タイフーン(TYPHOON)
監督:クァク・キョンテク
韓国/2005年/124分
世界にコミットしようという気迫のある「南北分断の悲劇」シリーズ最新作。自国内だけでなく世界の人々に広く観てもらうための工夫が限られた予算の中で施された、世界へ向けて「声」を発する作品。
ストーリー(概要)
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海賊のシンはアメリカ船籍の民間貨物船の積荷を強奪。
奪った衛星誘導装置と引き換えに核廃棄物を手に入れたシンを、韓国海軍大尉カン・セジョンが追う。
主な登場人物の紹介
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△シン/チェ・ミョンシン
海賊のリーダー。東南アジアを拠点に活動。
△カン・セジョン
元UDT/SEAL(米海軍特殊部隊)所属の韓国海軍大尉。
△チェ・ミョンジュ
シンの姉
コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見)
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世界にコミットしようという気迫のある「南北分断の悲劇」シリーズ最新作。自国内だけでなく世界の人々に広く観てもらうための工夫が限られた予算の中で施された、世界へ向けて「声」を発する作品。
■ 骨太力作
韓国映画史上最高額の製作費180億ウォン(約18億円)をかけ、南北分断の悲劇を描いた今作は、本国では大ヒットしたようです。
南北分断という題材は『シュリ』の成功から続くヒットの方程式のひとつに確定しているため、多くの製作費が調達できるというわけです。
■ 日本の韓流ブームには「乗れ」ない?
いわゆる日本の韓流ブームというのは「南北分断の悲劇」とは対極にあります。
それはつまり、日本ではすでに失われてしまったかのように感じられる「勢い」と「なつかしさ」を感じさせてくれる「熱く感動したい願望」をかなえてくれるモノが日本の韓流ブームの基盤だということです。
「行き先の見えない不安」感を、たとえひとときでも拭い取ってくれるものが歓迎されます。そのような性格の作品は、以下のようなキーワードの組み合わせによって作ることができます。
強く優しい男。
病に冒された女性。
身分違いの恋。
両親の反対という障害
交通事故という障害
「強く優しい男」と「病に冒された女性」というのは「タイフーン」にも共通しますが、決定的な違いは「南北分断の悲劇」です。
朝鮮半島の歴史を基盤とした「南北の分断」という題材を用いるには、現実を直視することからはじまなければなりません。
ところが日本における韓流ブームの根本は、現実から目を逸らして、たとえひとときでも不安から逃れることができるもののオンパレードにあります。
「タイフーン」が韓国映画だから、チャン・ドンゴンのファンだから、というだけで劇場に足を運ぶと、期待外れとなります。
■ 「南北分断の悲劇」作品のなかでも骨太
南北分断の悲劇を扱った作品には『シュリ』『JSA』『ブラザーフッド』『シルミド』などがあります。
この中でも「タイフーン」はより骨太の部類に入るでしょう。
南北分断の悲劇を扱いつつも、他の国々人々が観やすい作品は『JSA』です。『JSA』は韓国人以外が持っている南北分断の知識を「隣人との交流」で疑似体験することができます。つまり、ある程度感情移入させることに成功しています。
ところが「タイフーン」の主人公シンとその姉ミョンジュの境遇について、世界の人々は頭で理解することはできても、作品世界の中で疑似体験をすることは大変難しいでしょう。また『JSA』の「隣人との交流」にみられるような物語構築上の「仕掛け」を施している気配は感じられません。
■ 国内向きのようで、世界を意識した作りになっている
韓国内のヒット方程式となったストーリー(概要)は、朝鮮半島以外の多くの国々の人たちにとって感情移入しにくいものかもしれません。
しかし、だからといって「タイフーン」が国内のヒットだけを意識して作られたかというと、そんなことはないでしょう。
「南北分断の悲劇」を扱う作品が韓国内でヒットする要因は、韓国人の多くがこれを広く知らしめることで世界へコミットしていこうという気持ちがあるからです。
気持ちがあるというよりも、大韓民国はその土地柄、常に大国間の勢力均衡の様子がもっとも顕著に現れる地域のひとつであるため、世界の動向について無関心では1日たりとも生きていけないといえるでしょう。
■ 韓国映画に勢いがあるワケ(日本映画と比較して)
世界に無関心では生きてはいけない。これはなにも大韓民国にかぎったことではありませんが、特に朝鮮半島という政治的にも地理的にも「エッジ」にある国にとって「南北分断の悲劇」は自国内だけでどうのというのではなく、これをきっかけに(使って)広く世界に働きかけていくことが不可欠なのです。
