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11/11/2006

ライトとLの「光と影」―映画「デスノート」-

■ 名前~ライトとは~

夜神月と書いて「やがみライト」と読ませる。

MOONではなくライト。その意味とはなんだろう?

犯罪のない理想の新世界づくりを目指すライトは「right」=正しいことをしていると確信している。

そしてライトは偏差値が高いとされる大学に通う優等生であり、学生ながらすでに司法試験に合格している。

家は大金持ちではないがライトは公務員の父を持ち、長男である。さらにイケメン(とされる)だ。

世間一般からみて、陽のあたる場所で光り輝いている青年。それがライト=「light」である。「light」には知識や才能の意味もある。

しかしながら、ライトが活躍したいと思っている場には、父によってまだ早すぎるという理由で立たせてもらえない。

ライトはわかりやすい形で父と喧嘩することはない。わかったよ父さん、といったかんじで父の言うとおりにするポーズをとるライト。

そこには、古今東西の物語に見ることができる「父との葛藤」がみてとれる。

そんなわけでライトはいまだ、捜査の世界では陽の光を浴びたことがないのである。


■ 名前~Lとは~

ではL(竜崎)はどうだろう?

Lとはすなわち「light」とするならば、その意味とはなんだろう?

名探偵として犯罪捜査をしているぐらいだから、犯罪のない社会を良しとする考えはライトと同じだろう。

通称「L」とされるその理由は、難事件という問題の解明のために事実を発見するという意味での「light」からLと名乗っているのか?

世界中の捜査員を使うことができ、最新(と思われる)の捜査電子機器を揃え、高級ホテル暮らしもできて自前の捜査本部の施設も持てるLは、おそらく超の付くお金持ちだろう。

世界中の難事件を解決し、世界中を捜査するための指示を出すことができる「力」を持っているLは、捜査の世界では陽の当たる場所にいる。

しかし親というものを知らないというLは、ほとんど外出することはなく、室内でお菓子を食べながら情報収集と分析と推理をする毎日らしく、ファッションにもこだわらずにいつもだいたい同じ洋服を着ている。

そしてライトの大学に姿をあらわしたときは、ミサに「この人なんかキモこわぁい」といった意味のことを言われてしまう。

彼が名探偵だと知らない一般の人々からすれば、いまだ陽の光を見たことがないかのように見られてしまうのがLなのだ。


■ ライトとL~表裏一体~

ライトもLも犯罪のない社会を目指し、己の知識と才能と分析能力で事件の謎を解くカギを発見するという意味での「light」では同じだ。

ふたりは年齢もほぼ同じであり、同じ性別である。

いわばライトとLは表裏一体なのである。

なぜなら、光は影があるからこそ存在し、影は光があるからこそ存在するからである。


■ ライトにとっての「光」

ライトは少しでも早く自分が活躍できる場がほしいと願っていた。しかし活躍の場を獲得するよりも以前に、自分が活躍する場の理想と現実、そして限界を知る。

そんなときデスノートを手に入れたライトは、絶望から希望へ一気にメーターが振切れたのだ。

ライトはデスノートを手に入れるまでは、自分には光が当っていないと感じていた。光が当る素質と才能を持っているのに、光が当っていない自分を「影」の状態だと思っていた。

だからデスノートを手に入れたとき、新世界を作る「光」になれると思ったのだ。


■ Lにとっての「光」

Lにとっての光とはなんだろう。

捜査の世界で「光」を浴びるLはそれで満たされていたかというと、そうでもない。

過度な甘党でいつもお菓子や甘い飲み物を摂取しているLは、コンピュータに囲まれた部屋でひとり黙々と捜査を続けてきた。

そんなときLはキラ事件を通して、諦めかけていた家族という「光」を垣間見たのだ。具体的には夜神総一郎との出会いがすなわち「光」である。

夜神総一郎との出会いにより、Lにとっての新世界の「光」は日に日に輝きを増していった。


■ 映画「デスノート」のラストのワケ

だが、ライトとLは表裏一体である。

光が消えれば影も消える。影がなくては光もない。

だから、ふたりのラストはあのようになったのだ。


■ キャラクターの作り方

前回の映画「DEATH NOTE デスノート the Last name」レビューでは、Lを中心に取り上げて、Lの成長物語であると書いた。

そのもうひとつの意味は、ライトを仮に「light」とした場合に見えてくる、ライトとLの両者の物語という意味でもあったのだが、実は前号の発行後に、読者のCYDERさんからのメールをいただいた。

