありませんでした。

オフェリアにとって牧神パンの3つの試練と母親の出産はつながっています。いや、つなげているといったほうがいいでしょう。そうしなくては、とてもじゃないけれど生き抜くことはできないからです。

生き抜くために想像力を働かせ、精一杯がんばるオフェリア。それと平行して、森に隠れていた人民戦線派の残党たちとフランコ派の軍との衝突はますます激しさを増してゆくのでした。


■ 異色ファンタジーといわれる本当の理由とは?

「パンズ・ラビリンス」は異色ファンタジーだといわれます。ダークだからというのがその理由だとか。

しかし異色ファンタジーといわれる真の理由(わけ)は、現実に根ざし、現実としっかりとリンクしていることにあります。

たいていのファンタジー作品は剣と魔法の世界です。白馬に乗った王子様が悪党を倒してお姫様を救出。めでたしめでたし。

これは、マイナスの言い方をすれば現実逃避の、それを想像した人間に都合と心地が良いだけの世界です。それでもファンタジーが多くの人に受け入れられるのは、同じような現実逃避の想像を(ときに妄想ともいわれるものを)だれもがしたことがあるからです。

マーケティングの観点からいうと、より多くの人が気持ちいいだろうと想像する世界を再現すれば、それがヒットしやすいというわけです。

ところが「パンズ・ラビリンス」はフィクションの手法を用いて、ファンタジー世界を巧みに現実(とされる物語)世界とリンクさせることで、人が物語を必要とする理由(わけ)と意味・意義を明確にしつつ、想像力を働かせて生き抜こうとするすべての人々にエール送るかのような、力づよくもせつない真のファンタジー作品となっています。

こんなファンタジー作品は滅多にありません。だから異色ファンタジー作品なのです。


■ 3つの試練と禁断の……。

「3」という数字は聖書によく登場します。

・イエス誕生を祝うために遠方よりやってきた3人の博士。

・ペテロはイエスに、鶏が鳴く前に3回私を知らないというだろう、といわれます。

・十字架にかけられて亡くなったイエスが3日目によみがえった。

・ヨハネの黙示録3天使の使命

また禁断ときいて聖書の物語ですぐに思いつくのは、エデンの園にいたアダムとイヴが、神に食べてはならないと命令されていた善悪を知る木の実をとって食べたことです。

オフェリアも壁の向こう側の世界へ行き、カギを使ってある物を持ち帰る試練を与えられます。そのとき、壁の向こうの世界では何も口にしてはいけない(食べてはいけない)と言われます。

しかし、オフェリアは食卓の豪華な食事の中から、ブドウぐらいはいいだろうとそれを口にしてしまいます。すると椅子に座って動かなかった怪人怪物ペイルマンがそれをきっかけになにやら動きはじめます……。

欧米文化圏で生まれ育ったオフェリアは聖書の物語を知っているので、彼女の世界でもこのような数字と禁断の約束事が登場するのですね。

他にも、ひとつめの試練で森の太い樹木の幹の中に入っていくというのは、19世紀の古典的ホラー作品「スリーピー・ホロウの伝説」に登場する首なし騎士が樹木の中からあらわれたことを思い出させます。ジョニー・デップ主演、ティム・バートン監督作「スリーピー・ホロウ」はおもしろい作品ですので未見の人はぜひ観てネ。

オフェリアもおそらく聖書や古典作品の物語をいくらか知っていた(という設定な)のでしょう。そして当然のように、欧米の観客も知っているというわけです。


■ おちゃめな怪物。だるまさんがころんだ?

壁の向こうの世界にいる怪物ペイルマン。オフェリアがブドウを食べた瞬間に動き始めます。

さてさて、怪物ペイルマンはどうやってオフェリアのいる位置を確認するのか。その方法というか仕草というか動きがもぉたまりません(いい意味で!)。

ダーク版おちゃめな「だるまさんがころんだ」のシーンをお見逃しなく!


