映画「アジアンタムブルー」
監督:藤田明二
日本/2006年/110分
原作:大崎善生『アジアンタムブルー』
登場人物の心情を反映するカメラ・写真の使い方がいい。若手女優注目度NO.1の松下奈緒松の魅力を堪能し、さらなる可能性と将来を探って楽しむ作品。巷に美男美女のカップルが少ないのはなぜ?
ストーリー(概要)
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編集者の隆二は親友の妻と不倫するなど、投げやりともみえる日々を送っていた。
そんなとき、仕事を通して知り合ったフォットグラファーの葉子と付き合うが、彼女は病に倒れる。葉子の短い余命を共に生きようと、ふたりはニースへ行く。
主な登場人物の紹介
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△山崎隆二
男性。雑誌編集者。
▽続木葉子
女性。フォットグラファー。
コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見)
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登場人物の心情を反映するカメラ・写真の使い方がいい。若手女優注目度NO.1の松下奈緒松の魅力を堪能し、さらなる可能性と将来を探って楽しむ作品。巷に美男美女のカップルが少ないのはなぜ?
■ 美男美女のカップルが少ないのは
美男美女のラブストーリーって実はむずかしいんです。
ほら、アナタの知り合いのカップルでもいいし、街でみかけるカップルでもいいから思い出してみて。
いわゆる美男美女のカップルって意外と思いだせないものでしょう?
その理由のひとつは「人は自分が持っていないものをほしがる」から。裏をかえせば、人は自分が持っているものはほしくないんです。
だれからも「綺麗だね」と言われ続けてきたAさんにとって「綺麗」は当たり前のこと。なるべく清潔にするよう気づかうことはあったとしても、綺麗になろうと力を入れて努力するなんてことはほとんど必要ないわけです。なぜなら、綺麗は当たり前ですから。
Aさんがたとえ不潔していたとしても、不潔に見えない。不潔でも男ならワイルド系に、女ならカッコいい系だと言われて羨望の的になるんです。
そんなAさんが恋人に求めるものは、自分がもっていないもの。つまり「綺麗」以外のものというワケ。
だから「あんなイケメンに、あの娘ってなんで~??」とか「伊東美咲さんに似ているあの人が、なんで電車男を地でいくような男と??」なんて思ってしまうカップルが実際にいるんですね。
そういった、一見すると不釣合いなカップルというのは、人々の「そうあってほしい」という願望であると同時に「人はないものねだり」の理由によって、けっこうあるものなんですね。
「願望」と「現実」の距離が近く、よりリアルに感じられる「電車男」が人気だった理由はそこにあるのです。
■ 美男美女が付き合うきっかけ
さて「アジアンタムブルー」の課題は、美男美女が惹かれあうきっかけをどうするかです。
葉子は若い美女です。世の中の男は彼女をほおってはおきません。一般の人からは恵まれた条件が揃ったとみなされる葉子がなぜ、かなり年上のエロ雑誌の編集者に惹かれたのか。その疑問を解消してあげなくてはなりません。
そこで、葉子が幼いときに両親が離婚したという、一般的には不幸とみなされるバックグラウンドを持っています。
また、どんどん身長が伸びていったので、子供の頃は「大女」や「デカ女」などと言われて傷ついていたのかもしれません。
そんな葉子が感じている、現実の辛さや空白をよく表したセリフがあります。
「ほんとの世の中よりも、水に映った世界のほうがきれいでしょう?」
そういって葉子は水たまりの写真を撮りつづけます。
辛い現実に直面したとき、人はもうひとつの世界を作ります。それを願望や理想をして持ちつづけることで、逆境や苦境を生き抜こうとするのです。葉子の場合は水たまりの写真を撮りつづけることが、生き抜く手段であったわけです。
その後成長してからは「下心ある親切」には遭遇しても、ほんとうに親切にしてもらったのは隆二さんがはじめて、という葉子。
家庭の事情。身長コンプレックス。かなり年上のエロ雑誌の編集者。これら「隆二に惹かれるための環境づくり」は平均点といったところでしょう。
一方、隆二は親友の妻と不倫しています。エロ雑誌の編集者をしていながら、いま一歩割り切れない。かといって自分の道を切り開いていこうという気迫はない。不倫は別にしても、まぁいわゆるどこにでもいる普通の人です。
どこか人生をあきらめたような無気力系の隆二。そんな彼の生き方になにか理由があるのではないかと探りたくなる人もいるでしょうけれど、容姿にめぐまれた隆二みたいな男性は、そもそも自分が恵まれていることを認識しずらいのです。
