映画「バブルへGO!! タイムマシンはドラム式」
監督:馬場康夫
日本/2006年/116分
バブルとともに歩み、バブルの中で活躍し、バブル期の文化・流行を作りだしてきたホイチョイ・プロダクションズが「自虐ギャク」的に放つ、エンタテイメント作品。確実に一定以上のエンタテイメント作品に仕上げるその職人技には脱帽だ。小説や脚本をはじめ、映像制作からマーケティングや営業までに関わり、よい結果を出したいという人は10回観るべし!
ストーリー(概要)
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2007年。元カレのつくった借金を肩代わりさせられ、借金取りに追われる田中真弓に、母親・真理子の訃報が届く。
葬儀の後日、下川路が真弓のアパートにやってきて、母親は死んでいないことを明かす。
日本経済を救うべくタイムマシンで17年前に行ったまま行方不明になった母親を救うため、借金を返すため、真弓は1990年4月の日本へ旅立つ。
主な登場人物の紹介
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△下川路功
財務省大臣官房経済政策課勤務の官僚。
タイムマシン極秘プロジェクトのリーダー。
▽田中真弓
キャバクラ勤めのフリーター。
元カレのつくった200万円の借金を肩代わりさせられ、借金取りに追われている。
▽田中真理子
真弓の母親。日立の家電研究所勤務。タイムマシンの開発者。下川路巧とは大学の同級生で、元恋人。
△田島圭一
消費者金融「平成クレジット」の借金取り。借金を取り立てようと、真弓に付きまとう。
△芹沢良道
芹沢ファンド代表。元大蔵省勤務。
▽宮崎薫
テレビリポーター
▽玉枝
真弓が勤める、六本木のキャバクラ「グランデ」のママ。
コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見)
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バブルとともに歩み、バブルの中で活躍し、バブル期の文化・流行を作りだしてきたホイチョイ・プロダクションズが「自虐ギャク」的に放つ、エンタテイメント作品。確実に一定以上のエンタテイメント作品に仕上げるその職人技には脱帽だ。小説や脚本をはじめ、映像制作からマーケティングや営業までに関わり、よい結果を出したいという人は10回観るべし!
■ ユーロビート、ワンレン・ボディコン、DCブランド
こられのキーワードにピンときたアナタ。「バブルへGO!! タイムマシンはドラム式」(以下「バブルへGO!!」)はまさにそんなアナタのハートを鷲掴みするに違いない。
だからといって、バブルを実体験していない人にはおもしろくないかというと、そうではない。むしろ、バブルを実体験として知らないほうが楽しめるかもしれない。
1985年制作のロバート・ゼメキス 監督作「バック・トゥ・ザ・フューチャー」というのがある。有名な作品なので観た人も多いだろう。
「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は、男子高校生が30年前にタイムスリップするというストーリーだ。1985年頃の一昔といえば30年だった。
しかし時代は変わり、今では「ひと昔」といえば10年前を指すこともある。ならば、17年前というのは、もうとんでもない昔ということになる。
おぃおぃ、いくらんでもたった17年前なんて、つい最近のことで、そんなに大昔じゃないぞ、という人もいるだろう。
そんな人こそ「バブルへGO!!」を観てもらいたい。
「なんじゃこりゃ~!!」「いつの時代やねん!」という声が思わず出てしまう、ユーロビート、ワンレン・ボディコン、DCブランド全盛の「あの時」が、立派(笑)な「ひと昔」といえることが確認できるだろう。
さて、日本で生まれ育った人が、アメリカ合衆国の1985年と1955年の時代ギャップがわかるか? というと、細かいところまではわからないだろう。でも「バック・トゥ・ザ・フューチャー」はそんな日本人でもじゅうぶんに楽しめた。
それはなぜか?
