映画「父親たちの星条旗(Flags of Our Fathers)」
監督:クリント・イーストウッド
アメリカ/2006年/132分
原作:ジェイムズ・ブラッドリー『硫黄島の星条旗』
アメリカ映画を読み解く最重要キーワード「ヒーロー」を題材に、プロパガンダに利用するために「英雄にされた」若者たちの姿を冷静に力強く描いた力作。プロパガンダによく利用される戦争映画の構造と内幕を、戦争映画で浮き彫りにした手法がズバ抜けている。日米双方それぞれを一作品ずつ描くという、イーストウッドにしかできないであろう二部作の第一作。
ストーリー(概要)
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第2次世界大戦期の硫黄島の戦い。
摺鉢山に星条旗を掲げた米軍兵士たちの写真を使い、米国はこのときの兵士たちを帰国させ、アメリカ合衆国の国民たちの士気を高め、国債を買わせるために彼らを英雄に仕立て上げる。
主な登場人物の紹介
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△ジョン・“ドク”・ブラッドリー
衛生下士官
△レイニー・ギャグノン
伝令兵
△アイラ・ヘイズ
海兵
コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見)
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アメリカ映画を読み解く最重要キーワード「ヒーロー」を題材に、プロパガンダに利用するために「英雄にされた」若者たちの姿を冷静に力強く描いた力作。プロパガンダによく利用される戦争映画の構造と内幕を、戦争映画で浮き彫りにした手法がズバ抜けている。日米双方それぞれを一作品ずつ描くという、イーストウッドにしかできないであろう二部作の第一作。
■ 題材と内容が絶妙にマッチしている
映画はプロパガンダによく利用される。
たとえば、アメリカ合衆国は軍事行動の節目に必ずといっていいほど戦争映画を製作する。映画『ティアーズ・オブ・ザ・サン』(2003年 アントワーン・フークア監督)は、典型的なアメリカ合衆国万歳プロパガンダ映画だ。
これはナイジェリアでクーデターが起こり、米海軍特殊部隊の大尉がアメリカ人の救出任務を遂行するとい
った内容の作品であり、こういった作品の役割は、その映画の製作国の行動(軍事行動)を正当化し、観客(国民)の支持と協力を獲得することにある。
そのため(方法)には英雄・ヒーロー(方法)が必要だ。『ティアーズ・オブ・ザ・サン』では米海軍特殊部隊の大尉はヒーローとして描かれていることからもわかるように、ヒーローとプロパガンダは常にコンビで使われると考えてもいい。つまり、目的と方法の二つを揃えることが典型的なプロパガンダ映画を作るうえでの基本なのでる。
目的のために作られるヒーロー。それが戦争映画の典型であり、その構造を物語の力でわかりやすく、戦争映画の体裁で描いているのが「父親たちの星条旗」なのである。
題材(戦争映画・ヒーロー)と内容(ヒーローの作り方)を、戦争映画で描いるところに、この作品の監督クリント・イーストウッドの凄さの一端が垣間見れるのだ。
■ ハリウッドはヒーローを描きつづけてきた
ハリウッド映画の歴史とは、ヒーローの歴史といってもいい。各時代を象徴するのは映画で描かれてきたヒーローたちだ。
ヒーローには正統派ヒーローとアンチ正統派ヒーローがある。
くしくもイタリアに招かれて撮った「荒野の用心棒」にはじまるマカロニウェスタンの主人公であり、アンチヒーローのひとつの形として70年代にヒットした人気シリーズ「ダーティー・ハリー」の主人公(ハリー・キャラハン役)でもあるの人物こそ「父親たちの星条旗」の監督を務めるクリント・イーストウッドである。
彼の俳優とてのキャリアと「ヒーロー」は切っても切り離せない関係にある。それがよく表れているのがアカデミー作品・監督賞を受賞した「許されざる者」である。
この作品に登場する町の実力者の保安官ビル(ビルときいて思い出す大統領はだれか考えてみよう)は、はたしてヒーローなのか。許されざる者とはいったい誰のことなのか。映画制作・公開当時のアメリカ合衆国の政治と