テレビのリモコン(松たか子の家庭ではズバコンというらしい)がなくなったら、たいへん不便だと感じるでしょう。人は、失ってはじめてそのありがたみを実感します。
とはいっても、ある程度の経験を積んで人生を歩んでくれば自分が一般と比べてどのような境遇にあるのかはある程度わかるようになります。
隆二もそれはわかっています。でも、他人からみてどんなに恵まれていると思われたとしても、本人にとって大事なものが手に入らなければ恵まれているとは感じられません。
目の前にあるのに、けっして手に入れられない、手の届かない幸せ。
親友。最愛の人。不倫。そんな日々に疲労感が募る隆二。
葉子に癒しを求めた隆二は、いつしか彼女をかけがえのない存在と思うようになります。
隆二が「葉子に惹かれるための環境づくり」も平均点といったところでしょう。
このように葉子には他人と関わりたいという欲求があり、隆二には癒されたいという欲求があるのです。
これが美男美女が付き合うきっかけですね。
■ カメラと写真
水たまりの写真を撮りつづける葉子。それは生き抜く手段であって目的ではありません。
なぜなら、葉子は急遽入ったエロ雑誌の撮影の仕事を喜んで引き受けるからです。
その前にも、はじめてエロ雑誌の撮影現場に見学に行ったとき、自分から写真を撮らせてもらってもいいかと隆二に許可を求めています。
このことから、葉子は水たまりしか撮らないポリシーを持った個性的な作家という地位を求めてはいことがわかります。
はじめて隆二と会って仕事の話をしたとき、葉子は自分の名刺を作っていませんでした。また、写真でお金を稼いだことはありません、とはっきり隆二伝えます。
もちろん、写真の仕事をしたいという願いはあるのだけれど、水溜りの写真を撮ることが目的ではなく、写真という手段で他人と関わりたい、コミュニケーションを図りたいという願いが基本にあるのです。
隆二と付き合い始めた葉子はひとりで地方(松本)へ写真を撮りにでかけたりして写真を撮ることを続けていました。けれど余命1ヶ月とわかってニースにやってきたときは自分のカメラを持ってきていませんでした。
なぜなら、他人とコミュニケーションを持ち、関係を作り上げていくきっかけ・手段として機能したカメラは、隆二という家族を得た葉子にはもう必要ないものだったからです。
■ カメラを手にするのが誰か注目しよう
やがてふたりがニースにやってきたとき、市場で隆二がカメラを手に入れます。ここで注目すべきところは2点です。
ひとつは、ニースでカメラを手にするのは葉子ではなく隆二であること。
なぜなら、葉子は写真を撮るという手段でコミュニケーションを図り、家族を手に入れたのでもうカメラを手にすることはないからです。
ふたつめは、被写体は水たまりではなく人間であること。
「ほんとの世の中よりも、水に映った世界のほうがきれいでしょう?」 と言っていた葉子だけれども、隆二と出会ってからは、水に映った世界よりも隆二がいるほんとうの世の中を精一杯生きるようになったから、もうカメラを手にせずに、水たまりも撮らないのです。
■ 水たまり以外のものを撮るターニングポイント
葉子が水溜り以外のものを撮るようになった瞬間があります。それはひとりで松本に写真を撮りに出かけたときのこと。雨宿りをした軒先に鳥の巣をみつけます。鳥に詳しい隆二を思いながら、鳥の巣とそこにいる鳥たちをファインダーに収めたとき、葉子の身体に痛みがはしり、倒れます。
水たまりに映る世界から「鳥=隆二のいる世界」への転換点で病に倒れる葉子。ここが「病気」と「気持ちのシフト」両方のターニングポイントです。
さて、ニースに来た葉子は、自分が病だとわかったとき、これで隆二さんと一緒にいられると思って喜んだ、という意味のことを隆二に言います。
ということは、病だとわかる前、松本にひとり旅に行った時点ではまだ心のどこかで隆二が去っていってしまうのではないかという不安を持っていたのですね。
だから松本では水たまりの写真も撮っていた。でも隆二への想いがあり、隆二が詳しい鳥をファインダーに収めたのです。
■ 撮る撮られるから、被写体へ
ニースにやってきた隆二と葉子。海が見渡せるベンチに座ったふたりの写真を撮るシーンがあります。
カメラを三脚にセットするのは隆二です。被写体は隆二と葉子のふたり。シャッターはタイマーで切れます。
撮る側と撮られる側の関係ではなく、同じファインダーに収まる関係へ。
関係をつくるために機能したカメラから、関係の瞬間を記録するために機能するカメラへ。
実は、この様子はふたりがはじめて出会うシーンに暗示されています。
葉子が水溜りにカメラを構えシャッターを切る瞬間に、その水溜りを踏んでいく隆二の靴がファインダー内に入ります。その瞬間にパシャリ。
水に「映った世界=内的世界」にいた葉子。その象徴だった水たまりを踏んで葉子の世界に入ってきた隆二。そこに「人との関係=外的世界」のきっかけを得た葉子は、やがて隆二という家族を得ます。