そこにはこうあった。

気づいたのですが、デスノートが[L]の物語だとおっしゃるんで気づい たんですけど、[L]も[夜神ライト(L) Light]も両方Lですよね。コイン の表と裏なんじゃないでしょうか?トトロの五月とメイ(May)のように。 湯婆婆と銭婆婆のように。


そのとおりである。
ジブリ作品におけるキャラクターの表裏一体の例までも付けてあり、なるほど☆と思った。

ちなんみにCYDERさんのブログはこちら。

CYDER's"The Movie Lover"


CYDERさんが言うように、ライトとLは表裏一体である。ひとりの人間の表と裏だ。

それをふたつのキャラクターに分けて、それぞれの影の部分を増幅させ、そこに一筋の光を差し込むことで、物語がはじまるきっかけを与えた。

このようにひとりの人間の光と影を設定して、それぞれにひとつのキャラクターを作り、お互いにライバル関係にする手法は、物語をわかりやすく、かつ躍動的にする効果がある。

ジブリキャラクターの他に、例えば「機動戦士ガンダム」のアムロとシャアも全く違うキャラクターのようでありながら、実はひとつのキャラクターの光と影を分けたものとみてとれる。

詳細説明は省くが、アムロもシャアも核(コア)の部分では似たものを持っていたことはララァの出現と死によってわかりやすく提示されている。ガンダム1年戦争を観たことがある方々はあとでそのあたりを思い出してみるといいだろう。


■ ヒットの秘訣は「ひとクッション」

「名前」を知る・知られることについては、日本には「言霊」という言葉があることからもわかるように、名前を知ることは、古来より「力」を得る方法のひとつとされていたことがうかがわれる。

そもそも言霊とは、古代日本で言葉に宿っていると信じられていた不思議な力のことをいう。

ある言葉を発すると、その言葉のとおりになるというのは、現代でも目標を掲げてそれを毎日口に出して言うことで目標達成を願うという行為にみることができる。

相手の本当の名前を知るということは、相手を意のままに操ることもできるということにもなるというわけだ。

では、ある名前を思い出していただきたい。その名はハイタカ。

そう、映画「ゲド戦記」のゲドが使う通称名である。「ゲド戦記」でも名前が重要な要素として使われていたが、その使い方が映画「ゲド戦記」ではもう一歩、二歩であった。

その点、一見すると「名前の効用・言霊」という題材を使っていないよにみせて、ひとクッション入れて巧みに使っているのが「デスノート」である。

ひとクッションとはアイテムとしてのデスノートだ。

顔を見れば本名と余命がわかるという「死神の目」によってデスノートに名前を書かれた者は……。

いやはや、原作者は「名前」を題材にすごいアイテムをよくぞ思い付いたものだなぁと思う。


■ ひとこと

映画「DEATH NOTE デスノート the Last name」のオープニング週末の興行成績が出た。

今年公開された邦画の1位を記録。公開初日の11月3日から5日までに97万人を動員。興収は12億円を突破したという。

頭ひとつもふたつも出たフジテレビの大捜査線関連シリーズがドル箱ならぬ円箱になったので、いまやどこのテレビ局も映画でヒットを飛ばすことに躍起になっている。

日本テレビはヒットのために映画の前編と後編の公開時期を近づけた。

この方法に賛否両論あるが、ヒットはした。

そのあたりのことはこちら↓

ついに出た!飛び級の変化球―映画「デスノート」―


その他関連記事

映画「DEATH NOTE デスノート 前編」作品レビュー

映画「DEATH NOTE デスノート the Last name」作品レビュー
 

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