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08/29/2005

ランド・オブ・ザ・デッド(Land of the Dead)

B000G7PRVYランド・オブ・ザ・デッド [DVD]
ジョージ・A・ロメロ
ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン 2006-09-21

by G-Tools

ジョージ・A・ロメロ監督/アメリカ/2005年/93分

時代がやっと追いついてきたヒッピーな生き方と、これ以上ない絶好の舞台でアメリカ社会と世界の中のアメリカを映し出す社会派風刺ホラー。進化するゾンビは水中から出現する!

物語の紹介
―――――――――――――――――――――
死者が蘇り生者に襲いかかって肉を食らいはじめてからしばらく後、金持ちの支配階級はゾンビが入ってこれないよう川に挟まれた地域の超高層ビル(フィドラーズ・グリーン)で昔と変わらない贅沢な生活をおくっていた。
陸続きの場所は高圧電流によるフェンスで仕切り、私設軍隊を配置してゾンビの侵入を防いでいた。場所を追われた貧困層の住人たちはタワーの周りにひしめき合うように暮らしている。
危険地帯から食糧や物資を調達する傭兵グループのリーダーであるライリーには計画があった。金を貯めて脱出用の車を買い、塀のない自由な世界を求めて北のカナダ方面へいくというものだ。
一方ライリーの部下チョロは権力者カウフマンに取り入って上流階級の仲間入りを願うが断られる。そこで装甲車デッド・リコニング(死の報い)号を奪ってカウフマンに金を要求する。
ライリーはチェロが奪った装甲車を取り戻すべく、またゾンビに襲われる街の人々を救うべく、そして自らの自由の旅立ちのために相棒チャーリーと連れのスラックと共に奔走する。


主な登場人物の紹介
―――――――――――――――――――――
△ライリー
 傭兵グループのリーダー。

△カウフマン
 金持ち支配階級の長。権力者。
 フィドラーズ・グリーン(超高層タワー)のペントハウスに住む。

△チョロ
 傭兵部隊メンバー。ライリーの部下。 

△スラック
 娼婦。

△チャーリー
 ライリーの右腕。相棒。狙撃の名手。

△ビッグ・ダディ
 ゾンビたちのリーダー
---------------
▽デッド・リコニング(死の報い)号
 装甲車。重火器を備える。傭兵グループが使う車。
 ゾンビが溢れる危険地帯から食糧や物資を調達するために使う。

▽フィドラーズ・グリーン
 超高層タワー。金持ちの支配階級が住む。


コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見) ※注 ネタバレあり
―――――――――――――――――――――
時代がやっと追いついてきたヒッピーな生き方と、これ以上ない絶好の舞台でアメリカ社会と世界の中のアメリカを映し出す社会派風刺ホラー。進化するゾンビは水中から出現する!


‡ ホラーの巨匠ジョージ・A・ロメロ監督作品 ‡

68年のジョージ・A・ロメロ監督『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド/ゾンビの誕生』はその後のゾンビ映画の原点だ。その後『ゾンビ』(78)『死霊のえじき』(85)と制作してから20年ぶりにロメロ監督が撮った作品、それが『ランド・オブ・ザ・デッド』だ。
ロメロ監督は単なるホラー監督ではなく、人間社会をゾンビという題材による圧力釜効果で社会の縮図を浮き彫りにする風刺作家である。そうした社会派の視点をもった彼の作品は高い評価を受けている。


‡ 古今東西 ~人間社会のカタチ~ ‡

富裕層と貧困層、支配階級と被支配階級、搾取する者と搾取される者。これらはどの時代や地域にもみられる人間社会の構図の例である。

ライリーは傭兵グループのリーダーだ。傭兵の仕事はゾンビが徘徊する危険地帯にある食糧や物資をかき集めてくること。そのために使う、重火器を装備したデカい装甲車を設計したのもライリーだ。

フィドラーズ・グリーン(高層ビル)に住む支配階級は私設軍隊を持っている。しかし物資調達という危険な仕事には軍隊を使わない。使い捨ての傭兵を使うのだ。

例えばイラクには傭兵がいる。いわゆる戦争請負い人だ。元軍人や特殊部隊経験者や軍事訓練経験者から成る傭兵部隊は、危険地域での物資運搬車両の護衛といった仕事などを請負っている。傭兵が使われる主な理由は、たとえ傭兵に死傷者が出たとしても正規軍の負傷者リストには影響がないためだ。

さて、傭兵を3年務めたチョロは葉巻と酒をみやげに権力者カウフマンを訪ねる。金も貯まってきたからそろそろ上流社会が住む場所に家を持ちたいというのだ。しかしそれには理事会と資格委員会の承認が必要だからすぐには無理だと断るカウフマンであった。

