ロード・オブ・ウォー(LORD OF WAR)―史上最強の武器商人と呼ばれた男―
監督:アンドリュー・ニコル
アメリカ/2005年/122分
しっかりエンタメしてる異色の人間ドラマ。そこでしか作れない題材を扱った本作は、まさに映画の醍醐味。こんな作品はありそうで滅多にない。
ストーリー(概要)
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ウクライナ出身でニューヨークのブライトン・ビーチで食堂を営む一家の長男・ユーリーはある日、ロシアンギャングの銃撃戦を目撃したことを契機に、武器の売買をはじめる。世界情勢を追い風に、商才を活かして世界中の政府や武装勢力を相手に商売する。
主な登場人物の紹介
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△ユーリー・オルロフ
男性。ウクライナ出身のアメリカ人。武器商人。
年間取扱高60億ドル(US 推定) 年収9800万ドル(US 推定)
△ジャック・バレンタイン
男性。インターポール刑事
△ヴィタリー・オルロフ
男性。ユーリーの弟。兄と組んで武器商人となる。
△エヴァ・フォンテーン
女性。グラビアモデル。ユーリーの妻。
△シメオン・ワイズ
男性。武器商人。
コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見)
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しっかりエンタメしてる異色の人間ドラマ。そこでしか作れない題材を扱った本作は、まさに映画の醍醐味。こんな作品はありそうで滅多にない。
■ しっかりちゃっかりエンタテイメント
現在でも活動を続ける実在の武器商人をモデルに作り上げた主人公ユーリーの物語。とくれば、たいていは人物伝みたくなって、その生い立ちからエピソードをなぞっていくという構成になりがち。そういった、例えば実在の人物伝というのは、事実を元にしているために、あまり脚色できない場合があります。
本人にとっては劇的でも、他人からみればたいしたことないというのはよくあることです。そのため、事実を元にした作品は、はたしてどこまで脚色するか(できるか)がポイントです。
あまり演出しすぎてもいけないし、かといって事実のままでは映画作品としてはメリハリに欠けて観客のあくびを誘います。
主人公ユーリーは実在の武器商人をモデルに作り上げたキャラクターです。ユーリーみたいな武器商人はいるのですが、ユーリーと全く同じ、つまりユーリー本人は実在しません。――これがいいのです。
いろいろな武器商人をモデルに作り上げたユーリーというキャラクターを主人公にすることで、しっかり演出できます。観客を飽きさせないエンタテイメント作品にすることができるのです。
武器商人の話なのに、エンタテイメントなんて不謹慎な。
こう思われる方がいるかもしれません。でも、映画は観てもらわなければはじまりません。
最近のアメリカ合衆国や日本では、コメディやアニメ作品がヒットしています。これは多くの人が現実の問題から目をそらしたいと思っている雰囲気をよく表しています。そんなご時世にあって、武器商人にスポットを当てた作品は、アメリカ合衆国内で制作資金を調達することは困難であり、アメリカ合衆国以外からの資金調達で映画を完成させたそうです。
まずは観てもらう。そのためにはエンタテイメントでなければならないのです。エンタテイメントという手段で観客に楽しんでもらいながら、なにかひとつでも考えさせるものがあるかないか、それがポイントです。
■ ハッタリの効用
ユーリーは想いを寄せる人を口説くために、島のホテルを貸切り、グラビアモデルの彼女に架空の仕事を依頼します。さらにレンタルのチャーター機に即席で文字をペイントをしてもらい、自家用飛行機を持っているフリをします。
結婚してからの生活も、いい部屋に住み、いい家財道具を集めます。それは当時のユーリーにとっては現実の収入以上の、いわば「地に足のついていない暮らし」でした。
しかし、その「ハッタリ」を続けていくうちに、ビジネスはどんどん軌道にのって大きくなり、いつしか「ハッタリ」の暮らしに追いつき、追い越しさえします。
