私の頭の中の消しゴム
「私の頭の中の消しゴム」
(A Moment to Remember Eraser In My Head)
監督:イ・ジェハン
韓国/2004年/117分
主演女優が魅せる様々な表情が見どころの、韓流というオブラートに包まれてノスタルジィさえ感じさせつつ、熱いパワーと勢いを感じさせるオタスケマン使用の恋愛スートーリー。儒教、不倫、赦し、父権。韓流ドラマ・映画が日本でヒットするワケとは? ついに韓流ヒットの構造が明らかになる!? ヨン様大人気の秘密に迫る! 実はおかんよりおとんが韓国に行きたがるのはなぜ?
ストーリー(概要)
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もの忘れが多いスジンは不倫相手と駆け落ちに失敗した日、コンビニエンスストアで男性と出会い、恋に落ちて結婚する。
しかし、スジンは記憶が消えていく病が進行して、やがて夫のことさえもわからなくなっていく……。
主な登場人物の紹介
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△チェ・チョルス
男性。建設工事現場監督
△キム・スジン
女性。会社員。社長令嬢
△ソ・ヨンミン室長
スジンの上司。不倫相手
コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見)
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主演女優が魅せる様々な表情が見どころの、韓流というオブラートに包まれてノスタルジィさえ感じさせつつ、熱いパワーと勢いを感じさせるオタスケマン使用の恋愛スートーリー。儒教、不倫、赦し、父権。韓流ドラマ・映画が日本でヒットするワケとは? ついに韓流ヒットの構造が明らかになる!? ヨン様大人気の秘密に迫る!実はおかんよりおとんが韓国に行きたがるのはなぜ?
■ オタスケマンとは?
ストーリー作りにおけるオタスケマンとは?子供、動物、病気、死。これらはトランプでいえばジョーカーみたいなものです。子供だから、動物だから、病気だから、死ぬんだから(死んだんだから)と言われたら、とりあえずどうすることもできないからです。
趣味だからと言われれば、いいご趣味ですね、のほかは言い様がないのと同じように、オタスケマンを使えばとりあえず無難に「劇的」にすることができます。
でも、だからといってオタスケマンばかりを使った作品がヒットするかというと、最近はかならずしもそうはいかないようです。
「赤い疑惑」に代表される「赤いシリーズ」という山口百恵主演の、日本の70年代を代表するドラマ群がありました。病気、災害、負傷といったあらゆる「不幸話」をてんこもりにしたこのシリーズは当時大ヒットしました。
しかし最近、30年ぶりにTBSでリメークされて放送されたましたが、予想以下の視聴率だったようです。
日本ではもう、不幸話を大マジメにしてもウケないのです。
つまり、オタスケマンだけではヒットを飛ばすことが難しくなっているのです。
かといってオタスケマンの効用が薄れたかというと、そうでもありません。ポイントはオタスケマンの使い方にあるのです。
■ 現代におけるオタスケマンの効果的な使い方
オタスケマンを大マジメに使ってもウケなくなった現代日本。ではどう使ったら効果的なのでしょうか。
参考になるのは映画「いま、会いにゆきます」です。
オタスケマンをフル使用しつつも、ある「仕掛け」によってヒネリのある純愛物語になったこの作品は「不幸話」におけるターニング・ポイント的な作品です(そもそも「不幸話」とはいえませんが、ここでは便宜上「不幸話」とします)。
「いま、会いにゆきます」の大ヒットで日本における「不幸話」の使い方と方向性が見えてきたはずですが、赤いシリーズのリメイクにはそのあたりがほとんど反映されていなかったようです。
それはさておき、オタスケマンのほかの効果的な使い方に「観客にそれをオタスケマンと意識させない」というものがあります。
参考になるのは映画「「ぼくセザール 10歳半 1m39cm(MOI CESAR 10ANS1/2 1m39)」です。
「ぼくセザール 10歳半 1m39cm(MOI CESAR 10ANS1/2 1m39)」作品レビュー
この作品ではオタスケマンとして子供が使われています。しかしながら、子供目線でストーリーが進行していくために「子供というオタスケマン」を使っていることを観客に意識されにくいようになっています。これは観客の感情移入とリンクした巧みな技のひとつです。詳細は作品レビューどうぞ。
さて、ブームというのは20~30年周期でやってくるといいますから、70年代の「不幸話」が再びブームになってもおかしくないのに、なぜリメイク版「赤いシリーズ」がヒットしなかったのでしょうか。
「いま、会いにゆきます」や「ぼくセザール~」を例に検証した結果わかることは「不幸話を大真面目」にしてもウケないということです。
日本で「不幸」を題材にする場合は、SF的要素と組み合わせたり(「いま、会いにゆきます」)、自虐ネタとして笑いに転化する(ピン芸人ヒロシ)のです。
つまり、豪速球のストレートばかり投げていても、的がズレれば肩を痛めるだけなのです
でもでも、実は日本国内でも大真面目にオタスケマンを使って大ヒットしているものがあるんです!