例えば古代ローマ帝国の市民権を持つ者は特権階級であった。ローマ市民には皇帝からパンと見世物が約束されていた。見世物があるコロッセウムでは、グラウンドに近くて観やすい席から順に、階級ごとに明確な席割りが行われていた。

ローマ帝国の辺境で防人(国境警備兵)をウン十年務めるとローマ市民権が与えられるといった制度は、辛く厳しい兵役を真面目に務めさせるには抜群の効果があったという。

似たようなものに『アイランド(THE ISLAND)』(作品レビュー )に登場する抽選会がある。これは宝くじみたいなもので、抽選(宝くじ)に当たった者はバラ色の生活が約束されているという夢を見させつづけることで、現実の問題に目を向けさせないようにしている、というものだ(身近なものに「水戸黄門」がある。これはお上が悪を成敗してくれるという娯楽作品と銘打った、庶民のガス抜きのために時の支配者が利用する典型例のひとつである。また広い意味では野球などのスポーツ競技もあてはまる場合がある)。

宝クジが当たるかどうかは運だと言われればそれまでだし、市民権を得られる要件を満たしても理事会と資格委員会の承認が得られないのだ、時代の変化に伴って制度が変わったのだから仕方がないといわれればどうしようもない。
そうしたことが傭兵チョロと権力者カウフマンのやりとりの中に凝縮されているのだ。


‡ アメリカ合衆国の歩みと重ねて ‡

アメリカ合衆国の発展の歴史は、西部開拓の歴史といってもいいだろう。フロンティアスピリットによる国土拡張とはつまり、西部への土地開拓であると同時に原住民の土地を奪うことでもあった。
『ランド・オブ・ザ・デット』においても金持ちの支配階級が住みやすいよう、もともと住んでいた住人を追い出して高層ビルに住むあたりは、かつてアメリカ合衆国がネイティブアメリカンの土地を奪い、保留地を与えたことを風刺しているという観方もできる。

また、カウフマンによって都合のいいように3年間使われ、使いづらくなったら用ナシとされてしまう傭兵グループメンバーのチョロが、装甲車を奪って敵対するようになるあたりは、米国とアフガニスタンとの関係に類似点をみつけることができある。かつてアフガニスタンに軍事介入したソ連軍に対抗するゲリラ活動を支援していた国のひとつが米国であり、ゲリラ戦術を教えたり施設や武器を提供していた。そこで訓練を受けた者たちの多くが、やがてテロ活動で米国を攻撃するようになったのだ。


‡ 戦闘ではなく殺戮 ‡

作品の冒頭、傭兵グループがデッド・リコニング(死の報い)号に乗って食糧や物資を調達に行くシーン。疾走する装甲車からマシンガンで道路のさまようゾンビたちを次々にハチの巣のように撃ちまくるのを観た登場人物のひとりのセリフにこんなのがある――「これは戦闘じゃなく殺戮だ」

米軍の戦闘の典型はハイテク機器を装備した戦闘機や戦車で、豊富な弾薬を使って敵を一掃するというものだ。ベトナム戦争映画では、ライフルを持った狙撃兵ひとりを、飛行機による爆弾投下で攻撃するというシーンがある。
ソマリアのアディード将軍を拉致する米軍の作戦行動を描いたリドリー・スコット監督作品『ブラックホーク・ダウン』。この戦闘での米軍の戦死者は18名。ソマリア民兵側の戦死者は約1000名。
『ランド・オブ・ザ・デッド』冒頭の食糧物資調達作戦のシーンは、ロメロ監督の目に映った米軍の戦闘とはどのようなものなのかを表わしているのではないだろうか。


‡ 学習・進化するゾンビ ‡

ゾンビは普段は生きているときの習慣に従って同じ動作を繰り返している。草刈機を使うゾンビ、楽器を演奏するゾンビ、ガソリンスタンドで給油する仕草をするゾンビ。ひとたび生者をみつけると、生肉を食らうために襲うのだ。そしてどのゾンビも花火に見とれる。夜空に花火が上がってる間はすべての動作をやめてぼぉ~と空を眺めるのだ。
大きな音と光。きれいな模様で人々の目をひきつける花火は、生きているときと同様にゾンビの目をもひきつけるのだ。

そんななかで1体のゾンビだけは花火に見とれることなく目の前の状況を見極めようとする。花火という「まやかし」の術にひっかかることなく、物事をしっかりと見極めようとするのだ。危険を仲間に知らせもするこの一風変わったガソリンスタンドの店員であったであろうゾンビ=ビッグダディは、道具や武器を使うことを覚え、ゾンビには未知の世界だった水にも飛び込んでみせる。そのシーンはまるではじめて海水で芋を洗って食べた幸島の猿を彷彿とさせる。