■ ファンタジーの真の姿をみせてくれる

オフェリアが試練を乗り越えようとする世界は、美しいものではありません。というかグロテスクなものばかりです。ふつうだったら、気持ち悪い! こわい! と嫌がりそうなものですが、オフェリアはそんなに怖がる様子もなく、試練を乗り越えるために必要なことを淡々と行おうとします。

なぜ、たいして怖がらないのでしょうか?

それは、そこがオフェリアが生き延びるために作り出した想像の世界だからです。

たいていのファンタジーは先にも書いたように、品行方正っぽい王子様と姫様が登場して悪者を成敗するという、見た目は、ほぼきれいな世界です。でも実際は、人間の想像の世界はきれいなものでしょうか。

もっと濁った、ときには悪臭を放つかのような、他人には見せられないような世界であることのほうが多いのではないでしょうか。それは、ときに悪夢ともいわれます。たいていの人は、そんな世界を持つことで、現実とのバランスを保っているのです。

だからオフェリアの世界はあのようにグロテスクでネバネバドロドロしていて、怪物も棲んでいるのです。それが当たり前だからオフェリアはたいして怖がりもしないのです。

そういうわけで、ファンタジーの真の姿を表現したかのような貴重な作品なのです。


■ その他

想像力。物語る能力。これは生き残る力です。

これについては映画「硫黄島からの手紙(Letters From Iwo Jima)」作品レビューの「生きる力」の箇所で書いたことがそのまま「パンズ・ラビリン」にもあてはまります。

▼「硫黄島からの手紙(Letters From Iwo Jima)」作品レビュー

「パンズ・ラビリンス」には残酷な描写や、グロテスク系といいましょうか綺麗とは程遠い描写がありますので、そういうのが苦手な人はお気をつけください。

私は大いにおススメします。
ハリー・ポッターシリーズやロード・オブ・ザ・リングよりもグッときましたヨ。


デート      △ 初デートでは避けたほうが無難?
フラっと     ○ 
脚本勉強    ○ 勉強になりますぅ~。
演出       ◎ 
キャラクター   ○ キャラ濃い。おちゃめなキャラも。
映像       ◎ グロテスクな世界観がたまらない。
笑い       - 怪物ペイルマンの動き方が萌え~!?
ファミリー    - 
アクション    - 
人間       ◎ 人間を描いてます
ファンタジー   ◎ 真のファンタジーやね
ほのぼの     × 皆必死やで~
お気楽      × そやから必死やて!(>_<)
生き詰まってる  ◎ 観にお行きなさい!(←釈ちゃん?)

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10/15/2007

伝説になった沢尻エリカ様 

伝説になった女 

~そんなの関係ねぇ!(小島よしお)を地でいくエリカ様~

エリカ様。

日本のエンターティンメント業界はこの話題でモチキリですね。

映画「クローズド・ノート」の舞台あいさつで、短い挨拶のほかは「特にないです」「別に」と、ほとんど話さずに不機嫌な態度を見せた沢尻エリカさん。

もしもこれを演じたのなら、スゴい女優さんですね。

でもきっと、普段から不機嫌モードのときはあんなかんじなのだとおも思わせもするのが沢尻エリカさんの「やんちゃ」なところかもしれません。

舞台挨拶やテレビに限らず、普通の人は不機嫌でも仕事のときはそれとわからないようにと努力します。

だからテレビは安心して見れるんです。突然怒り出す芸というのもありますが、それはあくまで「芸」として番組内に収まっているから観ているほうは安心して楽しめる。

ところが「そんなの関係ねぇ!」(小島よしお)を地でいくとばかりに不機嫌のときはそれを仕事でもモロに出しちゃうところが沢尻エリカさんのスゴいところですね。

だから普通じゃないんです。特別なんです。

芸能人としての素質があるとこうことですね。

いろんな持ち味を持った芸能人がいますが、沢尻エリカさんの芸風(?)の芸能人は最近はいませんでした。

だから注目される。

沢尻エリカさんもそれをある程度は狙ってやっている部分もあるのでしょう。

そして所属事務所もそういう沢尻エリカさんの気分屋的なところをうまくハンドリングしつつ芸風として売りながらうまくやっていこうとしていた。

沢尻エリカさんは売れっ子です。CMも多いですし、テレビや映画の出演も多い。

エリカ様キャラが定着して話題にもなる。

事務所としてはそれなりにハンドリングしてきた感はあるものの、売れっ子になればなるほど「やんちゃ」ぶりにブレーキが効かなくなったときにとり上げられる規模が大きくなってしまった。

