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03/30/2007

映画「ホリディ(the Holiday)」

監督:ナンシー・マイヤーズ
アメリカ/2006年/135分

ナンシー・マイヤーズ号の行き先は「乙女版ネバーランド」。女性の女性による女性のための作品。列車の事情は考慮せずにどんどん乗り換えちゃえばいいんじゃなぁ~い、みたいな。モテたい諸君は必見だョん。

ストーリー(概要)
―――――――――――――――――――――
米国の都会で働くアマンダと、英国ののどかな田舎町にアイリスは共にクリスマス休暇前に恋の別れを告げる。気分転換にと、ふたりはホーム・エクスチェンジをする。


主な登場人物の紹介
―――――――――――――――――――――
▽アマンダ
 映画予告編製作会社社長。

▽アイリス
 新聞社の編集者。

△グラハム
 アイリスの兄。書籍編集者。

△マイルズ
 作曲家。


コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見)
―――――――――――――――――――――
ナンシー・マイヤーズ号の行き先は「乙女版ネバーランド」。女性の女性による女性のための作品。列車の事情は考慮せずにどんどん乗り換えちゃえばいいんじゃなぁ~い、みたいな。モテたい諸君は必見だョん。

■ この列車(作品)は女性用です

この列車ナンシー・マイヤーズ号の行き先は「幸せの国」です。この列車にお乗りいただけるお客様は、以前に「恋愛適齢期」号もしくは「ハート・オブ・ウーマン」号にご乗車されてご満足いただけた方のみ、となっております。

もちろん男性がこの列車(作品)にお乗りいただいてもかまいませんが、女性用ということをじゅうぶんにご理解いただき、ご了承のうえご利用くださいますようお願い申し上げます。

松浦亜弥のものまねで有名な、まえけん(前田健)さんも、振付師KABAちゃんもどうぞお乗りくださいませ。

申し遅れました。わたくし、ナンシー・マイヤーズ号の車掌をつとめさせていただきます、なんちゃってケイト・ウィンスレットと申します。

え? 君は列車を間違えているんじゃないかですって? 2004年アメリカ・イギリス製作の映画「ネバーランド(Finding Neverland)」号の車掌じゃないかですって?

ええ、そうだったかも。今度は乙女版ネバーランドへ行く列車の車掌もすることになったんです。

どんだけネバーランド好きやねん! ですって?

おホホ。あたたかいご声援をありがとうございますぅ~。もう冷たい海水に浸かるのはごめんですから~(←タイタニック?)

さぁ、列車が出発いたしまぁす。


■ 女性の女性による女性のための

女性監督ナンシー・マイヤーズは脚本も書いています。

代表作品「恋愛適齢期」「ハート・オブ・ウーマン」でおわかりのように、女性の女性による女性のための作品を作る映画作家、それがナンシー・マイヤーズです。

もしあなたが女性、もしくは女性(乙女)の心がわかるとおっしゃるなら、作品中に繰り広げられる、いっけんすると無駄と思えるようなセリフの数々にもおおいに頷けることでしょう。


■ 女の子はいそがしいんですぅ

どこかの人気女優さんがこのようなセリフをいうTVCMを観たことありませんか?

ほんと、女の子はいそがしいですよね。(←おまえ、だれやねん笑)

失恋したら、ブリちゃんみたいに坊主にしたり、友人宅におしかけて朝までぬいぐるみコスプレ自棄酒パーティしたり、インドへサイババに会いに行ったり、実家に帰って地元の友達と夜の県道を突っ走る車にハコ乗りしたり、ペットにイグアナを飼いはじめたりしなきゃ、なんですからいそがしいですよね☆

時はちょうどホリディシーズンだったから旅に出れてよかったものの、もしも通常の時期だったら、いきなり休暇を取られて、同僚たちは迷惑したかもしれませんネ。

アマンダもアイリスも、恋に別れを告げた(告げられた)からといって二十歳ぐらいの女学生みたいに実家に帰るってわけにもいかないんです。

仕事のキャリアもそこそこあって、社会的にもそこそこの地位がある女性が実家に帰ったら、まだ独りらしいわよ、な~んて話題をご近所さんに提供するだけ。

そのあたりを今回はサッとスルーさせるために、アマンダの両親は亡くなったことになっています。

なにはともあれ、実家に帰ったのではホームドラマ色が強くなる。それは避けたい。そこで登場するのがホーム・エクスチェンジ。

これは、条件が合う者同士が一定期間、家も車も交換するというもの。

ふたりそれぞれの様子を交互に描けば、観客に飽きられにくいとの計算があるのでしょう。そのかわり、上映時間は長くなります。


■ 出かけるときはご確認を

ご乗車ありがとうございます。次の駅は~。

え? 皆様は次の駅でお乗換えになる?

そんなこといわずに終着駅までわたしにご案内させてください。なにかお気に召さないところがございましたでしょうか?

列車の運行が遅れたから? 軽食や飲み物をワゴンに載せて運んでくる乗務員の一部がイケメンじゃないから? イケメン乗務員がほかの女性客に笑顔をふりまいたておもしろくないから?

ご迷惑と失礼があったようで、たいへん申し訳ございません。以後気をつけますので、どうか終着駅までこの列車をご利用ください。

だれがなんといおうと絶対に乗り換える? もうこんな列車には乗っていられない?

皆さん「幸せの国」へはこの列車が一番早く、確実に着きますよ。

え? 皆さんの行き先はそんなところじゃないですって?