どうしてもほしいものがあるなら、自分には無理だと言ってすぐにあきらめずに、はじめはハッタリでもいいからやれることをやる。
ハッタリを続けているうちに、虚像と現実の間が狭まってきて、いつしかその差は限りなくゼロへ近づきます。
これを言い換えれば「なりたい自分をイメージしてそれに近づくよう行動する」といえるでしょう。
だれでもはじめは、現実の自分と理想とする自分の間にはギャップがあります。そのギャップを埋めるのはハッタリでもあってもいいのです。いや、むしろもっとハッタリの効用に気づいて利用すべきなのです。
■ 才覚があると信じてる男
才覚がないと痛感する女
ユーリーはなぜ武器商人となり、この仕事を続けるのか。その理由のひとつは、ユーリーは自分に商売の才覚があると信じているからです。才覚があるからこそ、そんどん取引相手が増えて収入も増えていったのです。
一方ユーリーの妻エヴァは、グラビアモデルから女優へ転身を試みます。しかしオーディションにはなかなか受かりません。そのうち絵を描いて画家を志望します。しかし絵はほとんど売れません。そうこうするうちにも、歳だけは確実にとっていきます。
エヴァは、自分には才覚・才能が何もないと痛感します。あるのは綺麗な容姿だけ。もちろん生まれも育ちも才能の内といえば、すごい才能(綺麗な容姿)を持っているのですが、生まれたときから容姿が優れていると言われて育ったエヴァにとっては、綺麗な容姿はあってあたりまえのものであり、それ以外のものを得ようとがんばります。
女優や画家になる才覚・才能がないとわかっても、良き妻、良き母としてあたたかい家庭を持ちたいという思いだけは大事にしたい。でも夫のユーリーは仕事で海外を飛び回っているためにあまり家にいない。
そもそもエヴァは仕事の内容をあえて夫に尋ねませんでした。なぜなら、夫の仕事がなにか危険を伴うものではないかと薄々感じながらも、家庭を大事にさえしてくれれば、自分の最低限の願い(暖かい家庭を持つこと)はかなえられるからです。
でも、夫のほんとうの仕事内容を知ったとき、なんの才覚もない自分だけど、人としての過ちは犯したくないとといった意味のことを夫に言います。
■ 「利」を大きくするには
妻の一言は、さすがのユーリーにも効きました。それからしばらくユーリーは武器商売をやめて、まっとうな商売をします。
世界各国を飛び回るユーリーは、武器以外の品で商売をすることもできました。実際の武器商人でも、武器だけを扱うというケースは稀で、たいてい他の多くの取り扱い品目のなかのひとつとして武器も扱うというのが武器商人の典型だそうです。
というわけでユーリーは武器以外の品目を扱って商売をします。しかし武器を扱うよりも売り上げは格段に落ちます。
いろいろな国の様々な裏側を知っているユーリーは、やろうと思えばまっとうな品で商売ができるし、そこそこ儲けることができます。でも「利」が少ない。なぜなら、武器以外の領域は既に進出しているライバルが多すぎるからです。
これはどんな商売にも当てはまりますね。すでに競合相手がたくさんいるところよりも、競合相手が少ないほうがいい。それでいてビジネスチャンスがごろごろしている分野がいい。さらに時代の潮流を見極めて身軽にすばやく動いた者には「利」があるのです。
■ 商売のネタにはけっして介入しない
ユーリーは世界のどんな紛争地域に出かけても必ずネクタイとスーツ姿です。まわりがみんな軍服を着ていても、ゲリラ風の格好をしている人たちがいても、ひとりだけスーツ姿のユーリー。
これは、けっして戦いの現場には介入しないという心がけでもあります。
武器商人をしているのだから戦いに関わっているのですが「戦いの現場」には介入しないのです。あくまでビジネスとして武器を扱っているというスタンスなのです。
この点は、ビジネスにおいては学べるところですね。
ネクタイとスーツ姿同士で商売をするのではライバルが多すぎる。しかもスーツ姿の世界の商売の現場に、自分もスーツ姿で介入してしまっています。商売の現場にどっぷり浸かってしまうと、なかなかおいしい「穴場」はみつけにくくなるし、なにより的確に情勢を見極めることが難しくなります。