こうしたゾンビの変化にいち早く気づいたライリーはチョロやカウフマンに、やつらは今までとは違うぞと教えるのだが、全く聞く耳を持たない。
欲望のままに行動する強暴な脳ナシに過ぎない奴等がどうした? 
そんなカウフマンだが、ビッグダディのそれまでのゾンビとは全く違った道具を使った方法で吹っ飛ばされることになる。

68年の『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド/ゾンビの誕生』以来、他の監督による様々なゾンビ映画が制作された。ある作品では猛烈なスピードで走るゾンビも登場した。だがロメロ監督の作品には「特別なゾンビ」が登場するのが特徴だ。例えば85年の『死霊のえじき』には研究用のゾンビが登場する。このゾンビは直接的に生者の肉を食らおうとする行動は抑えられており、作品のクライマックスのあたりでは銃を使うのだ。このように既に85年の作品でゾンビの進化は暗示されていたのである。『ランド・オブ・ザ・リビングデッド』ではこの進化をさらに明確に打ち出したのだ。


‡ ヒッピーとゾンビ ‡

米国の67年はサマー・オブ・ラブと呼ばれ、ヒッピー・ムーブメントがピークに達した年だ。翌68年の『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド/ゾンビの誕生』は、当時のヒッピー文化に対する年配者たちの反応を風刺的に描いているともいえる。ヒッピーに対する当時の一般的な観方とは、既成の社会体制や価値観を否定して脱社会的行動をとる若者たち、といったところだ。

68年の『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド/ゾンビの誕生』は、国外の脅威ではなく、自国内の若者=ヒッピーという得体の知れない不気味な存在がいつの間にかジワジワと自分のテリトリーを侵蝕していくかのような不安感を見事に映像化したものといえよう。

人間=年配者。ヒッピー=ゾンビ。こういった基本構図が、新作『ランド・オブ・ザ・デッド』においては変化している。つまり、ゾンビ=ヒッピーであると同時に、ゾンビを倒す側の傭兵ライリーも自分を信じ、自分の生き方を肯定し、自由と隣人を愛して、自らの道を探す〈ヒッピー〉なのだ。

さらに新作『ランド・オブ・ザ・デッド』では米国内だけではなく、世界における米国の姿を風刺している。

ちなみにゾンビたちが花火に見とれている間に傭兵グループが食糧や物資を運び出すあたりは、ヒッピーが平和と愛の象徴として花で身を飾ったことからフラワー・チルドレンと呼ばれていたことによるものだろう。
そしてクライマックスを迎えた後に必要なくなった花火を夜空に打ち上げながら走るデッド・リコニング(死の報い)号は、ステレオタイプの古めかしいヒッピー像はもう存在しないことを象徴している。


‡ アメリカ合衆国の新たな理想像を体現する主人公ライリー ‡

傭兵グループのリーダであるライリーは最小の損害で食糧・物資調達を行うことを目指している。たとえ権力者カウフマンに使われている身とはいえ、生きている人々のために食糧や物資を調達することは必要な仕事であり、いつしか塀の外の世界で自由に生きるために脱出用の車を持つために金も貯めている。

どうすればより良い社会にすることができるか。なんのために危険な仕事をしているのか。そんな状況の中でも唯一正しいと思えることは、仲間を救うこと。相棒のチャーリーだったり、街に住む人々だったり、とにかく生きている者を救うことだ。
そしてライリーは管理された塀の中にいることよりも、自由という理想を追い求めて移動しようとする。西部開拓時代と違うのは、たとえ移動(旅)を続けても約束の地、安住の地があるとはだれも言わないし、みつからないかもしれないということだ。
こうすれば幸せになれるというモデルはすでにない。いうなれば、いまも生きていることこそが幸せなのだ。それでもライリーは北へ行こうとしている。

やがて支配階級が崩壊してゾンビの襲撃が去ったとき、生き残った人々から一緒に街を再建しようと誘われたライリーはそれを断り、デッド・リコニング(死の報い)号で北へ旅立つことにする(定着よりも移動。農耕よりも狩猟)。

そのとき、街を去るゾンビのリーダーであるビッグダディを仕留める機会が巡ってくる。しかしライリーは「奴も行く場所を探している。俺と一緒だ」といってそれを見送るのだ。

これは、欲望のままに行動する単純でバカで強暴な対象としてゾンビを排除するのではなく、今までとは明かに違った進化したリビングデッドとして捉え、仲間に危険が及ばないかぎりはとりあえず干渉ぜずにそっとしておき、己の道を信じて標識も地図もない道を歩きはじめるライリーに新しいヒーロー像を投影しているとみてとれよう。