目的地は「乙女版ネバーランド」?

では皆様、次の駅で列車をお乗換えください

そうそう、ご乗車の前にはよく行き先をご確認くださいネ。


■ 列車の事情は?

みんな初めは「幸せの国」へいこうとしていたんです。でも、自分が思い描くような旅にはならないかもしれない。そんなとき、別に乗務員が自分好みのイケメンじゃなくたっていい。自分好みのイケメンが自分以外の客に笑顔をふりまいたってどうってことないと思えたなら、終着駅「幸せの国」まで列車に乗り続けることができたかもしれません。

でもアマンダもアイリスも、乗っていた列車を降り、次の列車に乗り換えます。このとき、本人たちは気づいているかどうかわかりませんが、行き先が変更してしまっているんですね。「乙女版ネバーランド」にね。

普通の作品ですと「列車の事情」が考慮されます。
変電所の落雷があって安全確認のた運行時間に少々の遅れが出たとか、乗務員採用基準にジャニーズ系しかダメよという規定はないとか、すべてのお客様に心のこもった笑顔でおもてなしするよう教育していますとか、そういったフォローがあるわけです。

列車の事情もわかる。乗客の事情もわかる。両方の気持ちがわかるから、観客はいたたまれない気持ちになって、みんなを応援したくなる。みんなとは、言い換えれば「作品」です。その作品を応援したくなるぐらいに好きになるんですね。

ところが「ホリディ」では、列車(=アマンダの元カレ。アイリスの元カレ)の事情は描かれません。アマンダとアイリスは、ぱーぺき(完璧)に恋の被害者というわけ。そうとしか受け取りようのない作り方を、あえてしているんでしょうね。

なぜなら、そのほうがウケがいいから。

男にしてみたら、ちょっとした(?)ホラーかもネ。

グラハムにしてもマイルズにしても、そんな都合のいい男は乙女版ネバーランドにしか存在しませんから~。


■ その他

モテる男。それは容姿に恵まれているからだけではない。ときには、なんであんなブ男がモテモテやねん。と思うこともあるかもしれない。

モテる男はたいてい勉強・研究している。女性が何を求めているか、を――。

だから、女性雑誌をめくり、少女漫画を読み、ときにはナンシー・マイヤーズ号にも乗る。

キャバクラのおねえちゃんだって、NO.1は毎月コロコロ変わっても、NO.2やNO.3はいつも同じ娘だったりする。容姿については、化粧やダイエットではどうにもNO.1の娘には敵わない部分がある。けれど、男を気分よくさせる術は勉強・研究・実践することができるし、それでNO.2やNO.3の座は守りとおせるのだ。

デートで「ホリディ」を観に行って、「ほんとうにいい作品だったね」などと言う彼氏だったら、ちょっと気をつけたほうがいいだろう(笑)

わたしも「いい作品だと思う」ゾ。

その意味は、男としては「ど~でもいい作品」(笑)。マーケティングやヒットやモテたいという点からは「いつもながらうまいことつくってまんなぁ~。勉強になります! っていう作品」(苦笑)。

キャメロン・ディアス 、ケイト・ウィンスレット 、ジュード・ロウ 、ジャック・ブラックのどなたかのファンなら楽しめるだろう。
(キャメロン・ディアスの「どアップ」を見ると、さすがに老けてきたかなぁと思ってしまったりもする)

作品のタイプは異なるが、なんだか似ているなぁと思い出した作品はこちら。

関連作品
▼「恋愛適齢期(SOMETHING'S GOTTA GIVE)」レビュー


■ ひとこと

「ホリディ」のレビューを書き上げてからネットでいろんなブログの感想をサッと見てまわったら、みんなけっこうベタ褒めしてますね。

「ホリディ」のいいところは、とうてい現実にはありそうもない展開とエンディング。観客(特に女性)の願望を叶えることに集中しているいるところですね。ありえない「おとぎ話」楽しむのが映画とするなら、これこそまさにうってつけの作品です。

極端な例だが、井筒監督が「ブラックホークダウン」を観て怒っていた理由のひとつは、米軍の敵やそこに住む住人たちがほとんど描かれていなかったから。つまり、アメリカ映画だから米軍の視点が多いのはいたしかたないが、その比率があまりに偏りすぎているということ。

「K-19」がすばらしいのは、アメリカ/イギリス/ドイツ映画でありながら旧ソ連の物語を、よこしまな狙いなく、人間をしっかり描いているから。(「米・ソ連」の比率うんぬんを通り越して「人間」を描いているということ)。

▼「K-19:THE WIDOWMAKER」作品レビュー

「ホリディ」の比率はどうか。ここでいう比率とは、男女の視点の比率だ。あえてどちらかに大きく偏らせている。そのほうがヒットしやすいからだ。

なにはともあれ「ホリディ」を観にいこうかどうしようかと思っているアナタ。

素直な気持ちで観にいけば、きっと満足しますよ☆


デート     ○ 彼女に合わせるなら
フラっと    ×  
脚本勉強   △
演出      △
キャラクター  × 男性キャラが薄っぺら
笑い      × 
役者      ○ 主要キャストのファンなら
マーケティング◎ 