その頂点が映画「クローズド・ノート」の舞台あいさつだったのかもしれません。

どんなに不機嫌モードでも、映画の舞台あいさつで普通はあんな態度はとれません。

やろうと思っても、できません。

しかし、沢尻エリカさんはやり通した。

不機嫌な態度の良し悪しは別にして、そのやり遂げようはスゴすぎます。

舞台挨拶のときの沢尻エリカさんの絵(画)って、近年まず見たことがありませんから。

もしかしたらどんな映画よりもインパクトが強いかもしれません。
(これぞほんとのディープ・インパクト!って言うてる場合か(笑))


デトロイト・タイガースに入団時、記者会見に羽織袴姿で登場した野球選手の木田優夫さんは、周囲を見回してひと呼吸の間を開け、皆の注目を集めたところで「ロボコップはどこ?」「ロボコップに会えなくて残念」というようなジョークを飛ばして笑いをとったそうです。
(デトロイドは映画「ロボコップ」の舞台ですね)

日本人からやってきた選手として壇上にあがり、一生懸命がんまります!と挨拶しただけでは印象が薄い。だからジョークのひとつも入れて強烈な印象を残したのですね☆

(木田選手は毎年のようにテレビ番組「明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー」に出演しています)


一方、映画の舞台挨拶で「みなさん、きょうはお越しいただきありがとうございました」と挨拶。その後は「特にないです」「別に」で終わらしただけでは……印象が薄いどころか、日本の芸能界がひっくりかえるほどの大騒ぎになりました。

日本人大リーガーになること。女優になること。

それだけでも、ものすごく大変です。

でもそういった世界で生き抜いていくことは、もっと大変です。

映画の舞台あいさつで3言しかしゃべらなかった主演女優。この称号は得ようと思っても手に入れられるものではありません。

この称号があれば沢尻エリカ(エリカ様)の名は伝説となります。

ガッツ伝説・伝説の男~♪(はなわ)に並び立つ、伝説の女~♪はエリカ様にキマりですナ。

沢尻エリカさんについては、沢尻会があるとか、超ワガママだとか、いろいろな噂がありました。

ナインティナインのバラエティ番組に出演した沢尻エリカさんは、砂漠に行ったときの感動を目を輝かして語っていました。

おそらく、とても純粋でまっすぐな人なのでしょう。

そんな純粋さや真っ直ぐさは状況によってはワガママとされることがあります。

そういたった噂の数々が映画の舞台挨拶で、ひとつもふたつも先の段階へ進化(?)しました。

では、今回の映画「クローズド・ノート」舞台挨拶で何がどうなったのかをまとめましょう。以下の2点です。


●映画「クローズド・ノート」の大宣伝になった

●エリカ様は伝説となった(このネタで一生食べていける)


ちなみに舞台挨拶前に出演したテレビ番組で映画「クローズド・ノート」の宣伝コメントを求められた沢尻エリカさんは、ほんとふつーの話なんで、といったふうに映画を紹介していました。

普通は、宣伝する映画をふつーの話なんで、とは紹介しませんよね。

ここがおもしろいとか、こういうところを観てほしいとか、そんなふうにコメントするのが普通です。

ところが沢尻エリカさんは、ほんとふつーの話なんで、というふうにコメントしていました。

それを聞いた私は、ふつーでないといわれるエリカ様がふつーだと言い切る物語って逆に気になるやん! とその計算された(かもしれない)宣伝手法に斬新さを感じていました。

そしてあの舞台挨拶。

あの、ふつーの話ですからというコメントは、作品自体よりも映画主演の自分がふつーでないことを知らしめた舞台挨拶のための前フリだったのかだろうか……。

だとしたら、それもスゴい!