ストーリーがおもしろいからだ。
■ タイムスリップ
古今東西、タイムスリップものは数多い。そこでポイントとなるのは、誰がどこへタイムスリップして、そこで何をするかである。
「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は、男子高校生が30年前にタイムスリップして、壊れかけた両親の仲を修復しようとする。
「バブルへGO!!」は、フリーターの若い女性が17年前にタイムスリップして、危機に瀕している日本経済を救おうと、また行方不明になった母親を探そうとする。
こうしてみると、両作品の基本構造はほとんど同じである。
「バック・トゥ・ザ・フューチャー」がヒットしたことから、この構造を使えばヒットする可能性はたいへん高いことは誰の目にも明らかだが、これを日本に当てはめてやってみようとは誰もしなかった。ホイチョイ・プロダクションズ以外は……。
比較的最近のタイムスリップ作品といえば「戦国自衛隊1549」(80年代の「戦国自衛隊」のリメイク)や「時をかける少女」(筒井康隆の名作「時をかける少女」原作の2006年劇場用アニメーション作品)などがある。
どちらも原作がある作品だが、その出来栄えは真逆だ。どちらが優れているかは皆さんもおわかりだろう。もちろん劇場用アニメーション「時をかける少女」であって、その出来栄えはたいへんすばらしい。
とはいえ「時をかける少女」は時代を飛び越えるというより、もっと短い、数日や数時間を飛び越える能力を手にした少女の物語である。
時代を飛び越えるタイムスリップ作品では、なにも戦国時代(16世紀頃)にまで飛ばなくても、ほんの30年、いやほんの17年昔に飛ぶだけでもいい。というよりも、ひと昔前のほうが、その時代を知っている者が多数いることや、その時代の雰囲気を残しているものがまだどこかに存在していることが多々あるため、観客のノスタルジアを誘いやすい。
ここで注意しなくてはいけないことは、あまりに当時と違う描写をすると、総スカンをくらうことがあるので、当時の文化・風習・芸能等について綿密につくり込まなくてはならない。
ちょんまげのお侍さんが刀を右腰に差していても、たいていの人はなんとも思わないが、1990年にワンセグケータイで野球中継を見ている人がいたら、誰だって違和感をおぼえるだろう。
逆にいえば、注意点さえしっかりおさえておけば、ひと昔前を題材にタイムスリップ作品を作ったほうが、旨味が多いわけだ。
それにもかかわらず日本ではだれもやらなかった。いや、やれなかったのか。いやいや、そんな発想さえ出なかったのだろう。ホイチョイ・プロダクションズ以外は……。
■ ホイチョイに脱帽
ホイチョイ……。ってどんな意味?
ホイチョイとは、架空の理想郷を指す、子供たちの造語という。(ユートピアみたいなものかな)
本では「東京いい店やれる店(94年)」他を出版。テレビでは「カノッサの屈辱」他を企画。
映画では「私をスキーに連れてって(1987)」「彼女が水着にきがえたら(1989)」「波の数だけ抱きしめて(1991)」という、いわゆるホイチョイ3部作を企画・制作。さらに「メッセンジャー(1999年)」でもヒットを飛ばしている。
ホイチョイ3部作が作られた1987年から1991年は、ほぼそのままバブルの全盛期だ。
バブルとともに歩み、バブルの中で活躍し、バブル期の文化・流行を作りだしてきたホイチョイ・プロダクションズが、自らの歩みを振り返るかのように、お笑いでいえば自虐ギャクを放つかのようにバブル期へタイムスリップするというアイデアを形にした。
まさにホイチョイ・プロダクションズがもっとも得意とする題材(バブル)で、もっともヒットしやすい仕掛け(タイムスリップ)で、もっとも絶妙なギャップ(ひと昔。17年前)で確実に一定以上のエンタテイメント作品に仕上げるその職人技には脱帽だ。
■ ギャップのつくりかた
では、良質なエンタテイメント作品の作り方を「ギャップ」に焦点を合わせてみていこう。
「キューティ・ブロンド」や「メラニーは行く!」では、地域差がギャップとなって、笑いのポイントになっている。
「キューティ・ブロンド」では西海岸のブロンドお嬢様が東海岸のハーバードロースクールに行き、ファッションの違いや感覚の違いがギャップだ。
「メラニーは行く!」では、北部のニューヨークと南部のアラバマという地域差がさまざまなギャップを生んでいる。
これらが地域差によるギャップの作り方である。
では、「バブルへGO!!」のギャップとはなんだろう。それは、世代差・時代差である。
ここでちょっと考えてみよう。
なぜ、映画はそんなにギャップを求めるのだろうか……?