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03/22/2007

映画「デジャヴ」

監督:トニー・スコット
アメリカ/2006年/127分

4日前へGO!! ●●●マシンは命がけ。パラレルワールドを交差させたカーチェイスシーンをテンポよく魅せる、グツグツ煮た料理みたいな作品。【注】このレビューを読むと勘のいい人はネタバレになる可能性アリ。作家・乙一の作品に似たアイデアがある。比べると、見えないものを何に設定するかで小説と映画という手法の違いが明らかになる。

ストーリー(概要)
―――――――――――――――――――――
543名の犠牲者を出したフェリー爆破事件の特別捜査官ダグは、ひとりの女性の死体と遭遇する。フェリー爆破事件の手がかりだと直感したダグだったが、はじめて見たこの女性・クレアに見覚えがあるような気がしてならなかった。
クレアの周囲を捜査しているちに、事件の直前に彼女と接触している可能性がある人物が複数浮かんできた。そのうちのひとりは意外なことに自分(ダグ)だった……。


主な登場人物の紹介
―――――――――――――――――――――
△ダグ・カーリン
ATF(アルコール・タバコ・火器取締局)捜査官。
フェリー爆破事件の特別捜査官。

▽クレア・クチヴァー
女性。フェリー爆破事件にまぎれるようにして発見された死体。


コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見)
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4日前へGO!! ●●●マシンは命がけ。パラレルワールドを交差させたカーチェイスシーンをテンポよく魅せる、グツグツ煮た料理みたいな作品。【注】このレビューを読むと勘のいい人はネタバレになる可能性アリ。作家・乙一の作品に似たアイデアがある。比べると、見えないものを何に設定するかで小説と映画という手法の違いが明らかになる。

■ 即買い脚本

デジャヴ。
それが人に対するものであった場合、前世で恋人だったとか、仇同士だったとか。とにかくなにかの関係があったのではないかと思う。

そんなだれもが一度は経験したことがある感覚(デジャヴ)をきっかけに物語を作りあげていく作業は、とても興奮するものであると同時に、リスクもある。どんなリスクか。それは、どこかで見聞きしたことがあるような、使い古されたものになってしまうかもれないリスクだ。

事件。捜査。美女との出会い。カーチェイス。犯人との戦い。

これらはの要素はどこにでも転がっている。

プロデューサーのジェリー・ブラッカイマーのオフィスにたどり着いた脚本は、おそらく幾人ものエージェントの目を通して厳選されたものにちがいない。そんな脚本であっても、実際に採用されるのはごく一部、年に数本あるかないかだろう。まして買い付けを即断したことはほとんどないという。

しかし「デジャヴ」の脚本を受け取って48時間後にはもう買っていたそうだ。

その脚本が誕生したきっかけは、インターネットのチャットルームでのやりとりだ。脚本家がインターネットのチャットルームで、脚本化志望者とやりとりしたことがきっかけで本作のアイデアを交換して脚本を作っていったというのだ。

では「デジャヴ」のどこが魅力的なのかを私なりにお話しよう。


■ パラレルワールドのカーチェイス

カーチェイスといえばハリウッド映画の十八番だ。とうにやりつくしたようにも思えるカーチェイスシーン。そこで海外、主にヨーロッパの歴史情緒あふれる街中を小型車で走り回るという新しさを取り入れたのが「ボーン・アイデンティティ」シリーズだ。

また最近では、タイヤの軌跡が炎となってアスファルトに一本の線を残しながら街を疾走するモーターサイクル(バイク)に乗った、燃える骸骨男が悪を成敗する作品が話題だ。

では「デジャヴ」ではカーチェイスシーンをどうするのかと思ったら、なんとパラレルワールドとリンクさせるというとんでもない仕掛けを使っている。

ダグは車で犯人を追う。でも、犯人の車は存在しない。いや、存在する。ではどこに? 

実は、いわゆるパラレルワールドに存在するのだ。約4日前の同じ場所に、たしかに犯人の車が存在した。

ダグはその車を追うのだ。

なんだかよくわからない話に聞こえるかもしれない。早い話が約4日前を見ることができる装置を使って、過去の犯人の足跡をたどり、現在の潜伏先を突き止めようというわけだ。