そのため「南北分断の悲劇」を題材に、韓国ではさまざまな角度・視点で作品を作り続けてきました。
そこには、朝鮮半島に興味がない者であっても、すこしでも興味・関心を持てるよう工夫して、世界中に自国の声を届けようという気迫が感じられます。
■ 声が聞こえない日本映画
一方、日本映画で軍事を扱った最近の作品「ローレライ(LORELEI)」から「声」は聞こえません。
「ローレライ」のキャラクターであるパウラは、特殊能力を持っており、戦場に現れて、宇宙(そら)という名の海に不
思議な歌声が響く……ということになっているのですが、皮肉なことに作品からは「声」は聞こえません。
そもれもそのはずです。なぜなら「声」を発しようとはしていないからです。
「ローレライ」は、アニメ世代が自分たちの作りたいものを作って、それがわかる人だけの内輪で楽しもうという作品です。いちおう日本の軍事を題材にした作品ですが、世界にコミットしようなんて思いは欠片もないでしょう。
「タイフーン」は制作費約18億円で世界にコミット。(世界マーケット)
「ローレライ」は制作費約12億円でアニメごっこ。(同人誌)
そもそも、演歌でコントな「ローレライ」と南北分断の悲劇に関する作品を比べてはいけませんね。
しかし、その国でどんな作品がヒットしたか、または賞を獲得したかというのは、世界の人々に自国を知ってもらうチャンスなのです。
大韓民国で「シュリ」や「タイフーン」が大ヒットしたとなれば、世界の人々は韓国民がどんな思いをもっているのだろうかという「声」を聞き取ることができます。
では日本ではどうでしょうか。
日本アカデミー賞12冠の作品「ALWAYS 三丁目の夕日」を観た世界の人々はどう思うでしょうか。
日本人にとっては懐かしいんだろうなぁ……。で終わりです。そこで聞こえる「声」があるとしたら、それは「もう前に進みたくないから放っておいて」といったところでしょうか。
■ ひとこと
その国は、映画で何を伝えようとしているのか。世界はこれを読み取ろうとします。「声」を聞き取ろうと耳をそばたてています。
それに答えるつもりがあるか。
答えるだけでなく、たとえ相手が耳を傾けていなくても、興味・関心を持てるよう工夫して働きかけていくつもりがあるか。
それが韓国映画と日本映画の決定的な違いです。
「南北分断の悲劇」で世界にコミットする大韓民国と、東洋の秘境・びっくり箱的エンタメネタとしての「ホラー」で、おいしいところだけハリウッドに持っていかれる日本との違いという形で表れているのではないでしょうか。
〈びっくり箱的エンタメネタとしての「ホラー」〉
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俳優ファン ○
ファミリー △
デート △
フラっと ○
脚本勉強 ○
笑い ×
リアル追求 ○ 設定はツッコミどころアリだが魂がリアル
謎解き ×
人間ドラマ ○
社会 ◎
![]() | タイフーン クァク キョンテク 小島 由記子 by G-Tools |
ちなみに「南北分断の悲劇」を扱った作品の勧めは「JSA」です。↓
![]() | JSA ソン・ガンホ パク・サンヨン パク・チャヌク アミューズソフトエンタテインメント 2004-09-10 by G-Tools |
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Comments
TBありがとうございました(*^▽^*)
確かに私の周囲の韓流ファンは皆、南北分断問題の映画よりも恋愛ドラマが好きだと言ってます
レビュー、とても参考になりました
Posted by: cherry@Cinemermaid | 04/13/2006 21:45
こんにちは。
日本映画と韓国映画の違い・・・。
「タイフーン」のような映画を日本が作ったらアジア近隣諸国から総スカンを食らうと思います。
歴史が全く違うので仕方ないのではないでしょうか?
Posted by: あさこ | 04/15/2006 17:08
>cherry@Cinemermaidさん
コメントありがとうございます。
私も韓流では恋愛系がいいです。「私の頭の中の消しゴム」みたいな。「連理の枝」も楽しみです☆
>あさこさん
TBとコメントありがとうございます。
それぞれの国に特有の題材というのを映画というエンタメに仕上げる意欲というか気迫みたいなものは韓国映画にはあるように感じます。
日本にも独自で他にはマネできない題材があるので、それをエンタメな映画作品にできるといいですね。それがハリウッド映画の自国プロパガンダ作品(例「ティアーズ・オブ・ザ・サン」)みたいにならないことを願いつつ……。
今後ともよろしくです☆
Posted by: わかスト@管理人たか | 04/15/2006 18:55