劇団ひとり「陰日向に咲く」
劇団ひとりのネタには「世界」がある。
これがお笑い芸人のなかで、劇団ひとりがズバ抜けている理由だ。
劇団ひとりはその名が示すとおり、ひとりで何役ものキャラクターを演じて舞台を作り上げてしまうという意味もあるのだろう。
ひとたび話しはじめれば、ネタの「世界」へ観客をスゥと引き込めるのは、彼がネタという作品世界をしっかり構築しているからに他ならない。
他のお笑い芸人たちと決定的に違うのは、想像力の深さと大きさと、それをかたち作る物語構築・構成力だ。
想像力――。
「想像」を「空想や妄想」として、それがまるで幼い子供に特有なものとして未熟の代名詞のように扱う人もいるかもしれない。
いつまでもくだらない妄想なんてしてないで現実を見据えたらどうなんだい? といったように……。
しかし、人間の世界は想像とフィクションによって成り立っている。
きみはなぜ赤信号で止まるのか?
純粋な自然界においては青色(緑色にもみえる?)だろうが黄色だろうが赤色だろうが知ったこっちゃない。
冬眠から覚めてしまった野生のクマが人里に現れ、横断歩道で信号が赤だからといって、青色にかわるまで待つだろうか?
この例でわかるように、人間同士がいかに円滑に生きていけるかを考え(想像し)て、信号という約束事(フィクション)を作り上げたものが人間社会なのである。
そして現代は、人間同士だけでなく、他の生態や地球環境とも共存していけるよう考え(想像)ていくべきことにやっと気がついたといったところだ。
きみが地球で、人間社会で生きていくための必須の能力とはなにか?
それは――想像力だ。
想像力をいかに豊かに持ち続け、それを「かたちづくる」か。
こうした能力・技術を持った人は残念ながら少数になってしまった。
劇団ひとり以外ですぐに思いつくのは北野武だ。
ポスト北野武は劇団ひとりに間違いないだろう。それどこか北野武を超えることも十分ありえる。
劇団ひとりの父親は国際線のパイロットで、母親はフライトアテンダント(旧・シチュワーデス)だ。
小学生の頃にはアラスカで生活していた彼は、外部に視点を持って冷静かつ的確に物事の本質を見極めて想像し、自らの「世界」を作り上げる技術と力量をもった稀有なタレントとなった。
そんな劇団ひとり初の小説「陰日向に咲く」は短編5作から成る。
ホームレスに憧れるサラリーマン。
小心なギャンブラー。
アイドル応援ヲタク青年……等。
それぞれのエピソードが互いに時間と場所とで巧妙にリンクする緻密で計算された作りは、これが処女作とは思えない「巧さ」だ。
それもそのはず、劇団ひとりの物語る力は折り紙付きで、その舞台が「小説」へ移っただけのことだとわかれば、十分に納得できるはずだ。
短編がリンクするという仕掛けは、インターネットの出現によるハイパーリンクの特性を意識した、村上龍の小説「ライン」(幻冬舎)にある。
その流れをしっかりと受け継いだ劇団ひとりの「時代の感覚」に、未来の大作家の予感さえもする。
劇団ひとり。
小説・映画、芝居――。どんな場所でも彼の才能は花開くだろう。
![]() | 陰日向に咲く 劇団ひとり 幻冬舎 2006-01 by G-Tools |
![]() | ライン 村上 龍 幻冬舎 1998-08 by G-Tools |
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Comments
トラックバック、ありがとうございます
この小説、とってもいいですよね
もっともっといろんな人に読んでもらいたいです
Posted by: ボンジー | 04/13/2006 20:11
>ボンジーさん
コメントありがとうございます。
ほんとうにこの作品は評判がいいですよね。私が小説本を買ったときは2,3軒本屋を探して歩きましたが、最近は一番目立つ場所に平済みしてます。売れているのでしょう☆
Posted by: わかスト@管理人たか | 04/13/2006 21:13
初めまして!トラックバックありがとうございました。
この本、最近雑誌や新聞でもよく取り上げられてますよね。
芸人さんがネタ本でなく、本当の小説で勝負したところがすごいと思います。(しかも面白いですし・・)
Posted by: しのこ | 04/13/2006 22:13
こんばんは!
トラックバックありがとうございました。
本当にじわ~んと来る、一冊でした。
文章のリズムといい、表現といい・・・
お笑い芸人さんとは思えない作品でした。
私も劇団ひとりさんの作家としての活躍を応援したいと思っております。
Posted by: ころまま | 04/14/2006 23:05
>しのこさん
コメントありがとうございます。
そんじょそこらの小説なんか目じゃないくらい面白いですよね。読者を楽しませる方法を知ってて、自分も楽しみながら書いているような雰囲気が伝わってきました☆
>ころままさん
コメントありがとうございます。
リズムがいいですネ。お笑いの舞台では間やリズムがとても大事だときいたことがあります。そういえば大人気のオリエンタルラジオもとてもテンポがいいですもんネ。
Posted by: わかスト@管理人たか | 04/17/2006 14:22