スタンドアップ(North Country)
監督:ニキ・カーロ
アメリカ/2005年/124分
人生を描く骨太硬派作品。父と娘。母と息子。シングルマザーがけっしてめずらしくないコミュニティにあって、主人公ジョージーが10代でシングルマザーとして子供を産んで育てる決心した真の意味を知ったとき「感動」という波が押し寄せる。
ストーリー(概要)
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北ミネソタ。シングルマザーとなった女性が鉱山で働きはじめる。男性社員たちからいやがらせを受けるが、娘として、母として、そしてひとりの人間として立ち上がる。
主な登場人物の紹介
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△ジョージー
女性。2児の母親。
△グローリー
女性。ジョージーの友人。仕事の同僚。
コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見)
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人生を描く硬派作品。父と娘。母と息子。シングルマザーがけっしてめずらしくないコミュニティにあって、主人公ジョージーが10代でシングルマザーとして子供を産んで育てる決心した真の意味を知ったとき「感動」という波が押し寄せる。
■ キリスト教とシングルマザー
ドメスティックバイオレンス(家庭内暴力)から逃れて二人の子供を連れて北ミネソタの故郷に戻ってきたジョージーが地元の教会に足を運ぶシーンがあります。会堂の椅子に座っているジョージーのほうを年配の女性がチラチラと視線をやります。ジョージーの目のまわりは黒くなっていて、殴られたであろうことは想像がつきます。年配の女性の視線はいわゆる「出戻り」を見る「世間の目」というものですね。
そして教会では聖体拝領らしきことが行われています。ということは、おそらくそこはキリスト教のカトリック教会なのでしょう。ミネソタ州民の多くはプロテスタントですが、カトリックのコミュニティに属する人々も一定数います。
ジョージーの実家が属するのはこうしたカトリックのコミュニティです。
そして「アメリカの冷蔵庫」の異名があるほど寒いミネソタ州の北部のこの町は、鉄鋼業で成り立っています。
つまり、町の人々の多くはカトリックで、炭鉱関連の仕事をしているのです。こうした狭いコミュニティの中にあってジョージーがシングルマザーであるのはカトリック社会ではけっしてめずらしくありません。
なぜならカトリックは中絶反対の立場をとっているからです(ちなみにブッシュ大統領もカトリックなのでこの立場です)。
■ 父と娘
ジョージーは10代でシングルマザーとなりました。シングルマザー自体はカトリックコミュニティではけっしてめずらしくないのですが、そうはいっても父親がだれかもわからない子供を産んだのですから、父親としては悲しさを通り越して怒りに近い、どうにもやり場のないような感情が沸き起こります。
実は10代でシングルマザーになったというところが作品の肝なのですが、これによってジョージーは父親とうまくいっていません。
父親にとってれば、出戻ってきた娘が今度は自分と同じ職場の炭鉱で働くと言い出したのです。町の唯一の産業といっていい炭鉱は男達の職場であり、仕事によって支えられる男のプライドの唯一の拠り所でもあります。
作品の中でこんなかんじのセリフがあります。女には仕事がなくても子供という生きがいがあるが、男から仕事をとったら何も残らない――。炭鉱がすべてといっていい町にあって炭鉱で働くことは男にとってそれがすべてといっていいでしょう。
その男の領域(と男たちは思っている)に自分の娘が入ってきたのです。男性社員(労働者)たちからいやがらせを受ける娘の姿を見なければならない父親の気持ちを想像するのは容易ではありません。
■ 子供を産んだ真の意味
10代で妊娠したジョージーは、その経緯からすれば(詳細は省く)普通ならば産みたくないと思うでしょう。そにもかかわらず産んだのはなぜか。一般的な見方でいうなら、ジョージーの家族はカトリックコミュニティに属しているのだから(カトリックは中絶反対の立場)産んだ、というように周りからは思われることでしょう。
つまり、父親が誰かもわからないにもかからず、ジョージーの家族はカトリックだから、その宗教的立場から娘に中絶させることはできなかったので産ませた、というように思われているということです。
しかし、ジョージーは妊娠しているときにふと気づくのです。その「気づき」によって子供を産んで一緒に生きていくことを決心するのです。
この流れが映画の中で明らかになったとき、寒空の中、いなくなった息子を家の外で待つジョージーの姿にあなたは涙せずにはいられないでしょう。
■ ほんのちょっと想像してみるだけで感情が動く
作品を観ながら明らかになってくる父と娘の関係。そして母と息子の関係。それをふまえてジョージーの気持ちをちょっと想像してみるだけで、こみあげてくる感情があります。これを「感動」というのでしょう。
■ 夫婦愛とは?