映画「クローズド・ノート」ではラストに秘密が明かされるという噂です。

「クローズド・ノート」にはいったいどんなことが書かれているのか。

ってそれよりも脳内メーカーではありませんが「沢尻エリカ」というノートには何が書かれているのかのほうが、よっぽど気になります(笑)。

そのうち、エリカ様に冷たく「別に」とあしらわれたことを喜ぶ風潮が出てくるかもしません。

まるでダウンタウンの浜ちゃんに頭をペシっとツッコまれたいと願う歌手たちのように……。


最後にひとつ。

物語のひとつのパターンに、それまで悪玉だったキャラクターが善玉になるというのがあります。

ドラゴンボールでいえばピッコロですね。

これは実社会でもよくあります。

元暴走族ヘッドの俳優。元暴走族の相撲力士。

人気者になるには、一度大きく悪玉方向に振り子を振っておくという方法があります。

これは「飼いならされた猛獣効果」もしくは「ピッコロ効果」ともいって、はじめからいい人よりも、はじめは怖い悪い人っぽかったんだけど、いい人になりました、としたほうが人々の人気を集めやすいことをいいます。

映画の舞台挨拶後に、涙の謝罪をした沢尻エリカさん。

すでに話題性のある人気者に違いありませんが「ピッコロ効果」を使っていい人キャラになるのか、それともエリカ様キャラで通すのか、今後も注目ですね。


なにはともあれ、そんなの関係ねぇ!(小島よしお)を地でいくエリカ様は、M男諸君にはたまらんでしょうネ。

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10/13/2007

映画「HERO」

監督:鈴木雅之
日本/2007年/130分

もしもクムタクが黄門様だったら? 「LIMIT OF LOVE 海猿」と同じく「ヒットの鉄板方程式」を実践した作品。劇場版をイキナリ観て鮮明になった事とは?

ストーリー(概要)
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検事・久利生公平が傷害致死事件の裁判を任される。
事件の背後には、大物政治家の花岡練三郎が関連していた。


主な登場人物の紹介
―――――――――――――――――――――
△久利生公平
検事

▽雨宮舞子
久利生公平の事務官。

△蒲生一臣
弁護士

△花岡錬三郎
大物代議士


コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見)
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もしもクムタクが黄門様だったら? 「LIMIT OF LOVE 海猿」と同じく「ヒットの鉄板方程式」を実践した作品。劇場版をイキナリ観て鮮明になった事とは?

■ 連続ドラマ未見で挑む劇場版「HERO」

2001年にフジテレビ系列で放映された連続ドラマ「HERO」。2006年7月にはテレビスペシャルも放映されました。

けっこうヒットしたドラマだというのは小耳に挟んでいたけれど、知っていることは主人公の検事が普段着(スーツを着ない)ってことだけ。

そんな折り、ドラマのファンの知り合いから「HERO」の基本情報を仕入れることができました。

(1)主人公・久利生公平は中卒

(2)主人公・久利生公平は通信販売で物を買うのが好き

(3)主人公・久利生公平の行きつけのオシャレ飲食店のマスターは無口で通販好きで料理はなんでも作れる

これだけの予備知識だけでイキナリ劇場版「HERO」を観てしまおうというわけです。

さてさて、どうなることやら……。


■ 離れてみないとわからないことがある

村上龍の小説「半島を出よ」の登場キャラクターに、内閣官房副長官の山際清孝がいます。

北朝鮮の特殊戦部隊員9名が福岡に侵入して福岡ドームを制圧。日本政府に対し福岡上空の航空警戒を解除するよう要求したことに対して、日本政府は安全保障会議を招集します。

閣僚のほとんどは選挙のために地方に行っていたため、内閣官房副長官・山際清孝が主となって対応を検討することになりましたが、有効策はみつからないままでした。

やがて到着した首相に、山際は対応の遅れや有効策を講じなかったことを理由に罷免されます。それでも他へ行くわけにもいかないのでその場に居残っていると、山際にはあることがよくわかるようになりました。