■ 韓流の基本要素
大真面目にオタスケマンを使ってヒットしているものとは、韓流ドラマ・映画です。
これについて「私の頭の中の消しゴム」で検証してみましょう。
・階級差
スジンは社長令嬢です。一方チョルスはスジンの父が経営する建築会社で働く建築現場監督です。お嬢様とガテンな男の恋愛。異質と思えるふたりの劇的な出会いはラブ・ストーリーの基本ですね。
・親の反対
建設会社社長であるスジンの父は、いち労働者にすぎないチョルスと娘の結婚をよしとしません。「家はあるのか?」「明日から仕事にこなくていいからな」と娘から引き離そうとするスジン父。
・育った環境の違い
スジンは家族の愛に包まれた育ちました。一方チョルスは幼いときに母親に捨てられ、土建の棟梁の丁稚奉公として辛く厳しい日々送りながら育ちました。
人はひとりで生まれてひとりで生きていくもので人生は辛いものだ、というチョルスは母親を許すことができません。スジンはそんなチョルスに母親と会うよう強く勧めます。
・病気
出会いから結婚生活にいたるまで様々な障害(コンフリクト)を乗り越えてきたふたりに、ついに病気が襲いかかります。
こうしてみると「私の頭の中の消しゴム」には、いわゆる「ベタな題材」がてんこ盛りだということがおわかりいただけたと思います。
「電車男」にみるように、ベタこそヒットの可能性を大いに秘めているのですが、日本制作のドラマや映画においてはベタにするにもそれなりの仕掛けが必要です(お嬢様とヲタク青年の恋)。
■ 儒教と不倫と赦し
スジンは会社の上司と不倫して駆け落ちする予定でした。――不倫。あぁ、ありがちだね。と思ったアナタ。たしかにそのとおりですが、韓国で不倫というのはかなりすごいことなのです。
韓国では純潔を伝統的な美徳としていることもあり、また儒教的な規範が根底にあるので不倫に対するリアクションというのは日本人のそれとは温度差がかなりあるようです。
けっしてこの扉を開けてはいけないよ、といわれればドアのノブに手を伸ばしてみたくなるのが人というもの――。ということで、反道徳的かつ反社会的とされればされるほどに、熱く深く反応する対象のひとつが不倫なのです。
そんな不倫をしたスジンは、韓国社会において社長という立場もあって世間体が気になる父にとって頭痛のタネであるはずなのです。しかし父は娘の不倫という罪を赦して受け入れるのです。
許しという愛を受けたスジンは、母親を赦せないでいるチョルスに、自分が父に赦されたようにあなたも母親を赦すよう願うのです。
スジンはいいます。
赦すとは心の部屋をひとつ空けること――。
■ 父権が生きている国
韓国には父権が生きています。年上の男性というだけで敬意を払われるというのは、日本ではあまり見かけなくなっています。
日本では、大人たちの見栄や嘘がすでに子供たちにバレちゃってます。そして今は辛いけど、未来は良くなるという夢を見ながらお父ちゃんを盛り立てて逆境を乗り越えていこうという時代でもありません。
古き良きものは残しつつも、古き弊害をいかに早く取り壊すかが問題となっている日本において、年上の男性だからというだけで尊敬され敬意を払われるなんてことはほとんどなくなってきたといっていいでしょう。
だからおとうちゃんは韓国に旅行にいきたがります。父権がまだ生きている国に哀愁と憧れを抱くからです。
■ 韓流ドラマ・映画が日本でヒットするワケ
女性からみても、強くやさしい男というのは理想のひとつです。威張るだけの亭主にはうんざりだけど、イザというときは力強く家族を守ってくれて、普段はやさしさで包み込んでくれる。日本にそんな理想的な男がいるでしょうか。石原裕次郎みたいな男は、高度経済成長期のドラマや映画にしか登場しません。
仮に大マジメに不幸話を題材にして「裕次郎みたいな頼れる男」を復活させたとしても、観ているほうが気恥ずかしくなってしまいます。
でも、それが海外モノというオブラートに包まれることで受け入れ易くなります。音声は韓国語で字幕は日本語というのがいいのです。
日本語で聞いたら思わず身をよじりたくなるようなクサいセリフも、外国語の音声と日本語字幕になると素敵に聞こえてくるのです。
さらに、韓流ドラマや映画には、日本ががむちゃらに突っ走ってきた高度経済成長期の熱気やパワーを感じさせるものがあります。
出口の見えない不安な時代といわれてウン年……。そんな日本国内にあって昭和の勢いと熱気を思い起こさせてくれる韓流は、過ぎ去りし過去が思い出に変わったノスタルジィさえも感じさせてくれるのです。