約4日前をみることができる装置。なんと便利なんだ! と思ったが、これにはいくつか制約がある。決まった範囲しか見れなかったり、巻き戻しはできなかったり。

そんなわけで、犯人の車を追うには、カバーエリアを越えた場合には、装置の一部を乗せた車で追ってデータをメインマシンに送りつづけなければならない。

そこで犯人を追う車に乗るダグは、ヘルメット型の特殊な機械を装着する。すると目の前の小型モニタには4日前の映像が映るのだ。

4日前の雨の夜。道は暗く、見通しも悪い。

しかし、実際にダグが車を走らせているのは朝の交通ラッシュ時の道路だ。

運転しながら4日前の車を追うダグは、4日前の映像だけを見ていては運転できない。そこで、目の前の小型モニタの片方を壊して、片方の眼で現在を見て運転するのだ。

目的は4日前を走る犯人の車。だから、現在の朝の交通ラッシュでゆっくり安全運転なぞできようもない。しかも道路を逆走するので、当然のようにクラッシュの連続だ。

でもダグの乗った車は軍用車かなにかで、たいへん丈夫で、乗用車と衝突したぐらいではまだまだ走りつづけることができる。

タイム・ウィンドウ研究所の巨大モニターで映像を見ながらダグをバックアップするメンバーと無線のやりとりをしながら犯人の車を追うダグ。

こんなカーチェイスシーンをよくもまぁ思いついたものである。

しかし、日本にもこれと似たようなアイデアを持ち、それを作品にした者がいる。


■ 見えないものを表面的なものに設定すると「デジャヴ」になる。

突然の事故で記憶と左眼を失った女学生が、臓器移植手術で死者の眼球提供を受けた。しばらくして女学生は、その左眼が過去に見てきた映像の数々を断続的に見るようになる。

女学生は左眼の映像の場所を訪れる。すると、左眼が過去の映像の再生をはじめる。同じ場所だが、右眼は現在を映しだし、左眼は過去の映像を映し出す。

これは、乙一というホラー作家の作品「暗黒童話」の話である。

乙一さんは今最も才能溢れ、期待されている作家のひとりであり、映画「暗いところで待ち合わせ」の原作者でもある。

映画「暗いところで待ち合わせ」作品レビュー

乙一さんの作品は多種多様なのだが、共通していることは、情景描写が巧みということ。小説を読んでいてその物語世界を見ているかのような感覚になったり、主人公が見る左眼の映像が実際に眼に浮かんでくるかのように感じたりもする。

あらゆる物語はそうだが、特にホラーでは、普段見えないものが浮かび上がってくるところに恐怖が生まれる効果を上手に使っている。

普段は見ない人の心の闇。そこをえぐりだす作業を通して、一筋の光を射し込むこともできる(例「暗いところで待ち合わせ」)。

見ないものを見えるようにするには、小説とう手法でじっくりと描きだすのが向いているのを乙一さんの小説は教えてくる。

では映像ではどうだろう。

見えないものを心の内面・闇に設定するよりも、表面的なもの、たとえば未解決の事件を設定したほうが効果的だ。

「デジャヴ」では犯人の動機や心の闇はそんなに重要ではない。事件を解決するために、フェリーの爆破を阻止するために、明らかになっていない犯人像とその潜伏場所を特定するために映像をいかに魅力的かつ迫力のあるものとして使うかが重要だ。

その答えが、過去と現在を同時に映しながら、過去の犯人の車を、現在の車で追うダグのカーチェイスシーンなのである。


■ 4日前へGO!! ●●●マシンは命がけ

どこかで聞いたようなタイトルだ(笑)

「デジャヴ」をひとことであらわすとこんな感じだが、だれでも経験があるデジャヴで惹きつけ、テンポよいアクションシーンでグイグイ魅せるハリウッドらしい派手さが見どころである。

映画「バブルへGO!! タイムマシンはドラム式」作品レビュー


■ その他

おもしろいアイデアはないか。そのアイデアが一番「おいしく」活きるストーリーはなにか。ストーリーに興味を持ってもらえる魅力的な要素はなにか。

そんなことを寝ても覚めても考えて、数人でアイデアを交換し、脚本を作り上げていく。

たとえるならば、よい食材をみつけて、食材に合った料理を選び、最適な調理法で、何時間もグツグツ煮て作る。とても手間のかかった料理かのようだ。

アイデアを、テンポと映像でガツンと料理した作品なので、じっくりと人間の内面を描くヒューマンドラマは期待しないように。

頭の柔軟体操のつもりで観ると、素直に楽しめるだろう。

デート   ○ 程よいデートムービー
フラっと  ◎ 意外にいいやん!
脚本勉強 ○
演出    ○
キャラクター○
笑い    -
役者    ○ クレア役に大抜擢されたポーラ・パットンがいいかんじ
発想    ◎ 

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03/21/2007

映画「ラストキング・オブ・スコットランド」

監督:ケヴィン・マクドナルド
アメリカ・イギリス/2006年/125分

空のキャラクターと実在の人物をからめた、実在の人物像に迫る作品。アミン大統領役のフォレスト・ウィッテカーは本作で第79回アカデミー主演男優賞を受賞した。

ストーリー(概要)
―――――――――――――――――――――
スコットランドの医学校を卒業した青年・ニコラスは、ウガンダの村の診療所で働きはじめる。時は1971年。ちょうどクーデターでオボテ政権が倒れ、アミン新大統領が誕生したばかりであった。
村へ演説にやってきたアミン大統領の怪我の手当てをしことで主治医に任命されたニコラスは、相談役・側近としてウガンダの中枢と深く関わるようになる。
反抗勢力の粛清をすすめるアミン大統領の裏の顔を知り、危険を感じて逃れようとするニコラスだったが、国外脱出が困難となる。


主な登場人物の紹介
―――――――――――――――――――――
△イディ・アミン
ウガンダ大統領。ボクサーから軍人、そして大統領になった。

△ニコラス・ギャリガン
スコットランド人の青年医師。大統領の主治医。側近。

▽ケイ・アミン
大統領夫人

△ストーン
英国高等弁務官

▽サラ・メリット
医師の妻。夫は村の診療所で働く。


コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見)
―――――――――――――――――――――
架空のキャラクターと実在の人物をからめた、実在の人物像に迫る作品。アミン大統領役のフォレスト・ウィッテカーは本作で第79回アカデミー主演男優賞を受賞した。