‡ 見た目だけで決めない ‡

見た目は大事だ。ある程度の歳になったら自分の外見に自覚と責任を持たなければならない、とはどこかの著名人の言葉だったとおもうが、そんなことは皆わかっているもので、それぞれ自分の容姿に気を使ったり、外見をうまく利用して生きているものだ。
そうはいっても、ある人のファッションがどうにも理解できない場合にこれを不可解で不気味なものとして忌み嫌うことだけは避けなければならない。それぞれのバックグランド、趣味、考え方、生き方を理解しようと努め、お互いに尊重する気持が必要だ。

ライリーの相棒チャーリーがはじめて登場するシーンがある。ゾンビたちから逃れてきたライリーたちの背後数メートルに、すぅっと立っている者がいる。傭兵グループのひとりがとっさに銃を構えた。なぜなら相手の顔の半分の皮膚が皺だらけで片目はほとんど開いていないため、暗がりではゾンビに見えたのだ。しかしそれはチャーリーだった。ライリーが心配で追いかけてきたのだ。
チャーリーは火事にあったところをライリーに救われたのだという。顔の傷跡はそのときの火傷によるものだ。
チャーリーは古いライフル銃を愛用しているが、狙撃の腕は確かで、ライリーと組んで幾多の危機をくぐり抜けてきた。どんなときもライリーを信頼して仲間を助ける、信頼できる頼もしいキャラクターだ。

チャーリーの外見を火傷の負傷としたキャラクター設定は、ゾンビが登場する作品のなかでその存在感を際立たせ、外見だけで判断すべきではないというメッセージを含めている。


‡ 水陸両用ゾンビ ‡

ゾンビのリーダー、ビッグダディが川に飛び込んだが浮かんでこない! だいじょうぶか? 溺れたのか? ちょっと心配したものの、よく考えたら彼等はもう死んでいる……byケンシロウ(笑)(「北斗の拳」より)

水の中から現れるゾンビ集団のチラシやポスターは当たりですね。
新ゾンビの特徴を上手に表現しています。

ゾンビ映画の巨匠ロメロ監督最新作。必見でしょ。


≪ゾンビ関連映画作品レビュー≫

▽ 「28日後(28 DAYS LATER)」 (←ダッシュするゾンビが登場)

▽ 「ドーン・オブ・ザ・デッド(DAWN OF THE DEAD)」

▽ 「バイオハザード(BIOHAZARD:RESIDENT EVIL)」

▽ 「バイオハザード II アポカリプス(Resident Evil: Apocalypse)」


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08/24/2005

「スターウォーズ」と「NANA」に共通する人気の秘密

「スターウォーズ」シリーズに登場するロボットのR2-D2と「NANA」に登場する二十歳の奈々(ハチ)。

ストーリーにおける両者のキャラクター設定の位置には共通するものがあります。


○どちらも主人公ではない

「スターウォーズ」シリーズに登場するR2-D2は、主人公を支援するサポーティングキャラクターです。

漫画「NANA」(原作:矢沢あい)の奈々(ハチ)は主人公のひとりですが、実はもうひとりのナナとふたりで「NANA」なのです。そういう意味では、奈々(ハチ)ひとりが主人公ではありません。


○どちらも「特別」ではない

R2-D2はジェダイの騎士ではありません。量産型ロボットのうちの1体です。エピソード3では、同じ型の他のロボットも登場して、ジェダイの騎士が乗る宇宙戦闘機に同乗しますが、グリーバス将軍率いる分離主義勢力軍の攻撃によって壊されてしまいます。R2-D2もこれと同じ攻撃によって危機に陥るのですが、電気ショック攻撃(?)で反撃して撃退します。ここで抑えておきたいポイントは、性能・スペックといったものは他の同型ロボットと同じということです。

奈々(ハチ)は普通の女の子です。地方の街に生まれ、高校を卒業してアルバイトをしてお金を貯めます。東京の大学に進学した彼氏を追って上京するためです。

「上京」ときくと、京都の寺を思い浮かべてしまいますが、たいていの人にとってはもちろん東京を思い浮かべるものでしょう。「上京」という言葉には憧れと不安が入り混じった特別な感情が含まれるものだとよく言われます。
そんな上京を夢見る奈々(ハチ)はどこにでもいる普通の女の子です。


○どちらにも、メインキャラクターを支える重要な役割がある

R2-D2はジェダイの騎士に信頼されています。なぜなら、彼等は数々の困難を一緒に乗り越えてきたからです。R2-D2はジェダイがピンチに陥ったときには、船のコンピュータにアクセスして艦内の情報を送ったり、機械を作動させたりストップさせたりしてサポートします。さらにエピソード6では重要拠点基地の入り口のドアロックを解除するという大役を見事に果たしたのもR2-D2です。
R2-D2はジェダイの騎士をサポートするという大きな役割を果しているのです。

