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07/30/2007

アニメ「鋼の錬金術師」


お笑い芸人コンビ品川庄司の品川祐さんが、あるバラエティ番組に出演していたときのこと。

目を輝かせ「鋼の錬金術師」を超すばらしい作品だと絶賛!

品川祐さんは処女小説「ドロップ」を発表し、評判もなかかいいと小耳に挟んでいたのよん。

皆さんも「鋼の錬金術師」って作品名ぐらいはどこかで聞いたことがあるんじゃないかな。

おっきな鎧にフンドシ姿の弟と、小さめの身長の兄が繰り広げる冒険活劇。それが「鋼の錬金術師」ね。

で、題材は「錬金術」。

錬金術といえば、中世ヨーロッパで流行ったっていう、卑金属を金などの貴金属に変える技術のこと。そのほかにも人体を不老不死に変える技術のことも指していたとか。

人体をうんぬんっていうと、ほら「フランケンシュタイン」が思いうかぶよね。

これはヴィクター・フランケンシュタ博士が錬金術を用いて作った人間。つまり人造人間の話なわけよ。

「鋼の錬金術師」でもホムンクルスという人造人間が登場する。

このように錬金術っていうのは、物語作家にとっては想像力を刺激される題材なのだね。

「鋼の錬金術師」では、錬金術の才能ある兄弟が亡くなった母親をとりもどすべく、禁忌とされる人体練成を行うところから物語が始まるのだ。

この兄弟、たしか10~11歳ぐらいなのだが、その歳でヴィクター・フランケンシュタ博士と同じことをやろうとしたというワケ。

ところが錬金術では「等価交換の原則」というのがある。これは、人は何かの犠牲無しには何も得る事ができないというもの。

兄弟2人で、人を1人よみがえらせようとしたんだけど、だれもうまくいったためしがない禁忌の所業なわけで、当然のように失敗する。

このとき、弟は体すべてを、兄は片腕と片足を持っていかれるんよ。

弟の魂だけはなんとか近くにあったおっきな鎧に定着させることができた兄は、失った片腕と片足にはオートメール(機械鎧)を付ける。

こうして失った弟の体と、兄の片腕片足を取り戻すために「賢者の石」を探す旅に出る。

その旅を通して兄弟は気づく。等価交換の原則なんて嘘っぱちだ――と。

仮にこんな試験があるとしよう。10人が10人とも10時間を試験勉強に費やしても、試験に合格するのは1人。

もし「等価交換の原則」が絶対だとしたら、10人全員合格するか、10人全員不合格にならなくちゃぁならない。

でもね……「等価交換の原則」はあくまで「原則」だから、嘘はついていないんやね。

原則とは別名「建前」ともいって、なくちゃぁ困るけれど、在って無いようなもの。

はじめは「等価交換の原則」をまっすぐに信じていた少年である兄弟も、旅を続けるうちに「原則」の意味を知るようになる。

そもそもアニメ作品の冒頭にはこんなナレーションがある。


「人は何かの犠牲無しには何も得る事ができない。それが、錬金術における等価交換の原則だ。その頃僕らはこれが世界の真実だと信じていた」


冒険作品はたいてい、主人公が世界の真実を探す旅に出る。

これが正しい。こうすれば幸せになれる。そういったものを探す旅の目的とする物は、宝箱だったり賢者の石だったり青い鳥だったりする。

世界には多くの真実がある。どれが偽モノでどれが本モノということではなく、結局は自分という世界の真実を自分で作らなければならないということを発見して旅は終わる。

これが冒険作品の基本なわけで、「鋼の錬金術師」もこの基本どおりになっている。

有名作品ですし、よく勉強していることが伝わってくる作品ですから、興味を持った方は読んだり観たりしてみてはいかがでしょう。

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