事件に対処するための最優先事項が決まらないまま場当たり的な思考と対応を繰り返していくだけの様子が、罷免されて外から眺めていることで、よくわかるようになったのです。

テレビドラマ「野ブタ。をプロデュース」で転校生の小谷信子がいじめにあい、ペンキで制服に落書きされます。

そこで、同級生で人気者の桐谷修二とその友人・ 草野彰は、自分の制服に自らペンキで落書きをして登校します。
ペンキで落書きした制服がオシャレでカッコイイという風潮を広めて、小谷信子の落書きされた制服を目立たなくする、いやむしろカッコイイものにしてしまおうという作戦です。

こうして学校では「落書き制服」が流行ります。

ペンキで落書きされた制服を着た高校生を見たら、アナタはどう思いますか?

ほかにも「野ブタ。をプロデュース」とは関係ありませんが、もしも、ベルトが切れちゃったの? と聞きたくなるような、ズリ下がって今にも落ちそうで、足が短く見える学生服のズボンを履いた男子高校生を見たら、アナタはどう思いますか?

どちらも「その高等学校とその周辺地域の同世代」いう世界にどっぷり浸かっている生徒にとっては、とってもカッコイイ(COOL!)わけです。

でも、他の地域の高校に通う生徒や、高校生以外の人が見れば、きっと違うように感じることでしょう。


■ 俯瞰図を見るように映画を見てみよう

連続ドラマを未見にもかかわらず劇場版作品を観た理由は「離れれば見えることがある」からです。俯瞰図でしか見えてこないことがあるからです。

いったい何が見えたのでしょうか。

――「鉄板」が見えました。

鉄板とは、主にお笑いなどで間違いないことの意味で使われます。

見えたのは、連続ドラマを元にした映画は「ねるとん告白タイム効果」を使って「鉄板」になる様子です。

形式に少し違いはありますが「LIMIT OF LOVE 海猿」も連続ドラマから映画へという流れで作られた作品です。
違いとは、海猿シリーズは「海猿(1)は映画」→「海猿(2)は連続ドラマ」→「海猿3は映画」という連続ドラマを映画ではさんだサンドイッチ型であるということです。(「HERO」は連続ドラマ→テレビスペシャル→映画)

▼「LIMIT OF LOVE 海猿」作品レビュー

さて「HERO」も「海猿シリーズ」も「ねるとん告白タイム効果」という構造が同じです。

「ねるとん告白タイム効果」とはなんぞや? はこちら↓

▼ねるとん告白タイム効果でわかる、海猿人気の秘密

キャラクターへの感情移入はドラマで完了済み。残すは久利生公平と雨宮舞子の関係がどうなるか(告白タイム)。

これが最大にして唯一の関心事といってもいいでしょう。

この関心事だけに焦点を合わせればいいのです。

久利生公平と雨宮舞子の関係にどんな決着をつけるか。それだけでいいのです。

ということは、これは恋愛物語ですね。


■ ワカモノ向け黄門様

そもそも主人公の職業が検事ですが、それは主人公の職業が水戸黄門でも大きな違いはありません。もちろん、小さな違いはあります。

それは出身・学歴が殿様ではなく中卒であることや、服装やアイテムが印籠ではなくノーネクタイ(スーツを着ない)であることなどです。

特に劇場版では大物代議士の花岡錬三郎が登場することから、巨悪は裁かれ罰せられてほしいという庶民の願望を、お上(水戸黄門)が裁くのはでなく、より身近に感じることができる普段着ノーネクタイ中卒の久利生公平が裁くという設定にしているだけで、内容に大きな違いはありません(ほら、黄門さまだって普段はちりめん問屋のご隠居ってことで庶民を装っているでしょ)。

もしも連続ドラマの企画の段階に作られた企画書にプレミス(ストーリーが発展していくための基礎となるアイデア)のようなものを書く欄があるなら、そこには「ワカモノ向け黄門様。もちキムタクで!」と書いてあるかもしれませんね。

水戸黄門が長くテレビで放映されているのは、それが人間の欲望の深いところとつながっているからです。

それを利用しない手はない。だけど、水戸黄門そのままでは10代~30代に観てもらうことは期待できない。だから少しだけ設定を変えよう。

ワカモノ向けのドラマには多かれ少なかれ男女の恋愛という要素を入れるのだから、それで連続ドラマがヒットしたら、あとは「ねるとん告白タイム効果」を使って映画をつくれば鉄板だ!

