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07/11/2005

負の連鎖を断ち切る―ドラマ「電車男」―

ドラマ版「電車男」の放送がはじまりました。

ある意味で、映画版よりもダークになっています。

それはヲタクという特徴あるキャラクターが主人公なので、注目されがちな彼の容姿よりも、23歳のひとりの男性がおかれた状況から観客の感情移入を促がそうという狙いのためでしょう。

映画版「電車男」はこちら↓
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∇「電車男」

村上正典監督/日本/2005年/101分

元ネタ:2ちゃんねる掲示板のスレッド

〈物語〉
電車で酔っ払いからお嬢様系女性を助けたアキバ系青年。後日その女性からお礼の品が届く。青年(電車男)は彼女(エルメス)と親しくなりたいが慣れないことでどうしていいかわからない。
そこで馴染みのあるインターネットの掲示板で相談してみることに。すると数々のアドバイスや意見や叱咤激励が寄せられる。
電車男は掲示板に集う人々に助けられてエルメスとデートを重ねていく。

映画「電車男」作品レビュー
夢と現実のバランス―「電車男」―
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さて「レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語」という映画作品が
あます。

次々に不幸に見舞われる3姉弟妹が力づよく生きていく物語です。

「レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語」作品レビュー

不幸が次々に襲いかかるほどに、それでもくじけずに力づよく生きていく3姉弟妹に観客は声援をおくるようになります。

これと似た効用がドラマ版「電車男」にもあります。

ではドラマ版「電車男」は、ある意味で映画版よりもダークというのはどういうことなのでしょうか。

それは、ドラマ版の電車男は「技能」や「技術」をもっていないか、もしくは持っていてもそれを使いこなしていないことと、死へのハードルを越えようとするほどに思いつめていることの2つを指します。

ドラマ版電車男(以下「ド電車男」)は人材派遣会社の営業マンです(会社名「ワーカホリック」ってちょっとヤバくないですか?笑)

映画版電車男は会社のコンピュータシステム関連の仕事をしていました。どんな仕事内容かはくわしくわかりませんが、多少なりともパソコンやネットやコンピュータの知識と技術が必要な仕事です。

それがド電車男では、いわゆる営業マンという設定になっています。どうみてもド電車男には向かない職種……。

ド電車男の部屋にはガンダムのプラモやアニメのキャラクターグッズがたくさん飾られていて、パソコンヲタクという匂いはほとんどしません。

もしかしたら、今後エルメスにパソコン系の仕事が合っていることに気付かされて、めでたく転職するというプロットがあるのかもしれませんね。

そしてゆくゆくは仕事と恋(愛)の両方を手に入れるというハッピーエンドに! ってなかんじでいくのでありましょうか。

23歳男。営業職。ヲタク。
妹には避けられ、見ず知らずの女性に落し物を渡してあげては露骨に嫌な顔をされ、同僚には嫌味を言われ、小さな女の子には罵られ、担当している派遣スタッフの女性には生きている価値なしとまで言われる。

単調な、なにも起きない毎日には慣れているはずだった。でも、なぜか誕生日に、一度にいろんな辛いことが重なって起ったのです。

親父がケーキを作っているのをみて、家族だけはおれの誕生日を覚えていてくれた! と思うのも束の間、それはド電車男の誕生日を祝うためのケーキではありませんでした。

普段なら、しょうがないよそんなもんだ、と淡々と思うだろうけれど、さすがに誕生日は、一年に一度ぐらいはちょっとぐらいはいい夢みさせてくれてもいいはず……。

それなのに、よりによって誕生日にいろんな辛いことが重なって、家族さえも心の支えになってくれそうもない。

このように、ド電車男の周りの外堀をひたすら埋めていくんです。北側も南側も。東側も西側も。

もうド電車男にはなにもない。あるものといえば「若さ」だけ。でも若いだけの奴なんていっぱいいる。

すると、たとえ自分がヲタクじゃなくても、視聴者にとってド電車男はもうただの他人じゃないんです。

八方塞がりに思えて、涙ながらにビルの屋上から飛び降りようとさえする男が、たとえヲタクであろうと、外堀が埋められていくのを見てきた視聴者は、それが他人事とは思えなくなっているのです。