重ね合わせてみれば、イーストウッドがいうところの「ヒーロー」誰なのか、ヒーローのフリをしている者はだれなのかが浮かび上がってくるだろう。
■ マイノリティや弱者とされる者たち
イーストウッドが制作に関わった作品の主人公はたいていマイノリティや弱者や裏社会の住人たちとされる人々だ。
「許されざる者」の主人公は引退した老人。
「ミリオンダラー・ベイビー」の主人公はアイリッシュ系の年老いた名トレーナーと30歳を超えたアイリッシュ系の女性ボクサー。
「目撃」の主人公はプロの泥棒。
そして「父親たちの星条旗」の主人公は一兵士、それも伝令係やネイティブアメリカン(インディアン)居留区出身の兵士だ。
マイノリティや弱者とされる人々の生き様を、中立的な視点で冷静かつ力強く描いてきたイーストウッド監督が、ヒーローと最も相性がいいといえる戦争映画を作った。それが「父親たちの星条旗」なのである。
■ 硫黄島二部作の意味とは
「父親たちの星条旗」は二部作のうちのひとつで、アメリカ合衆国側の視点による作品だ。そして後に公開される「硫黄島からの手紙」は日本側の視点による作品である。
アメリカ合衆国と日本のふたつの視点でそれぞれに作品を作り、二部作とするというのは、普通はまず無い。
先にもふれたように、戦争映画の典型はプロパガンダに利用される性格を持っているからだ。稀に相手国の視点を持った作品「(例「K-19」)が作られることもあるが、それは特別である。
▼映画「「K-19:THE WIDOWMAKER」作品レビュー
井筒監督が「ブラックホーク・ダウン」を観て、もうこの監督の作品は観たくない、と言った意味のことを言った理由は、アメリカ軍と敵対するソマリア側の兵士や住人たちの様子が全くといいほど描かれていなかったことによる。
このように、プロパガンダ映画の視点はひとつ、というのが常識である。
ところがイーストウッドの戦争映画は硫黄島の戦闘を中心に日米双方の視点からそれぞれを描く二部作だ。これだけでイーストウッドのことを全く知らない人でも、この二部作が普通のプロパガンダ映画でないことはわかるだろう。
そう、普通ではないのである。
プロパガンダ映画を題材にして、作られたヒーローを描き、それぞれの視点による作品をひとつづつ作り、しっかりと双方の視点を取りれる。いわば「ドキュメンタリーとしての映画」の究極形ともいえるのが硫黄島二部作なのだ。
二部作というのはほんとうにスゴいことだ。相手国に配慮したというレベルではない。まるまる1作品を相手国の視点用に作ったのだ。それは「配慮しているというポーズ」にすぎない幾多の作品群との違いをより鮮明に浮き彫りにする。これこそがイーストウッド作品の醍醐味である。
■ 歴史は歴史家によって作られる
歴史とは勝者の歴史である。
戦いに勝った側が自分たちの都合のいいように書いたものが残り、それが歴史となっていく。
無数の出来事の中から、その時代の権力者が選び書かせたものが「歴史」となって残るという言い方もできる。
硫黄島に上陸したアメリカ軍が摺鉢山の頂上の勝利の象徴として星条旗を掲げる。そのときに撮られた有名な写真は、実は星条旗を掲げ代えたときのものである。しかも星条旗を掲げて戦闘が終結したわけではなく、その後も戦闘は続いていたのだ。
しかしながら、この一枚の写真によって勝利のイメージが増幅され、やがてそれが歴史の一部となっていく。まさに、歴史はそれを記す歴史家という名の政治家によって作られていく様子が力強くも冷静に描かれているのである。
■ ひとこと
クリント・イーストウッドがハリウッドで異色ながらも今では巨匠とさえ言われ、高い評価を得ているのも、その監督作を観れば、きっとあなたも「なるほど」と頷けるにちがいない。
歴史・映画というものの姿を、ヒーローを題材に私たちに見せてくれる、ほかではまずお目にかかれない作品、それが「父親たちの星条旗」だ。
ちなみに硫黄島は東京都である。現在は一般人は立ち入りできないという。
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