そんな思惑があったのかもしれません。

ちなみに映画「LIMIT OF LOVE 海猿」も映画「HERO」もフジテレビと東宝が制作です。ヒットの鉄板方程式をきっちり使っているというワケですね☆


■ 人間を描いてほしかった

主人公が検事なので、事件に潜んだ人間の心の内が描かれることを期待してしまいがちですが、そのあたりは期待しないほうがいいでしょう。

例えば、久利生公平が担当することになった傷害致死事件の被告となった青年。

ビルの警備員の仕事中に自分の車で職場を抜け出した金髪の青年が、夜の自動販売機前で会社員の男性とぶつかります。

その拍子に地面に落ちたタバコを踏んだ会社員に対し、青年は殴る蹴るの暴行を加えて死に至らしめます。

この事件が代議士・花岡錬三郎の事件とつながるのですが、巨悪を裁くために用意したものにしては、深みがありません。

少年の心の内を描いていないからです。

たまたま見ず知らずの男性とぶつかって、自分のタバコを踏まれたから殴る蹴るの暴行を加えた。これでは短絡的すぎます。実際にはそういった事件はいくつもあることでしょう。

でも、物語ではそこに「深み」が必要です。

物語には構造上「絶対的な悪」が必要な場合があります。映画「HERO」における悪は代議士・花岡錬三郎というキャラクターが担っています。それだけで十分です。

一見すると「絶対的な悪」でありそうな金髪少年にも実は……というふうに、新たな側面を描き出しつつ、よくよく調べていくと短絡的な「悪い意味でキレて凶暴化するワカモノ」というステレオタイプではなく、その裏には巨悪が聳え立っていたのだ。

こうすれば、久利生公平が「悪い意味でキレて凶暴化するワカモノ」というステレオタイプを打破しつつ真の巨悪を懲らしめるという、ほんとうの意味でのワカモノ向けの黄門様になれたことでしょう。

そうではなく「悪い意味でキレて凶暴化するワカモノ」のままにしたところに「ワカモノ向け黄門様」なのに表題と内実がズレている「ねじれ現象」が生じてしまっているのです。

とはいえ、人間の内面をじっくり描こうという性格・種類の作品でもありませんし、おそらくそんなことはほとんど期待されていないでしょう。

なぜなら劇場版「HERO」は久利生公平と雨宮舞子の関係にどんな決着をつけるかが焦点の恋愛物語だからです。

もしかしたら、人間の深い部分についてはドラマのほうでじっくり描かれているのかもしれません。

だから映画ではあえてそれをしなかったのかもしれません……。


■ その他

木村拓哉さんは、どんな役柄でもすべて「キムタク」になるのは、これはもぉ特技といってもいいでしょう(^^)

ちなみに、ジーンズによれよれのシャッツでカッコがつくのはキムタクだから。素材がキッチリしているから着る物を崩しても様になるんですね。まちがっても普通の兄ちゃんは真似しないように。ただのだらしない兄ちゃん、またはオヤジになってしまいますから(それって私のこと?(T_T))

「LIMIT OF LOVE 海猿」を観たときは、私は第1作の映画も連続ドラマも観ていたので、海猿ワールドにどっぷり浸かっていました。

だから「LIMIT OF LOVE 海猿」の、コントでもあるかどうかというメチャクチャな設定も「そんなの関係ねぇ!」(小島よしお)と思えてしまう部分がありました。