■ 架空のキャラクターと実在の人物

青年医師・ニコラスは、アミン大統領と交流のあった数人の欧米人をモデルにして作ったキャラクターだ。つまり、ニコラスは実在しない。

一方、アミン大統領は実在の人物だ。また、作品のラストで起きるエア・フランス機のハイジャック事件も実際の出来事である。


■ 事実は小説よりも……。

事実は小説よりも奇なり、という言い方をする人がいる。だが、ある人はこう言う。

「事実は小説よりも、つまらない」

事柄AについてA氏は「奇」だと感じたとしても、B氏も「奇」だと感じるとはかぎらない。

「奇」かどうかは、環境や心情や信念や哲学や宗教によってさまざまだからだ。

ある事柄を「奇」と感じるかどうかは「事柄との距離」に関係する。

人は自分に身近な事柄ほど大きく受け止め、たとえ他人からみえれば小さな変化でも、本人にとっては大きな変化と感じる。さらに、その変化が大きいと感じてこれを「奇」と表現することもあるだろう。

というわけで、A氏にとってどんなに「奇」または「大きな事柄」であっても、そのままでは他人に注目されにくい。

「ある人にとっての事実は小説よりもつまらない」と言う人がいるのはなぜか。それは、しょせん他人ごとだからだ。


■ あなたも持っている「能力」

どんな出来事もしょせん他人事。

しかし、私たちは他人の境遇や、他人の身に起こった出来事を見聞きして、当事者たちの心情を想像し、時には一緒に喜び、時には一緒に涙することもある。

人には能力がある。他人の気持ちを推し量り、感情移入する能力だ(以下「能力A」)。

能力Aは敏感すぎても、鈍感すぎても日常生活に支障をきたすことがある。

だから多くの人々は、能力Aをもっていても、自分を守るために敏感すぎず、鈍感すぎずの絶妙なバランスを保って生活している。

それをよく知っている小説家や映画作家は、人が持つ「能力A」をほんのちょっとだけ、己が意図する方向へ、感情という「波」を起こすべく働きかけるのだ。

感情が揺すぶられた、感動した、という作品の優れた点とはつまり、能力Aをいかに無理なくスムーズに必要なだけ発揮させるかということだ。


■ からめる手法

「ラストキング・オブ・スコットランド」は、実在の大統領の人物像をどのように描くかにかかっている。

言い換えれば、いかに人々の「能力A」を発揮させるかにかかっている。

そのための仕掛けが、架空のキャラクターと実在の人物をからめて物語ることなのだ。

実際の出来事をなぞっただけでは、他人の注目を集めつづけることは難しい。そこで、実在したこと、実際に起こったことに注目してもらうためにフィクションを使ったのだ。

そのため、より幅広い多くに人に観てもらえるようドラマ性のあるサスペンス作品となっている。

物語の力はその使い方によっていかようにもなる。

「ラストキング・オブ・スコットランド」は物語の力が存分に発揮された作品だ。どのような使い方で、どのような効果をもたらすのか。その答えはあなたが作品を観てみつけてほしい。


■ その他

「ホテル・ルワンダ」という作品がある。日本でもたいそう話題になった作品だ。

「たか」が観に行った渋谷の映画館は「ここは集会室か!」というぐらいの広さの劇場で、昼に整理券を受け取って、陽が沈みかけた頃にやっと観はじめることができた。満席で前方の席にやたら座高が高い客がいて観にくかった。

それでも連日のようにわんさかとその劇場へ「ホテル・ルワンダ」を観にくる客は絶えなかったようだ。

では「ラストキング・オブ・スコットランド」はどうだろう。わざわざ渋谷の小さな映画館まで行って整理券を受け取り、上映回まで何時間も待つ必要はない。関東地方だけでも20近い映画館で上映しているからだ。

「ホテル・ルワンダ」のときのような、ネットを中心とした口コミをはじめとするムーブメントみたいなものは「ラストキング・オブ・スコットランド」ではあまりないようだ。

ネットでもなんでも使って、多くの人に観てもらいたい作品を口コミで広げるのもいい。だが「ホテル・ルワンダ」であれだけ盛り上げた、または盛り上がった人たちは、いったいどこへいってしまったのだろう。

もちろん「ホテル・ルワンダ」は多くの人に観てもらいたい作品だ。
「ホテル・ルワンダ」とは手法は違えども「ラストキング・オブ・スコットランド」も、当事者である実在の人物像に迫るという道を選んだ作品だ。

話題になっているから観るというのもひとつの「きっかけ」だが、たとえテレビCMもたいして放映していなくても、たとえネットで盛り上がっていなくても「これは!」という作品を嗅ぎ分ける「臭覚」を持てれば、宣伝や広告やブームに必要以上に振り回されることなく、いい作品に出会うことができるだろう。

ちなみに、アミン大統領役のフォレスト・ウィッテカーは本作で第79回アカデミー主演男優賞を受賞した。

▼「ホテル・ルワンダ」作品レビュー

デート   - 
フラっと  ◎
脚本勉強 ○
演出    ○
キャラクター◎
笑い    -
役者    ◎

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03/04/2007

第79回アカデミー賞 菊地凛子さん受賞ならず

第79回アカデミー賞が発表されました。


「バベル」で助演女優賞にノミネートされていた菊地凛子さんは受賞ならず。


助演女優賞は「ドリームガールズ」のジェニファー・ハドソンさんでした。


また「硫黄島からの手紙」は音響編集賞のみの受賞。


そして今回は、やっとマーティン・スコセッシ監督が「ディパーテッド」で監督賞を受賞、ほか作品賞、脚色賞、編集賞と計4部門を受賞しました。


関連記事

▼バビルの塔に住んでいるのは?