奈々(ハチ)はナナのバンド活動のお手伝いをします。というよりもナナの生き方を応援するのです。なぜなら奈々(ハチ)は自分がもっていないもの(目標・夢=バンドで成功する)を持ち、それに向かってがんばるナナの生き方に感銘したからです。

ナナは奈々に「ハチ」とあだ名をつけてペットのように付き合っています。ナナは一見するとクールビューティーですが、実はすっごく相手を束縛したいタイプの女の子です。それは、だれかに愛されたい、いつもだれかに一緒にいてほしいという強い願望の裏返しでもあります。そういうわけでナナは奈々(ハチ)なしには生きられないと感じて、なんとかして奈々(ハチ)を身近につなぎとめておこうとします。

このように、奈々(ハチ)はナナのバンド活動という目標・夢をサポートすると同時に、傷つきやすいナナをやさしく包み込んであげてもいるのです。


○サポーティングキャラクターに自分を重ね合わせる

あなたはジェダイの騎士のような、いわゆる超能力を持った戦士(騎士)ですか?

だれになんと言われようと自分の目標を持ち、成功する保障のない道を、たとえひとりでも歩んでいく勇気と行動力がありますか? 
目標を達成するために、慣れ親しんだ故郷と仲のよい友人たちと別れ、ギター片手にひとりで東京行きの汽車(←雰囲気ある言葉でしょ?)に乗れますか?

ジェダイの騎士のように活躍したい! 
ナナみたいに自分の目標・夢に向かって歩き出したい!

そんな願望を持ちつつも、ジェダイやナナみたいにはできない。そんな人でも、彼等の目標・夢・活動をサポートすることはできるかもしれません。

友人を一生懸命サポートするR2-D2と奈々(ハチ)になら、自分を重ね合わせやすいはずです。


だれかのためにできること――。

ジェダイの騎士といえども、人間(宇宙人)です。バンドのカリスマボーカルのナナといえども、ひとりの女の子です。時には悩み、迷い、窮地に陥ります。そんな彼等をサポートするR2-D2と奈々(ハチ)こそ、アナタにとっての真のヒーロー(ヒロイン)なのです。


〈関連記事〉

「スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐」R2-D2にフォーカスした作品レビュー

冷と熱のシフト・ヒロインの作り方―「NANA」―

「NANA」映画レビュー


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08/22/2005

スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐

「スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐
(STAR WARS Episode III: Revenge of the Sith) 」

ジョージ・ルーカス監督/アメリカ/2005年/141分

観客にいちばん近いヒーロー・R2-D2。スターウォーズシリーズという壮大な宇宙SF大作の世界に参加するとっかかりを提供して、作品世界の中で活躍さえさせてくれるキャラクター。それがR2-D2だ。

物語の紹介
―――――――――――――――――――――
グリーバス将軍率いる分離主義勢力が勢いを増すなか、共和国のパルパティーン最高議長が誘拐される。オビ=ワン・ケノービと、その弟子アナキン・スカイウォーカーが救出に向かう。見事に議長を救出するが、アナキンは次第に暗黒面に惹かれていく。
やがて宇宙に散らばっていたジェダイの騎士たちが次々と倒れていく。暗黒面に堕ちたアナキンとオビ=ワンは苦悩しながらも死闘を繰り広げる。


主な登場人物の紹介
―――――――――――――――――――――
△オビ=ワン・ケノービ
 ジェダイの騎士。将軍。

△パドメ
 元老院議員

△アナキン・スカイウォーカー
 オビ=ワンの弟子

△ヨーダ
 ジェダイの騎士

△パルパティーン最高議長
 元老院最高議長

△C-3PO
 通訳ロボット

△R2-D2
 ロボット


コメント・レビュー(Comments・Review)(論評、批評、意見)
―――――――――――――――――――――
観客にいちばん近いヒーロー・R2-D2。スターウォーズシリーズという壮大な宇宙SF大作の世界に参加するとっかかりを提供して、作品世界の中で活躍さえさせてくれるキャラクター。それがR2-D2だ。


スターウォーズシリーズのキャラクターの中でいちばん観客に近いのはロボットのR2-D2だ。
彼(?)はロボット語のようなものを話すので、なにを言っているのかわからない。しかしその時の状況からしてたぶんこんなかんじのことを言っているのだろうという想像はできる(ようになる)。