エルメス(ブランド)のティーカップが届いて、お礼の電話をどうしてもかけられないというド電車男に、ネットの住人のひとりは、おまえには失うものなんてなにもないだろ、といったことを書き込みます。

「砦なき者」
野沢尚の小説の題名ですね。

野沢さんの小説じゃないですが、失うものがない者というのはある意味で最強です。
なにもなければ、あとは獲得するだけです。たとえ獲得できなくても、もともと何もないのですから、失うものもありません。

なにも持っていないし、いいことなんてない。一年に一度の誕生日にさえほんのわずかな「いいこと」なんてないばかりか、辛いことが重なって……。

ド電車男はビルの屋上から飛び降りようとしますが、思いとどまります。

このシーンがドラマの第1話目にあるといのがポイントです。

ネットの集団自殺が後を絶たないことからも、ひとりで思いつめている人が、ド電車男のようにビルから飛び降りようとするけれども、ギリギリで思いとどまることがあることでしょう。

たとえ飛び降りようと金網をよじ登らなくても、心の中で飛び降りようかなとちょっとでも思う人はもっとたくさんいるかもしれません。

そうです、それを実行するには、もうひとつのハードルを越えなければなりません。

ネットの集団自殺とは、ひとりでは越えられそうもないこのハードルを集団の力で越えてしまう、そんな負の力が作用する現象のひとつではないでしょうか。

電車男がひとりで飛び降りることをやめたのはラッキーです。もし毎日の愚痴や辛いことをネットの掲示板に書きつらねていたら……。ネットの住人たちによる負の力に後押しされて「ハードル」を越えていたかもしれません。

ところがド電車男は、若い女性を助けてお礼の品が送られてきたけど、どうすればいい? とネットの掲示板に書き込みます。

ネットの住人の多くは、単調な変化のない日常をおくっています。彼等はネットの掲示板を介して電車男に関係しているとはいえ、テレビの一般視聴者の多くと共通するキャラクターです。そこに「女性を助けた青年」から助言求む! の書き込みがなされるのです。

そこには、きっかけによって変わろう必死にともがく男がいます。

そうだ! 一歩踏み出すんだ! とネットの住人達の多くは応援します。

それはネットの「負」の後押しではなく、ネットの「正」の後押しなのです。

単調な日常。変わらない日々。一歩生み出す勇気。変わることへの不安。このあたりは「Shall We Dance?」と共通してますので、もしかしたら電車男も米でヒットするかもしれません。アキハバラという名は世界に知られていますから注目を集めやすいでしょうし、基本はシンデレラストーリーですからリメイクもしやすい!

なにはともあれ、ドラマ版電車男は、四面楚歌状態で外堀を埋められて追いつめれた城主(電車男)がネットの「正」の力に後押しされて幸せを掴み取る男性版シンデレラストーリーなのです。


【要点】

≪ヒーローの作り方≫

●不幸の連続で外堀を埋める

●失うものがない者がなにかをつかもうとするきっかけをつくる

●獲得のために必要な変化への不安をていねいに描く

●応援者が参加できる環境をつくる(ネットの掲示板)


≪その他≫

●辛いときこそ前向きな行動を

●前向き・変化・一歩踏み出す勇気は、負の連鎖を絶ち切り、負の増殖を抑える

●ネットでも実社会でも、他人の言うことにふりまわされずに、正の後押しを受け られるよう調整する

●電車男は変化への不安を書き込むが、日常の愚痴や泣き言は書き込まない

●あくまで正(前向き)の不安であって、負(後ろ向き)の弱音や愚痴ではない

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