▼「硫黄島からの手紙(Letters From Iwo Jima)」作品レビュー

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03/03/2007

映画「バブルへGO!! タイムマシンはドラム式」

監督:馬場康夫
日本/2006年/116分

バブルとともに歩み、バブルの中で活躍し、バブル期の文化・流行を作りだしてきたホイチョイ・プロダクションズが「自虐ギャク」的に放つ、エンタテイメント作品。確実に一定以上のエンタテイメント作品に仕上げるその職人技には脱帽だ。小説や脚本をはじめ、映像制作からマーケティングや営業までに関わり、よい結果を出したいという人は10回観るべし!

ストーリー(概要)
―――――――――――――――――――――
2007年。元カレのつくった借金を肩代わりさせられ、借金取りに追われる田中真弓に、母親・真理子の訃報が届く。
葬儀の後日、下川路が真弓のアパートにやってきて、母親は死んでいないことを明かす。
日本経済を救うべくタイムマシンで17年前に行ったまま行方不明になった母親を救うため、借金を返すため、真弓は1990年4月の日本へ旅立つ。


主な登場人物の紹介
―――――――――――――――――――――
△下川路功
財務省大臣官房経済政策課勤務の官僚。
タイムマシン極秘プロジェクトのリーダー。

▽田中真弓
キャバクラ勤めのフリーター。
元カレのつくった200万円の借金を肩代わりさせられ、借金取りに追われている。

▽田中真理子
真弓の母親。日立の家電研究所勤務。タイムマシンの開発者。下川路巧とは大学の同級生で、元恋人。

△田島圭一
消費者金融「平成クレジット」の借金取り。借金を取り立てようと、真弓に付きまとう。

△芹沢良道
芹沢ファンド代表。元大蔵省勤務。

▽宮崎薫
テレビリポーター

▽玉枝
真弓が勤める、六本木のキャバクラ「グランデ」のママ。


コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見)
―――――――――――――――――――――
バブルとともに歩み、バブルの中で活躍し、バブル期の文化・流行を作りだしてきたホイチョイ・プロダクションズが「自虐ギャク」的に放つ、エンタテイメント作品。確実に一定以上のエンタテイメント作品に仕上げるその職人技には脱帽だ。小説や脚本をはじめ、映像制作からマーケティングや営業までに関わり、よい結果を出したいという人は10回観るべし!

■ ユーロビート、ワンレン・ボディコン、DCブランド

こられのキーワードにピンときたアナタ。「バブルへGO!! タイムマシンはドラム式」(以下「バブルへGO!!」)はまさにそんなアナタのハートを鷲掴みするに違いない。

だからといって、バブルを実体験していない人にはおもしろくないかというと、そうではない。むしろ、バブルを実体験として知らないほうが楽しめるかもしれない。

1985年制作のロバート・ゼメキス 監督作「バック・トゥ・ザ・フューチャー」というのがある。有名な作品なので観た人も多いだろう。

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は、男子高校生が30年前にタイムスリップするというストーリーだ。1985年頃の一昔といえば30年だった。

しかし時代は変わり、今では「ひと昔」といえば10年前を指すこともある。ならば、17年前というのは、もうとんでもない昔ということになる。

おぃおぃ、いくらんでもたった17年前なんて、つい最近のことで、そんなに大昔じゃないぞ、という人もいるだろう。

そんな人こそ「バブルへGO!!」を観てもらいたい。

「なんじゃこりゃ~!!」「いつの時代やねん!」という声が思わず出てしまう、ユーロビート、ワンレン・ボディコン、DCブランド全盛の「あの時」が、立派(笑)な「ひと昔」といえることが確認できるだろう。

さて、日本で生まれ育った人が、アメリカ合衆国の1985年と1955年の時代ギャップがわかるか? というと、細かいところまではわからないだろう。でも「バック・トゥ・ザ・フューチャー」はそんな日本人でもじゅうぶんに楽しめた。

それはなぜか?

ストーリーがおもしろいからだ。


■ タイムスリップ

古今東西、タイムスリップものは数多い。そこでポイントとなるのは、誰がどこへタイムスリップして、そこで何をするかである。

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は、男子高校生が30年前にタイムスリップして、壊れかけた両親の仲を修復しようとする。

「バブルへGO!!」は、フリーターの若い女性が17年前にタイムスリップして、危機に瀕している日本経済を救おうと、また行方不明になった母親を探そうとする。

こうしてみると、両作品の基本構造はほとんど同じである。

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」がヒットしたことから、この構造を使えばヒットする可能性はたいへん高いことは誰の目にも明らかだが、これを日本に当てはめてやってみようとは誰もしなかった。ホイチョイ・プロダクションズ以外は……。

比較的最近のタイムスリップ作品といえば「戦国自衛隊1549」(80年代の「戦国自衛隊」のリメイク)や「時をかける少女」(筒井康隆の名作「時をかける少女」原作の2006年劇場用アニメーション作品)などがある。

どちらも原作がある作品だが、その出来栄えは真逆だ。どちらが優れているかは皆さんもおわかりだろう。もちろん劇場用アニメーション「時をかける少女」であって、その出来栄えはたいへんすばらしい。

とはいえ「時をかける少女」は時代を飛び越えるというより、もっと短い、数日や数時間を飛び越える能力を手にした少女の物語である。

時代を飛び越えるタイムスリップ作品では、なにも戦国時代(16世紀頃)にまで飛ばなくても、ほんの30年、いやほんの17年昔に飛ぶだけでもいい。というよりも、ひと昔前のほうが、その時代を知っている者が多数いることや、その時代の雰囲気を残しているものがまだどこかに存在していることが多々あるため、観客のノスタルジアを誘いやすい。