これは来週までの宿題。としたいところだが「たか」自身が宿題を出したことを忘れそうなので(笑)、早々に答えを出しておこう。
ギャップを求めるのは、そこにズレが生じるからだ。
たとえば、笑いは「常識と変」のギャップに生まれる。人はギャップをみつけると、そこを埋めたくなる。埋める方法は、お笑いでいうならば「ツッコミ」だ。
映画もこれと同じ技を利用している。地域差や時代差をつかってギャップを生じさせ、ギャップで生じた空間に「笑い」や「驚き」を詰め込んでテンポをつくり、その隙にキャラクターの成長を織り込んでいくのだ。
▼「キューティ・ブロンド(LEGALLY BLONDE)」作品レビュー
▼「メラニーは行く!(SWEET HOME ALABAMA)」作品レビュー
■ 主人公の変化がドラマの肝
ストーリーのはじめと終わりを比べて、主人公がまったく変化していなかったとしたら……それはたぶん、寅さんか黄門様だ。
一部のファン向けではない、一般ウケしたいわゆるヒット作品の多くに共通するのはズバリ!「変化するキャラクター」である。
田中真弓は、はじめとおわりでは変化している。彼女をとりまく環境の変化はタイムスリップものではお約束だが、その変化をもたらしたのはまぎれもなく、17年前にタイムスリップして1990年の人たちと出会い、働きかけた真弓の行動によるものだ。
タイムスリップものではない作品では、主要キャラクターの内面の変化を表すのに苦心する。しかしタイムスリップものでは、時間を飛び越えて、書き換えた過去による新たな未来をみせることで、主要キャラクターの変化を視覚的にもたいへんわかりやすくみせることができる。
だからといって安易にタイムスリップを用いれば、散々たる作品になる。たとえ過去の有名作のリメイクだとしてもだ。(例「戦国自衛隊1549」)
「バブルへGO!!」の主要キャラクターたちの変化の基本は「家族」というキーワードに支えられている。作品のはじめは、いわゆるホームドラマっぽい匂いを感じさせないが、ストーリーが進んでいくうちに、観客はそこに「家族」を意識するようになる。
これは聖書の「放蕩息子のたとえ話」と基本は同じだ。
これは、裕福な家の次男が父親に頼んで遊ぶ金ほしさに財産の分け前をもらい、都会に出て行って遊びまくり、金がなくなるとだれにも相手にされなくなった。しかたなく豚小屋で働き始め、豚の餌で空腹を満たしたいと思うようになってはじめて、実家に帰ろうと思いたつ。実家では父親が放蕩息子の帰りを待っていた、という話である。
真弓は17年前に行って、そこであることをみつけたのだ。気づいたといってもいい。それによって変化が生まれ、それが真弓のまわりにの人たちにも変化をもたらしたのだ。
■ 反復効果
2007年の六本木。勤め先のキャバクラから出てきた真弓は、借金取りの田島圭一が待ち伏せしているのに気づき、走って逃げるシーンがある。
1990年の六本木。勤め先のキャバクラはディスコになっていた。ディスコから出てくると、田島圭一がいるのに気づいて、また借金取りかと思った真由美は走って逃げ出す。
このふたつのシーンは、時代の変化をより強調してわかりやすくするために、同じ場所を同じシチュエーションで提示するためにある。
時代の変化とは、街の風景、店内の様子、遊ぶ人たち、そして主要キャラクターの変化(田島圭一)である。
ちなみに田島圭一は、ストーリー構築上の役割でいえばヘルパーだ。時代の変化を説明する案内人である。その具体的な方法が、真弓をバブル全盛のパーティに誘うことに表れている。
■ 10回観るべし
小説や脚本をはじめ、映像制作からマーケティングや営業まで、よい結果を出したいと思っている人たちは、この作品を10回観るべし。