なぜなら、オビ=ワンやC-3POがシリーズR2-D2の通訳をしてくれるからだ。この通訳はスターウォーズシリーズ全体で行われている。こうした通訳に慣れた観客は、シリーズを追うごとにR2-D2がどんなときにどんな反応をみせるのか想像できるようになるのだ(キャラクターの確立)。

ここで、R2-D2がエピソード1~6のすべてに登場していることを改めて意識してほしい。そうすれば、あるエピソードを観てそこのR2D2が登場したときに、まるで親しい身近な友人に会ったときのような感覚を味わっていることに気がつくはずだ。

ちょっと想像してみてほしい。自分とはあまりにかけ離れた才能の持ち主や財産の持ち主と親しい友人関係を続けていくことができるだろうか。

たとえばこんな友人だ。運動能力抜群でセリエAのクラブで活躍するサッカー選手。かつては水泳選手であり、金メダルもとっている。さらに事業を興していまでは年商100億の会社の社長でもある。ハーバード大卒で語学堪能。トランペットの腕はプロ級で、発売したCDはミリオンセラー。

そんな友人がいたら自慢にはなるだろうが、親しい友人として付き合いつづけることは容易だろうか。
すくなくとも、この彼と自分を重ね合わせてみることはあまりしたくないだろう。

R2-D2はジェダイの騎士でもなければ、特殊プログラミングがされているわけでもない、どこにでもいる量産型ロボットのひとつに過ぎない。

でも、いつもルークやオビ=ワンやアナキンたちジェダイの騎士をサポートしている。
どのエピソードでも、必ずといっていいほどこんなシーンがあるだろう。それは、はじめは調子が良かったジェダイの騎士が徐々に追いつめられてピンチ陥るといったものだ。このときジェダイの騎士は通信機を取り出して次のように呼び掛けるのだ。

「聞えるかい?R2-D2 すぐに○○にアクセスして○○をしてぼくらを助けてくれ。時間がないんだ。ねぇ聞えるかいR2-D2!」(ルーク調)

ここでR2-D2の相棒C-3POについて考えてみよう。C-3POは幼いアナキンによって作られてたロボットだ。類稀なフォースを持つアナキンによって作られたのだから、もしかしたら特別な能力をプログラミングされているかもしれない。そんな想像もしたくなる。だが作品におけるC-3POの役割は、程よいテンポと間を作り出すことにある。これはこれでとても大事な役割であるが、作品世界の中で主人公を直接サポートするといった種類のものではない。

一方R2-D2はジェダイの騎士によって作られたわけでもなく、限定生産ロボットでもない。数あるロボットの中のひとつに過ぎないのだ。

そんなR2-D2は、だれかに似ていないだろうか? そう、観客に似ているのだ。

スターウォーズシリーズのメインキャラクターはジェダイの騎士やお姫様や元老院議員だ。
庶民には程遠い存在である。人には遠い世界の物語に想いを馳せて楽しむ能力がある。

しかし、どんなに程遠い世界の登場人物の中にも、どこかしら自分と共通する部分を見出さないと、感情移入がしづらいのだ。

もちろんジェダイの騎士の苦悩の中に共感するものもあるだろう。だがより身近で、より直接的に自分を重ね合わせることができるキャラクターが必要だ。

それはなにもメインキャラクターでなくてもいい。作品世界の大切な場面で主人公をサポートする脇役であってもかまわないのだ。スーパースターではない自分も、偉大なプロジェクトの一員としてなにかお手伝いできる可能性を観客に与えること。これがポイントだ。

R2-D2の言葉は直接理解できない。これがいいのだ。喋っている内容がわからなくても、徐々にそれが理解できるようになってくる。直接は理解できない言語を使うというのは、観客のキャラクターへの感情移入の敷居を低く広くしていることを表している。

どこにでもいるロボットであったR2-D2が、スターウォーズシリーズに欠かせないキャラクターになったとき、そこには量産型ロボットではないただひとつのR2-D2が誕生するのだ。

スターウォーズシリーズという壮大な宇宙SF大作の世界に参加するとっかかりを提供して、作品世界の中で活躍さえさせてくれるキャラクター。それがR2-D2だ。

(R2-D2が空飛びます! 必見だよ)


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08/15/2005

広く浅く?-「アイランド」-

ひとりでも多くの方に知ってもらいたい。
ひとりでも多くの方に来店してもらいたい。
ひとりでも多くの方に買ってもらいたい。

でもその前に「中心となるもの」があるでしょうか。

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「アイランド(THE ISLAND) 」

マイケル・ベイ監督/アメリカ/2005年/127分

放射能に汚染されていない最後の楽園・アイランドへいつの日か抽選にたって行くことを、無菌室のような建物待ち望みながら集団生活をしている人々がいる。
そのなかのひとりのリンカーンは、アイランドが存在しないことを知り、ジョーダンを連れて生存のために脱出する。