ここで注意しなくてはいけないことは、あまりに当時と違う描写をすると、総スカンをくらうことがあるので、当時の文化・風習・芸能等について綿密につくり込まなくてはならない。

ちょんまげのお侍さんが刀を右腰に差していても、たいていの人はなんとも思わないが、1990年にワンセグケータイで野球中継を見ている人がいたら、誰だって違和感をおぼえるだろう。

逆にいえば、注意点さえしっかりおさえておけば、ひと昔前を題材にタイムスリップ作品を作ったほうが、旨味が多いわけだ。

それにもかかわらず日本ではだれもやらなかった。いや、やれなかったのか。いやいや、そんな発想さえ出なかったのだろう。ホイチョイ・プロダクションズ以外は……。


■ ホイチョイに脱帽

ホイチョイ……。ってどんな意味?

ホイチョイとは、架空の理想郷を指す、子供たちの造語という。(ユートピアみたいなものかな)

本では「東京いい店やれる店(94年)」他を出版。テレビでは「カノッサの屈辱」他を企画。

映画では「私をスキーに連れてって(1987)」「彼女が水着にきがえたら(1989)」「波の数だけ抱きしめて(1991)」という、いわゆるホイチョイ3部作を企画・制作。さらに「メッセンジャー(1999年)」でもヒットを飛ばしている。

ホイチョイ3部作が作られた1987年から1991年は、ほぼそのままバブルの全盛期だ。

バブルとともに歩み、バブルの中で活躍し、バブル期の文化・流行を作りだしてきたホイチョイ・プロダクションズが、自らの歩みを振り返るかのように、お笑いでいえば自虐ギャクを放つかのようにバブル期へタイムスリップするというアイデアを形にした。

まさにホイチョイ・プロダクションズがもっとも得意とする題材(バブル)で、もっともヒットしやすい仕掛け(タイムスリップ)で、もっとも絶妙なギャップ(ひと昔。17年前)で確実に一定以上のエンタテイメント作品に仕上げるその職人技には脱帽だ。


■ ギャップのつくりかた

では、良質なエンタテイメント作品の作り方を「ギャップ」に焦点を合わせてみていこう。

「キューティ・ブロンド」や「メラニーは行く!」では、地域差がギャップとなって、笑いのポイントになっている。

「キューティ・ブロンド」では西海岸のブロンドお嬢様が東海岸のハーバードロースクールに行き、ファッションの違いや感覚の違いがギャップだ。

「メラニーは行く!」では、北部のニューヨークと南部のアラバマという地域差がさまざまなギャップを生んでいる。

これらが地域差によるギャップの作り方である。

では、「バブルへGO!!」のギャップとはなんだろう。それは、世代差・時代差である。

ここでちょっと考えてみよう。

なぜ、映画はそんなにギャップを求めるのだろうか……?

これは来週までの宿題。としたいところだが「たか」自身が宿題を出したことを忘れそうなので(笑)、早々に答えを出しておこう。

ギャップを求めるのは、そこにズレが生じるからだ。

たとえば、笑いは「常識と変」のギャップに生まれる。人はギャップをみつけると、そこを埋めたくなる。埋める方法は、お笑いでいうならば「ツッコミ」だ。

映画もこれと同じ技を利用している。地域差や時代差をつかってギャップを生じさせ、ギャップで生じた空間に「笑い」や「驚き」を詰め込んでテンポをつくり、その隙にキャラクターの成長を織り込んでいくのだ。

▼「キューティ・ブロンド(LEGALLY BLONDE)」作品レビュー

▼「メラニーは行く!(SWEET HOME ALABAMA)」作品レビュー


■ 主人公の変化がドラマの肝

ストーリーのはじめと終わりを比べて、主人公がまったく変化していなかったとしたら……それはたぶん、寅さんか黄門様だ。

一部のファン向けではない、一般ウケしたいわゆるヒット作品の多くに共通するのはズバリ!「変化するキャラクター」である。

田中真弓は、はじめとおわりでは変化している。彼女をとりまく環境の変化はタイムスリップものではお約束だが、その変化をもたらしたのはまぎれもなく、17年前にタイムスリップして1990年の人たちと出会い、働きかけた真弓の行動によるものだ。

タイムスリップものではない作品では、主要キャラクターの内面の変化を表すのに苦心する。しかしタイムスリップものでは、時間を飛び越えて、書き換えた過去による新たな未来をみせることで、主要キャラクターの変化を視覚的にもたいへんわかりやすくみせることができる。

だからといって安易にタイムスリップを用いれば、散々たる作品になる。たとえ過去の有名作のリメイクだとしてもだ。(例「戦国自衛隊1549」)

▼「戦国自衛隊1549」作品レビュー

「バブルへGO!!」の主要キャラクターたちの変化の基本は「家族」というキーワードに支えられている。作品のはじめは、いわゆるホームドラマっぽい匂いを感じさせないが、ストーリーが進んでいくうちに、観客はそこに「家族」を意識するようになる。