すべてのシーンがなにかしらの役割を持っており、しかも観客が想像力を働かせて息抜きできる、車のハンドルでたとえるなら「あそび」も随所に盛り込まれているからだ。
登場人物のセリフ、行動、アイテム、すべてに注視し、それが物語上でどんな役割があって、どんな効果をもたらすのかをよぉ~く観察しよう。
まずはわかりやすいところから、1990年の真弓が借金取りの田島からお金を借りてハンバーガーを食べたシーンから考えてみるといいだろう。
■ 日立製作所の粋なタイアップと、タイトル
日立製作所の粋なタイアップ(洗濯機)は宣伝効果抜群だ。
なんてったってアイドル~♪ じゃなかった(^^ゞ なんてったって、タイムマシンはドラム式、つまり洗濯機なのだから☆
「タイムマシンはドラム式」
これほどインパクトのあるコピーはめったにない。読んだら気になって仕方がなくなるように作られている。
タイムマシンなのにドラム式ってどういうこと? と思い、その答えを知りたくてたまらなくなる。それで、ドラム式とは洗濯機だとわかると、なんでタイムマシンが洗濯機なんだ? とさらなる疑問が浮かび、いったいどうなっているんだと答えを知りたくなる。
う~む……うますぎる。おそるべしホイチョイ!
だってタイムマシンといえばたいていは机の引出しの中とか(←これもスゴい)、車とか、電車とか、いちおう乗り物であろうという固定概念がある。それを粉々に打ち砕くのだから。
ちなみに監督の馬場康夫氏は、元日立製作所宣伝部にいたらしい。
■ 「一部ウケ」かと思いきや……。
「バブルへGO!! 」はバブル全盛期を体験した世代が主なターゲットだ。
得意な題材でターゲットを絞り込む。これはマーケティングである。
あえて観客層を広げようとしなかった割り切りの良さが、結果的にバブルを知らない若い世代へも口コミでそのおもしろさが広まり、バブルを知らない者なりに楽しみ方を作り出していくこともできる。
そもそも、負のイメージで語られることが多いバブルを、エンターティメントにするという発想と、それを形にする行動力があっぱれだ。
■ キャスティングがモロハマリ
吹石一恵の眉太メイクにボディコン。似合いすぎてるぞ!
森口博子のママぶりが板についているぞ!
飯島愛はいまでもお立ち台イケるぞ!
■ 元カレの存在
真弓は元カレがつくった借金を肩代わりさせられたために借金取りの田島に付きまとわれている。
タイムマシンで17年前にいく決心をした理由の現実的なものは、借金返済だ。
(もちろん、母親を助けたいという思いもある)
――金。
これほど明確な動機はほかにそうはない。
真弓の行動の大きな原動力である借金をつくったのは、真弓の元カレだ。しかし、元カレは登場しない。
下手な作品だと、借金を作った元カレが登場する。そのシーンの分だけ作品は長くなり、なかなか本題に入らない(ストーリーが前へ進まない)ということになる。つまり、元カレを必ずしも登場させる必要はないのだ。
たとえ元カレが登場しなくても、観客の頭のなかには借金を作った元カレがイメージできればいいのだ。真弓の元カレを登場させずに観客にそのイメージを抱かせることができる。
実は、これが「バブルへGO!!」の作り手の力量のすごさをよく表しているもののうちのひとつなのである。
■ その他
リンドバーグにプリンセスプリンセス。懐かしいヒット曲も聞けるぞ。
そういえば「ラブ★コン(LOVELY COMPLEX)」でも、なつかしのヒット曲を上手に使って作品の雰囲気づくりに役立てていたなぁ。
▼「ラブ★コン(LOVELY COMPLEX)」作品レビュー
デート ○
フラっと ○
脚本勉強 ◎
演出 ◎
リアル -
キャラクター ◎
笑い ○
役者 ◎
キャスティング ◎
マーケティング ○