そういう映画の観方も楽しいですが、もしも連続ドラマを未見で劇場版だけを見たらどう感じていただろうと、ふと思いもしました。

今回、イキナリ劇場版を観るという機会に恵まれて、またひとつおもしろい映画の観方ができました。

基本として、キムタクのカッコイイところを見たいという気持ちだけを持って劇場にいけば、きっと劇場版「HERO」楽しめることでしょう。


デート      △ ふたりがドラマファンなら
フラっと     × ドラマファン向け
脚本勉強    - 
演出       △ 
キャラクター   ○  
映像       △
笑い       ×
意外性      ×
内輪       ◎
ファミリー    -
アクション    -
お約束      ○
キムタクファン  ◎
人間       ×

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10/08/2007

映画「プラネット・テラー in グラインドハウス」

「プラネット・テラー in グラインドハウス
 (Robert Rodriguez's Planet Terror)」
監督:ロバート・ロドリゲス /2007年/105分

米利堅(メリケン)版「あばれはっちゃく」をご賞味あれ。「はっちゃける」ことができるのはキャラが立ってるからこそ。

ストーリー(概要)
―――――――――――――――――――――
細菌兵器によってゾンビが人々を襲うようになったテキサスの田舎町。
元恋人のレイと再会したダンサーのチェリーは、ゾンビに襲われながら
も生き残りの人間たちと共に戦う。


主な登場人物の紹介
―――――――――――――――――――――
△チェリー
ダンサー

△レイ
解体屋。チェリーの元恋人。

△マルドゥーン
米軍基地部隊長

△アビー
科学者

▽ダコタ
女医

△ブロック
医師。ダコタの夫。

△ヘイグ
保安官

△JT
バーベキュー店主。ヘイグ保安官の兄。


コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見)
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米利堅(メリケン)版「あばれはっちゃく」をご賞味あれ。「はっちゃける」ことができるのはキャラが立ってるからこそ。

■ グラインドハウスとは

グラインドハウスとは劇場のこと。

米国の大都市の周辺にあった劇場で、そこではインディーズ作品(低予算のB級映画)を2、3本立てで上映していた。

そんなグラインドハウスに入り浸って映画を見まくっていたクエンティン・タランティーノ監督が、ロバート・ロドリゲス監督と共に当時のグラインドハウスで上映されていた映画のエッセンスを元に作り上げたのがタランティーノの「デス・プルーフ in グラインドハウス」であり、ロドリゲスの「プラネット・テラー in グラインドハウス」である。

米国ではこれらを2本立てにしてフェイクの予告編を挟み、ひとつのグラインドハウスという作品として送り出したが、アメリカ合衆国外ではそれぞれを単独作品として編集しなおしたという。

というわけで、日本においても両作品は単独作品として上映された(2本立てではない)。


■ キャラクターを活かすとは

ゾンビとウェスタンという定番の題材に違いはあれど、折りしも「スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ」(以下スキヤキ)を鑑賞した後に「プラネット・テラー in グラインドハウス」(以下プラネット)を観ると、キャラクターを活かすとはどういうことかがたいへんよくわかる。

スキヤキにおける主要登場人物のひとりであるガンマンには、名前さえない。村にやってきた凄腕ガンマンは平家と源氏の間に生まれた子というバックグランドは提示されるが、それだけだ。