こうした韓流の特徴を見事に体現しているのがペ・ヨンジュンです。微笑みというやさしさと、完璧な筋肉バディ(力強さ)を併せ持ったヨン様が大人気であるのには、大いに頷けますね。
■ 基本をコツコツと
作品の前半は、身分の違う二人の恋愛ストーリーを丁寧に描いています。身分の差、親の反対、家族との葛藤を克服していく度にふたりの愛の絆が深まっていく様子を、物忘れがひどいというペイ・オフ(伏線)をきっかけに出会う二人や、窓のない車でドライブという心ニクイ演出で丹念に描いています。
こうした前半のストーリーを観ていると、韓国のスタッフはハリウッド映画をはじめとして、古今東西の物語をよく勉強・研究して、奇抜なことをすることなく基本をコツコツと丁寧に積み重ねているのが伝わってきます。
チョルスがなかなか「愛している」と声に出して言わないあたりが「ゴースト」を彷彿とさせてちょっとベタ過ぎるかな、という気もしますが、それが韓流なのかもしれないですね。
また、チョルスが現場監督から建築士にステップアップしていくのを支えるスジンという構図も、サクセスストーリーの要素を取り入れると同時に、建築士→家を建てる→精神的に安らげるところという意味のHOMEを築く、というように作品内容とリンクしている様子を表すための計算された設定であることがわかります。
家を建てる→HOMEというの基本設定は他の映画でもよく目にすることができます
ちなみにスジンがチョルスの建築士試験終了まで帰らずに待っていたあたりでは「NANA」で奈々(ハチ公)が寒空のなかで恋人のバイトが終わるのを待っていたシーンを思い出しました。
帰っていいよと言われて、帰ったと思わせておいて実は待っている「けなげな女」を演出するなんてこと、女の子ならだれにだってそういうところにうんうんあるある!って頷いてしまいますよね。そんな細かい演出もちゃぁんとしていんですヨ。
■ ひとこと
スジン役のソン・ウェジンが、シーンや服装ごとに実に様々な表情を魅せてくれます。日本の俳優で例えるならば、あるときは竹内結子、あるときは西村知美、またあるときはユンソナ、またまたあるときはさとう珠緒。どれひとつとして同じ雰囲気のシーンがないのは、俳優として非常に多くの引き出しをもっていることの表れでしょう。
アルツハイマー病の症状についてはかなり正確に描写されているようです。
また、この作品は日本のドラマ「ピュアソウル」のリメイクだとか。
記憶を扱った恋愛映画をいくつか紹介しましょう。
「エターナル・サンシャイン(ETERNAL SUNSHINE OF THE SPOTLESS MIND)」作品レビュー
「バタフライ・エフェクト(THE BUTTERFLY EFFECT)」作品レビュー
「私の頭の中の消しゴム」は全体的にとても丁寧に作られた感動スートーリーです。でもラストシーンがちょっと作りすぎた感はあります。コンビニエンスストアとコーラという出会いのアイデアはすばらしのですが、そのために作り手もこれにこだわってしまったようです。例えばカードゲームの伏線を生かしてもう少し「偶然っぽく」さりげなくしたほうが余韻を残せて良かったと思うのですが……。そのあたりは韓流の「味」なのかもしれませんね。
ひさしぶりにまっさらに感動したい人、基本に立ち返ってストーリー作りや演出を勉強し直したい人にオススメです。
派手な愛憎劇や作品づくりにおける仕掛けを期待する人には向きません。
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Comments
TBありがとうございました。こちらからも後らせて頂きました。「頭の中の消しゴム」ほんといい映画でしたね。
Posted by: momo | 10/31/2005 22:51
TBありがとうございました。
すごく細かく分析していらっしゃいますね。
こちらからもTB貼らせて頂きます♪
Posted by: まーじょ | 10/31/2005 23:42
TBいただきありがとうございました。
こちらからもTBさせていただきま・・・あ、ごめんなさい2個も貼っちゃいました(><)
すごい分析ですねー私もそう思います。
あと韓国の俳優さんの低い声がまたウソっぽさがなくってGOODですね。
ウソン氏の出演「アスファルトの男」こちらなんていかがでしょうか?青春は長いです^^
Posted by: 和風花 | 10/31/2005 23:55
TBありがとうございます。
こんなすごいページをTBさせてもらえるなんて、嬉しいかぎりです。
話の内容よりも、女優さんが可愛いかどうかだけで作品を見ています。
Posted by: 本屋の従業員 | 11/01/2005 00:46