おもいっきりのよさのある「ダイ・ハード4.0」
ダイ・ハードシリーズはすべて観ているハズ。
「1」はビル。「2」は空港。「3」はニューヨークだったよね?
なかでもやはり「1」が一番印象に残っている。日本人経営ビルの社長らしき日本人だけが頭を吹っ飛ばされたから。派手な血が飛び散っていたよ。悪役だって頭は吹っ飛ばされなかったのにねぇ。
それを観たとき、アメリカ人のなかには日本人嫌いってけっこういるのね、と思ったように記憶している。
「1」なんて今観るとブルース・ウィルスが若い。当たり前か。髪の毛もけっこうあって、あんた誰? って思うぐらい。
それにしてもここ数年で殺し屋役がこれ以上ないほどハマリ役になったブルース・ウィルス。たとえ殺し屋じゃなくても、ワルっぽいけど善役というダークヒーローが似合う俳優といったら彼というまでになった。
そんなダークヒーローのブルース・ウィルスの魅力を堪能できるのがコレだ。
話を「ダイ・ハード4.0」に戻そう。
観客がダイ・ハードシリーズに求めるもの。それは派手なアクション。それだけだ。
それをよぉくわかっているのだろう。「ダイ・ハード4.0」はひたすらアクションの連続だ。
主人公のキャラクター設定はもぉじゅうぶんすぎるほどできている。やることといえばアクションしかない。
だから悪玉キャラも、アクションのためのお約束にすぎないのでシンプルだ。無駄に悪役を凝らない。無駄に人間ドラマを作ろうとしない。
アクション、アクション、アクション。
ここまで割り切っていれば、おもいっきりのよさというもの。
「ダイ・ハード4.0」のなかのアクションシーンひとつを目玉にして、他のアクション作品が作れてしまう。そんな派手なアクションシーンがいくつも続く。
これを独壇場というのだろう。金のかかる派手なアクションと撮らせたらハリウッドにかなうところは到底ないと思わせるのに、これ以上の作品はない。
ジャッキー・チェンの娯楽アクション作品はそれなりにいいが、気合を入れて撮ったアクションシーンをカメラワークを変えたり、ストップモーションにしたりして、何度も「巻き戻し再生」みたくしている作品があったと思う。
どうだ、すごいアクションシーンだろう? といわんばかりである。
スタント無しはたしかにスゴいが、それはまれるで友人宅に遊びに行ったときに、ホームビデオカメラで撮った友人の息子・娘の幼稚園の運動会映像を30分以上観させられるようなものである。
5分なら笑顔で付き合えるが、10分以上は家族や親族でもないかぎり、ハッキリいって誰だって辛いだろう。
そういった「どうだすごいだろう」的な編集を「ダイ・ハード4.0」はやっていない。
金があるがゆえの余裕ともいえる、おいしいところをスキップで軽快に飛ばしていく編集には、爽快感さえある。
どんな作品も、作り手側の自意識が出てしまっては観客はゲンナリする。
自意識との戦い。それが作品づくりの基本だ。
そんな視点から「ダイ・ハード4.0」を観ると、すがすがしくおもいっきりのいい作品、ということができる。
頭をカラッポにしてアクションを存分に楽しむ。そういう作品にはなかなか出会えるものではないのだから、こういうときは素直に楽しんだほうがいい。
とはいっても、見終わったら何も残らないのはご承知のほどを。
ちなみに私は、アクション映画なら「アポカリプト」のほうをおすすめする。
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