一方プラネットにおける主要登場人物のひとりのレイは、解体屋でチェリーの元恋人。銃の射撃は正確で、ナイフ等を使って次から次にゾンビたちを倒す。

両者とも腕が立つわけだが、なぜ凄腕なのかは語られない。

それでもレイが魅力的にみえるのは、どんな状況でもチェリーを信じ、勇気づけ、助けようとするからだ。

ほかにも女性キャラクターを比較してみよう。

スキヤキの女性キャラクター「静」は村にやってきた平家と源氏の争いのなかで片方の陣地に囲われており、夫が殺されてどうすることができないと感じている。

プラネットのチェリーにしてもゴーゴーダンサーをしているが、それを辞めて新しい自分をみつけたいと思っている。だがどうすることもできないと思っている。

どちらの女性キャラクターも現状からの打破を望みつつも、そんなことは叶わないだろうと諦めかけている。

そこにガンマンやレイが現れることで変化が生まれる。

大事なのは、その変化が観客が頷けるものでなければならないということだ。

つまり、変化するにじゅうぶんだと思えるふたりの関係を描かなくてはならないのだ。

スキヤキでは、ガンマンが現れても、静に変化を与えるに足るじゅうぶんな関係性を見出すことはできなかった。

ところがプラネットでのレイは、チェリーをゾンビの襲撃から救っただけでなく、彼女を再び助けるために危険をおかして病院までやってきた。

さらに片足を失って落ち込むチェリーを勇気づけ、共に戦っていく。こうして、いくつもの出来事を通してふたりの関係性に強い絆があることを観客に知らしめるのだ。

やがて、強い関係性によって変化していくチェリーは新しい自分に出会うのである。


■ お馬鹿に「はっちゃける」には

女医のダコタは幼い息子を連れて夫から逃れようと計画していた。

そんな、一見すると本筋とは関係ないように思える夫婦の状況も描かれる。

また、バーベキュー屋を営むJTは秘伝のソースを作ろうと日々研究を重ねている。彼の弟ヘイグは保安官で、なんだかんだいっても兄弟の絆は強い。これも一見すると本筋とは関係ないように思えるかもしれない。

だが、バーベキュー店にはレイだったりチェリーだったりダコタが付き合っている女(ダコタはレズビアン)だったりがやってくる。

やがて町がゾンビに襲われて壊滅状態になると、生き残った人間たちはJTのバーベキュー屋に集まって脱出の作戦を練ることになる。もちろんその中にはヘイグ保安官もダコタもレイもチェリーもいるというわけだ。

本筋とは関係ないと思われるキャラクターたちの状況を描きながら、実はひとつにつながっていく。ひとつにつながった時には、それぞれのキャラクターに厚みができている。言い換えればキャラクターが立体になっている。これをキャラクターが立つ、またはキャラが立つともいう。

キャラクターが立っているから、町にウィルスが蔓延してゾンビが溢れ、片足にマシンガンを装着した女性ダンサーが大活躍するお馬鹿っぷりを如何なく発揮できるのあり、それが笑いにもなる。

もしもキャラクターが平面で薄っぺらだったら、お馬鹿っぷりを発揮しようとすればするほど笑えなくなってしまう。

お馬鹿映画を作るには、実はたいへん高度で緻密な技術が必要である。スキヤキとプラネットを見比べるとはっきりと見えてくるのがそれだ。


■ その他

タランティーノが軍人役で出演しています。この人はいつ見ても映画を本当に楽しんでるってかんじですなぁ。

ゾンビが登場したり、頭や手足が吹っ飛んだりしたりするシーンがたくさんあるので、万人にはおすすめしませんが、そういったことを承知で、くだらないお馬鹿映画を楽しみたいならうってうけです。

くだらないことをやるにはものすごい根気と技術が必要で、はっちゃけることができるのはほんの一握りでしかありません。

そんな「はっちゃける」ことができる監督のひとりがロバート・ロドリゲスです。

さて、人間は無駄を楽しむことができる生き物です。無駄はエンジンでいうと潤滑油みたいなもので、それがないとスムーズに動きません。

人間は一見すると無駄に思えることを、実は欲しています。だから無駄にバイオレンスだったり、無駄にエロかったりする「くだらなさ」がたまらないと思えるからです。

なにはともあれ、米利堅(メリケン)版「あばれはっちゃく」をご賞味あれ。

私は笑いっぱなしでスた。


デート      △ 
フラっと     ○  
脚本勉強    ○ キャラクター作りが上手
演出       ○ 
キャラクター   ◎ 
映像       ○
笑い       ◎ 笑いっぱなし 
はっちゃけ    ◎
お馬鹿      ◎
アクション    ◎
ファミリー    × 
のほほん    ×
ほんわか    ×
監督ファン    ○
タランティーノ  ○ 

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10/02/2007

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