これは聖書の「放蕩息子のたとえ話」と基本は同じだ。

これは、裕福な家の次男が父親に頼んで遊ぶ金ほしさに財産の分け前をもらい、都会に出て行って遊びまくり、金がなくなるとだれにも相手にされなくなった。しかたなく豚小屋で働き始め、豚の餌で空腹を満たしたいと思うようになってはじめて、実家に帰ろうと思いたつ。実家では父親が放蕩息子の帰りを待っていた、という話である。

真弓は17年前に行って、そこであることをみつけたのだ。気づいたといってもいい。それによって変化が生まれ、それが真弓のまわりにの人たちにも変化をもたらしたのだ


■ 反復効果

2007年の六本木。勤め先のキャバクラから出てきた真弓は、借金取りの田島圭一が待ち伏せしているのに気づき、走って逃げるシーンがある。

1990年の六本木。勤め先のキャバクラはディスコになっていた。ディスコから出てくると、田島圭一がいるのに気づいて、また借金取りかと思った真由美は走って逃げ出す。

このふたつのシーンは、時代の変化をより強調してわかりやすくするために、同じ場所を同じシチュエーションで提示するためにある。

時代の変化とは、街の風景、店内の様子、遊ぶ人たち、そして主要キャラクターの変化(田島圭一)である。

ちなみに田島圭一は、ストーリー構築上の役割でいえばヘルパーだ。時代の変化を説明する案内人である。その具体的な方法が、真弓をバブル全盛のパーティに誘うことに表れている。


■ 10回観るべし

小説や脚本をはじめ、映像制作からマーケティングや営業まで、よい結果を出したいと思っている人たちは、この作品を10回観るべし。

すべてのシーンがなにかしらの役割を持っており、しかも観客が想像力を働かせて息抜きできる、車のハンドルでたとえるなら「あそび」も随所に盛り込まれているからだ。

登場人物のセリフ、行動、アイテム、すべてに注視し、それが物語上でどんな役割があって、どんな効果をもたらすのかをよぉ~く観察しよう。

まずはわかりやすいところから、1990年の真弓が借金取りの田島からお金を借りてハンバーガーを食べたシーンから考えてみるといいだろう。


■ 日立製作所の粋なタイアップと、タイトル

日立製作所の粋なタイアップ(洗濯機)は宣伝効果抜群だ。

なんてったってアイドル~♪ じゃなかった(^^ゞ なんてったって、タイムマシンはドラム式、つまり洗濯機なのだから☆ 

「タイムマシンはドラム式」

これほどインパクトのあるコピーはめったにない。読んだら気になって仕方がなくなるように作られている。

タイムマシンなのにドラム式ってどういうこと? と思い、その答えを知りたくてたまらなくなる。それで、ドラム式とは洗濯機だとわかると、なんでタイムマシンが洗濯機なんだ? とさらなる疑問が浮かび、いったいどうなっているんだと答えを知りたくなる。

う~む……うますぎる。おそるべしホイチョイ!

だってタイムマシンといえばたいていは机の引出しの中とか(←これもスゴい)、車とか、電車とか、いちおう乗り物であろうという固定概念がある。それを粉々に打ち砕くのだから。

ちなみに監督の馬場康夫氏は、元日立製作所宣伝部にいたらしい。


 「一部ウケ」かと思いきや……。

「バブルへGO!! 」はバブル全盛期を体験した世代が主なターゲットだ。

得意な題材でターゲットを絞り込む。これはマーケティングである。

あえて観客層を広げようとしなかった割り切りの良さが、結果的にバブルを知らない若い世代へも口コミでそのおもしろさが広まり、バブルを知らない者なりに楽しみ方を作り出していくこともできる。

そもそも、負のイメージで語られることが多いバブルを、エンターティメントにするという発想と、それを形にする行動力があっぱれだ。


■ キャスティングがモロハマリ

吹石一恵の眉太メイクにボディコン。似合いすぎてるぞ!

森口博子のママぶりが板についているぞ!

飯島愛はいまでもお立ち台イケるぞ!


■ 元カレの存在

真弓は元カレがつくった借金を肩代わりさせられたために借金取りの田島に付きまとわれている。

タイムマシンで17年前にいく決心をした理由の現実的なものは、借金返済だ。
(もちろん、母親を助けたいという思いもある)

――金。

これほど明確な動機はほかにそうはない。

真弓の行動の大きな原動力である借金をつくったのは、真弓の元カレだ。しかし、元カレは登場しない。

下手な作品だと、借金を作った元カレが登場する。そのシーンの分だけ作品は長くなり、なかなか本題に入らない(ストーリーが前へ進まない)ということになる。つまり、元カレを必ずしも登場させる必要はないのだ。

たとえ元カレが登場しなくても、観客の頭のなかには借金を作った元カレがイメージできればいいのだ。真弓の元カレを登場させずに観客にそのイメージを抱かせることができる。

実は、これが「バブルへGO!!」の作り手の力量のすごさをよく表しているもののうちのひとつなのである。


■ その他

リンドバーグにプリンセスプリンセス。懐かしいヒット曲も聞けるぞ。

そういえば「ラブ★コン(LOVELY COMPLEX)」でも、なつかしのヒット曲を上手に使って作品の雰囲気づくりに役立てていたなぁ。

▼「ラブ★コン(LOVELY COMPLEX)」作品レビュー

デート     ○ 
フラっと    ○
脚本勉強    ◎
演出      ◎ 
リアル     -
キャラクター  ◎
笑い        ○
役者        ◎
キャスティング ◎ 
マーケティング ○   


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