ジョージーの女友達のグローリーは炭鉱で働き、組合の役員もしています。男達も彼女のことを認めて一目置いています。そんな彼女は病気になり、やがてほとんど動けなくなります。
グローリーの夫は腰を痛めたために炭鉱を辞めて家にいます。炭鉱がすべての町で、炭鉱で働けない男は自尊心をどう保てばいいのか。自分が働けないときも妻は大型トラックの運転手をしながら組合の役員としても活躍していました。並大抵の男だったら自尊心が保てずにアルコールに逃げて荒れるかもしれません。しかしグリーリーの夫は1日の大半を地下室で古い腕時計を修理して過ごしています。
やがてグローリーの病気が進行して彼女が動けなくなってきたとき、夫がごく自然に妻にキスをするシーンがあります。それをジョージーがそっと垣間見るというシーンです。
このシーンに「夫婦愛とは?」の答えが詰っているように思いました。
■ 白人社会はアメリカ合衆国を風刺?
ミネソタ州の人口における人種の割合では約9割近くが白人(ドイツ系と北欧系)です。
白人社会の中の男優位社会とくれば、これはアメリカ合衆国のことを暗示しているようでもあります。
アメリカ合衆国の主要なポストで優位にいるのはいわゆるワスプ(WASP)といわれるアングロサクソン、プロテスタント・ドイツ系です。
マイノリティがマジョリティに屈することなく立ち向かうというのは物語の典型のひとつでもあります。
■ ひとこと
原題は『North Country』
ハワイ州とアラスカ州を除いたアメリカ合衆国の48州のなかで最も北にあるのがこの作品の舞台のミネソタ州です。炭鉱の町はミネソタ州の中でも北部に位置します。
そういえばミネソタ州出身のコーエン兄弟の作品「ファーゴ」でも雪に覆われた北国が舞台でした(ファーゴはノースダコダ州の都市)。
ジョージー役のシャーリーズ・セロンは幼い頃、酒癖の悪い父親の家庭内暴力にあっていたそうです。そして彼女の母親が父親を射殺する悲劇が起きています(母親は正当防衛が認められた)。夫の暴力のために二人の子供を連れて家を出て故郷に帰ってきたジョージーとは偶然なのかつながるところがありますね。
「女性」がテーマの映画というよりも、人が生きていく様をみせてくる硬派な作品です。
はじめは、なんてひどいお父ちゃんなんでしょう! と思いましたが、作品の終わり頃にはお父ちゃんが映っただけで涙です。
性別問わず、オススメです!
俳優ファン 向 オスカー女優のシャーリーズ・セロンが炭鉱労働者に!
ファミリー △ ある程度の歳になった子にはぜひ観てもらいたい
デート △ 女友達グローリーの夫婦愛にグッときます。
フラっと 向 フラッとこの作品に出会えたことに感謝しなきゃ
脚本勉強 向 人間を描くとはどういうことかを教えてくれる
笑い 不向 硬派な作品です。
リアル追求 向 実を元にしています。炭鉱の様子はリアル。
謎解き △ シングルマザーになった経緯がミステリー
人間ドラマ 向 人間を描いている
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Comments
はじめまして。TBありがとうございます。
教会のシーンからの分析、興味深く拝見させていただきました。
ミネソタではカトリックは少数派なんですね。
なるほど、納得といった感じです。
では。
Posted by: ヘンリー | 01/28/2006 08:10
私の夫、実はミネソタ州の出身です。
日本に住み始めて、もう20年以上ですが、あまりに寒いので
冬に故郷に帰ったことはありません。
ミネソタに「アメリカの冷蔵庫」という異名があるとは
知りませんでした。なるほど・・・
その代わり、夏は涼しくて大変過ごしやすく、湖と林に囲まれ、
どこまでも青い空が広がる美しい州です。
この映画もぜひ見てみたいです!
Posted by: 英語の7つ星レストラン | 01/28/2006 09:14
>ヘンリーさん
コメントありがとうございます。
おそらくカトリック系のコミュニティだと思うのですが…。なんにせよ、鉱山関連で成り立っている閉ざされたかのようなコミュニティであることはたしかだと思います。
ミネソタといえばアメリカンドラマ「ビバビル」の主人公家族がミネソタから引っ越してきたという設定だったと思います。寒いところからいきなりあたたかいところに、というギャップを狙ったのかもしれないですね。
Posted by: わかスト@管理人たか | 01/28/2006 20:07
>英語の7つ星レストランさん
お世話になっております。コメントありがとうございます。
ご主人がミネソタ出身でいらっしゃるそうで☆
テリー・ギリアム監督もミネソタ出身で野山で遊んで自然に親しんで育ったそうで、ぜひ夏に訪れてみたいですね☆
Posted by: わかスト@管理人たか | 01/28/2006 20:10
TBありがとうございました。
とてもわかりやすい解説で、映画のことがよくわかりました!
Posted by: kino | 01/28/2006 23:03