作品レビューはこちら
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「アイランド」には様々な要素が詰め込まれています。

○SF
近未来。クローン。空中滑走バイク。


○宗教・文化
・アダムとイブ 
聖書では、はじめのヒトはアダム。つぎにアダムのあばらの骨のひとつを取って作ったのがイブ。「アイランド」ではリンカーンとジョーダンのことをさす。

・蛇 
エデンの園でアダムとイブを禁断の果実で誘惑した生き物は蛇。「アイランド」では脱出したリンカーンとジョーダンがはじめに出会う生き物が蛇。

・約束の地
旧約聖書ではカナンの地のこと。「アイランド」では唯一汚染されていない島のこと。

・選ばれし民
聖書ではユダヤ民族のこと。「アイランド」では無菌室のような住宅棟で臓器移植用に生かされているクローンたちのこと。
 
・出エジプト
聖書ではモーセが、虐げれているイスラエル民族をエジプトから連れ出して約束の地であるカナンに向けて出発することをいう。「アイランド」では、一度脱出したリンカーンがふたたび住宅棟に戻り、ほかのクローンたちを解放することをさす。


さらに「アイランド」には派手なアクションシーンもあります。

これは、SFファンの心もくすぐり、キリスト教文化になぞらえて普遍性をもたせ、派手なアクションシーンで観客に楽しんでもらおうというものでしょう。

SFならSFの命題、たとえば「ロボットに心はあるか」「タイムとラベルで過去と未来を変えられるか」といったことを深く掘り下げていくといった方向ではないようです。

またキリスト教文化を背景に人間の苦悩・成長といったドラマを深く描くといった方向でもないようです。

さらに、単純にアクションを楽しむといった方向でもないようです。

いろいろな要素を詰め込むというよりも、いろいろと付けてみましたといったほうがいいでしょう。

そういうわけで「斬新さ」や「キレの良さ」といったものは感じられません。

それでも作品としてそこそこな出来だと思わせてしまうのは、派手なアクションシーンにその秘密(というほどのものでもないかな)があります。

最近の映像効果技術の発達と、ハリウッドの豊富な資金力によって、他の国や地域ではなかなか作れない映像を見せてくれるのです。

いろいろ具が入っていて、何鍋といえばいいのかわらないけど、とりあえず秘伝のタレをかけて食べればOK。この秘伝のタレがかなり「高価」だけど、とりあえずどんな具材でもそれらしい味にしてしまう「効果」があります。

たくさんの人に観てもらいたい。そのためについ広く浅くしてしまいがちです。広く浅くというのはつまり「これだ!」という中心・特徴・色がないということです。

必要なのは中心・特徴・色です。これらの周りにSF・宗教・文化・心理・ユーモア・ジョークといった肉付けをしていくのがベストです。


【要点】

●広く浅くは、どこにも引っ掛からない可能性があることを心得よう。

●いろいろな味の鍋を食べてもらいたくても、ごった煮ではそれぞれの味を楽しめない。

●カレーが食べたいお客さんがラーメン屋にいく?
 
●寿司とカレーとピザのメニューがあるラーメン屋を想像してみよう。

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08/08/2005

アイランド(THE ISLAND)

マイケル・ベイ監督/アメリカ/2005年/127分

「生かされている」のか「生きる」のか。目覚める男のサバイバル物語。与えられた「当たり前」の打破からはじまり、選び取る「当たり前」の生き方へ。

物語の紹介
―――――――――――――――――――――
放射能に汚染されていない最後の楽園・アイランドへいつの日か抽選に当たって行くことを、無菌室のような建物で待ち望みながら集団生活をしている人々がいる。
そのなかのひとりのリンカーンは、アイランドが存在しないことを知り、ジョーダンを連れて生存のために脱出する。


主な登場人物の紹介
―――――――――――――――――――――
△リンカーン・シックス=エコー
 男性

△ジョーダン・トゥー=デルタ
 女性


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「生かされている」のか「生きる」のか。目覚める男のサバイバル物語。与えられた「当たり前」の打破からはじまり、選び取る「当たり前」の生き方へ。
 

‡ 当たり前ということ ‡

冒頭、夢にうなされて目を覚ますリンカーン。
どんな夢であろうと、それが自分にとってよくないことだとわからなければ悪夢にはならない。

リンカーンが住んでいる住宅棟は白で統一されている。洋服も靴も白だ。
毎日同じものを着ることが当たり前ならば、今日はなにを着ていこうと考えることさえ思い付かない。なぜなら、今日も明日も同じ格好をすることになっており、それでいいとされているからだ。