スーツ姿(自分)+ スーツ姿(取引先)+ スーツ姿の世界(商売分野) = うまみが少ない
一方、ユーリーはどうでしょう。
スーツ姿(自分)× 軍人、ゲリラ、政府 × 戦争、紛争(商売分野) = うまみが多い
ユーリーはネクタイとスーツ姿で商売の現場に介入することなく、ライバルの少ない分野で、現場の情報と世界情勢に常にアンテナを張りつつ情報を収集して、己の才覚を最大限活かして商売をします。
ユーリーがどんなときもネクタイとスーツ姿なのにはちゃんと「意味」があるのです。
■ そこでしか作れない作品
武器ビジネスの話。これは、まさにアメリカ合衆国ならではの題材です。しかしその内容から、アメリカ国内での製作資金調達は困難だったそうです。
それはなぜなのか。
それは、映画を観ればわかります。
■ ひとこと
本来なら憎まれ役となるような設定の主人公を演じさせたらニコラス・ケイジの右に出る者はそうはいないでしょう。
「マッチスティック・メン(MATCHSTICK MEN)」作品レビュー
では詐欺師の役でした。そして今度は武器商人の役。
ほんとうに個性豊かな俳優さんですね。
久しぶりにしっかりエンタメもしてる骨太作品に出会えました。
こういう作品はありそうでなかなかありません。
ぜひ多くの人に観てもらいたいですね。
俳優ファン 向 ニコラス・ケイジの魅力全開
ファミリー △ R-15なんで。お子様と観るのはムリです。
デート 不向 人間ドラマだが、愛のハッピーエンドではない
フラっと △ フラッと観ようとは思わないでしょ。
脚本勉強 向 ちっかりちゃっかりエンタメ方法を真鍋(学べ)
笑い 不向 ケイジ観ただけでクスッとなる人は笑える
リアル追求 向 エンタメの比率が高いが、部分的にリアルらしい
謎解き △ そういう性格の作品ではない
人間ドラマ 向 ユーリーとその家族の物語です。
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Comments
はじめまして~。
TBありがとうございました。
エンタメ性もありながら骨太で、見ごたえがありました。
ニコラスが演じたことでただの憎まれ役にならなかったことはすごいですよね。
Posted by: ミチ | 12/26/2005 16:11
こんにちは^^
とっても分かりやすいレビューでした。
Posted by: tomo | 12/26/2005 17:41
TBありがとうございます。
>むしろもっとハッタリの効用に気づいて利用すべき
なるほど確かに。勉強になります!
Posted by: trichoptera | 12/26/2005 18:02
TBどうもです。
すごい分析ですね。参考になります。
ハッタリのところはすっかり忘れていましたが、そうですね”まったくだ”と思った次第です。
Posted by: たいむ | 12/26/2005 18:06
>ミチさん
コメントありがとうございます。
そうですね、やはりニコラス・ケイジだからこそユーリーというキャラクターが活きたのでしょう。この作品、評判がいいみたいですネ。今後ともよろしくです☆
Posted by: わかスト@管理人たか | 12/26/2005 18:31
>tomoさん
>trichoptera さん
>たいむさん
コメントありがとうございます。
意中の人と一緒になるためにはハッタリも、というあたりは、これによってユーリーのキャラクターが立体的になっているような気がして、うまいプロットだなぁと思いました。
今後ともよろしくです☆
Posted by: わかスト@管理人たか | 12/26/2005 18:36
突然で申しわけありません。現在2005年の映画ベストテンを選ぶ企画「日本インターネット映画大賞」を開催中です。トラックバックさせていただきましたので、投票に御参加いただくようよろしくお願いいたします。なお、日本インターネット映画大賞のURLはhttp://forum.nifty.com/fjmovie/nma/です。
Posted by: 日本インターネット映画大賞 | 01/05/2006 22:53