ほかにもこんなシーンがあります。葉子がはじえめて隆二の写真を撮った時のこと。
隆二の背中と水たまりが一緒に映った写真。まだこのときは付き合っていないので、水たまりという葉子の世界に、隆二の後姿が入ってきた状態でした。あくまで水たまりと一緒に映っている隆二。葉子の世界に隆二が入ってきたことを示しているというわけです。
ところがふたりが付き合いはじめ、葉子が病に倒れ、ニースにやってふたりで映った写真もまた後姿(横顔)です。
ほら、あなたが旅行先で写真を撮るとき、たいていは景色を背景にカメラのほうを向くでしょう? それは、カメラの向こう側に、後にこの写真を見るであろう自分や家族や友人や知人を意識しているからです。
でも隆二と葉子はカメラに背を向けてベンチに座っています。
自分がその写真を見ることがないとがわかっていて、見せる相手もこの世にもいないことをふたりは、特に葉子はわかっているから……。でもこの海の先にあるものの方向へ向いているふたりの、ニースの海が見えるベンチのショットは、海外、海、後姿というちょっとオシャレな感じも手伝って、象徴的なものとなっています。
■ 松下奈緒
隆二役の阿部寛さんと葉子役の松下奈緒さんは、ふたりとも日本人にしては背が高いんです。
日本の町をふたりが並んで歩くシーンでは、あたまひとつ飛び出た巨人がいるかのような、ちょっと不思議な映像になっています。
ドラマ「結婚できない男」が阿部寛さんのためにあった作品というならば、映画「アジアンタムブルー」は松下奈緒さんのためにある作品といえるでしょう。
松下奈緒さんはTVドラマ「タイヨウのうた」や「恋に落ちたら~僕の成功の秘密」や「人間の証明」に出演した女優さんで、3歳からピアノをはじめた現役の音大生でもあり、作曲家・ピアニストとしてもデビューしました。
若手女優さんのなかで、松下奈緒さんはズバ抜けています。ちょっとカワイイ、ちょっと綺麗というのではなく、明らかに「素材」が他と違います。
よく100年に一度の逸材といいます。けれど100年なんて大袈裟で、かえって薄っぺらく聞こえます。ほんとうの逸材をあらわすには、リアルに思える数字が威力を発揮します。
リアルな数字とは具体的には「20年にひとりの逸材」というものです。
松下奈緒さんはまさに20年にひとりの逸材です。皆さんも彼女のオーラをひしひしと感じるからこそ、ドラマにCMに作曲に映画に活躍の場がどんどん広がっているのですね。
松下奈緒さんがどのくらいオーラを持っているか。ドラマ「タイヨウのうた」で、いまや飛ぶ鳥を落す勢いのある沢尻エリカさんと共演したときのことです。
ふたりの共演シーンでは、あの沢尻エリカさんが、コンビニに買物に来たジャージ姿のヤンキーおネェちゃんに見えてしまったほどです。ふたりの共演シーンが少なかったのが沢尻エリカさんにとっては幸いでしたね。
つまり、松下奈緒さんが画面に現れると、空気が変わるのです。
「隆ちゃん、松本は田舎じゃないよ」といったような意味のセリフを葉子がいうシーンがあります。このシーンはけっこうシリアスなところなのですが、あえて葉子はこんなことを言って場を和ませたのか、単に天然なのか。
そんな葉子のキャラクターをわずかひとことのセリフで表現することができる松下奈緒さんは、もしかしたらバラエティにも向いているかのかもしれませんね(バラエティ番組「ぷっすま」にゲスト出演していましたネ)。
そんなふうに松下奈緒さんの今後の活躍の場を想像したり、今度はあんな役を演じてみたらいいかもと思ってみたり、といったことができるんですね。
「アジアンタムブルー」は物語を楽しむというより、松下奈緒さんの魅力を堪能し、さらなる可能性と将来を探って楽しむ、そんな作品です。
■ ひとこと
葉子は病気によって信じられないほど痩せていくという設定です。病気が進行してから葉子が服を脱ぐシーンがあります(背中が見えるぐらいですが)。
いやはや、スレンダーというか、ほんとうに痩せていますね。生で見て痩せている人でも、テレビや映画に登場するとちょっとふくよかに見えるといいます。だから、女優さんのなかにはなるべく痩せるようにしている人もいるそうです。
そうすると、松下奈緒さんはスクリーンで観ても、超スレンダーなのですから、実際ははたしてどのくらい痩せているのかと思ってしまいます。
今が旬の昇り調子の若手女優といえば沢尻エリカさんや長澤まさみさんだといわれていますが、松下奈緒の注目度はとても高く、まだまだ未知数の部分も多く、今後の成長が大いに期待されます。
松下奈緒さんにも阿部寛さんにも興味がないという人は、まちがっても観に行ってはいけません。途中で寝てしまうでしょうから。
キャラクターの心情を表すアイテムとしてのカメラ・写真の使い方はいいですね。
カメラ・写真が好きで、主演ふたりに興味ある方にオススメです。
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