食べるものも決っている。決っているのとうことの意味は、月曜日はこれを食べ、火曜日はあれを食べようと決めている、ということではない。

君の体調からして、今日はこれこれのメニューのどれかにしなさい、と「決めれて」いるのだ。

決められているものを食べてさえいれば、自分の健康に一番良いことはわかっているのだから、それを食べればいい。ほかにもっとおいしい料理があることを知らなければ、それを食べようとは思わない。なぜなら「ほかにもっとおいしい料理」というものを知らないのだから……。

そんな生活環境にあるリンカーンには願望がある。白ではない色の靴が履きたい。好きなもの(ベーコン)をたくさん食べたい。自分がする作業(労働)は全体のうちのどの部分を担っているのか。

「A」ということが当たり前だとされているコミュニティにあって、「A」にも「B」にも「C」にも「D」にも好奇心や疑問を抱いているリンカーン。

本来ならそのような好奇心や疑問を抱かないようにしっかりコントロールされているはずなのだが……。

いったい誰によってコントロールされているのだろうか?


‡ 目覚める男 ‡

ある日リンカーンは自分たちがクローンだと知る。臓器を採られるためだけに生かされている、会社にとっての商品だということに気づくのだ。

このあたりは「マトリックス」と共通する部分だ。マトリックス風に言えば、人によっては、たとえリアルワールドでなくても、自分にとって住みやすい環境で生活できればそれでいいという人もいる。

毎日決められている、皆と同じ格好をして、決められた食事をして、いつか当たるかもしれない抽選という名の「理想と希望」を信じて生きていくのが当たり前だと思い込まされている人、もしくはなにかを疑問に思ったり、薄々はなにかを感じとっていたとしても、めんどうなので知らないフリをしておこうといういう人、そういった人々のなかにあってもリンカーンは、外の世界を知りたいと思い、自分がどのような状況にあるのかを知ってサバイバルするのだ。

目覚めた男はサバイバルする。目覚めなければ、いずれは抽選に当たったラッキーだと嬉しく思いながら、自分がクローンだと知ることもなしに死ねたかもしれない。


‡ プラグを抜き、フォログラムを切る ‡

「マトリックス」でいえば、プラグを抜く(石田建さんの言)のだ。「アイランド」でいえば、住宅棟の外に映し出している偽りの映像・フォログラムのスイッチを切るのだ。

プラグが刺さったまま、フォログラムを見せれているままでは「生かされている」にすぎない。

プラグを抜き、フォログラムを切ってはじめて「生きる」一歩が踏み出せるのだ。

エコーシリーズとデルタシリーズは生まれてからおよそ3~4年。このぐらいの年頃で生きる一歩を踏み出せるというのは、なかなか上出来ではないだろうか。


‡ ありえないアクションも迫力で ‡

アクションシーンは豊富だ。ありえなね~の連続であっても、そんなことはどうでもいいと思わせてしまう迫力の映像が万歳だ。

主人公リンカーンが銃器を使わないのもいい。追手は武装しているのだが、リンカーンは体ひとつで周囲のいろいろな物を利用して危機を突破していく。


‡ 宝くじ ~気をそらせる仕掛け~ ‡

たくさんの懸賞に応募して、いつ当選の連絡があるかわらないので家を空けたくないと言って、もうながいこと外出しようとしないおばあさんがアメリカの片田舎にいるという話をきいたことがある。

少しの手間、もしくはそれに少額を賭けるだけで人がうらやむ一発逆転の大当たりの幸運が君にも訪れるかもしれないよ、だから今は多少辛いかもしれないし、不満もあるかもしれないけど、それがどうした? 君には輝ける幸運が待っているんだよ!

なんてことを言われたら、たとえそれが出来レースや作れた理想であっても、いつかは自分に幸運が! と期待してしまう人もいるだろう。

なにも理想郷アイランドでなくとも、もう少し身近なところに置き換えてみよう。絵画コンテストや音楽コンクールが開かれる前に、既に優勝者が決っているなんて話や噂を聞いたことぐらいはあるかもしれない。予め決っている優勝者に「箔」をつけるために開かれるコンテストといったものだ。

ポイントは、都合のいいように「夢をみせつづける」こと。どうすべきかを決めてやり、夢をみさせてやるのだ。

それを望んでいる者もいるだろう。もちろん、どういう生き方をするのかは、その人の勝手だ。

だが、大事なのは「生かされている」のか「生きる」のかを「選んだかどうか」だ。

「アイランド」はSF作品であり、様々な観方ができる。アクションを楽しむのもいい、世界観を堪能するのもいい、好きな俳優をじっくり観て楽しむのもいい。自分の好きな観方を選べばいい。好きなように観ればいいのだ。

そんなの、当たり前か……。

当たり前のことができるまで。そんな話である。


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