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たそがれ清兵衛

たそがれ清兵衛
真田広之 藤沢周平 山田洋次 宮沢りえ
松竹 2005-04-28


by G-Tools
山田洋次監督 2002年 日本

○観客層を広げつつ、突き詰めて観客層を絞った、職人芸のうまさが光る
  ヒーローもの

    
〔1〕プレミス(Premise)
   ストーリーが発展していくための基礎となるアイデア

―――――――――――――――――――――
真面目で誠実な平侍が貧乏でも家族と暮らす。ある日、上司から気のすすまな
い命令が下る。平侍は逆らえずに従う。


〔2〕ストーリー(Story)簡略に
―――――――――――――――――――――
江戸幕府末期、庄内海坂藩の貧乏侍(井口清兵衛)が妻を亡くす(労咳で)。
残された二人の娘と老いた母親と暮らすある日、幼馴染の朋江と再会する。
朋江の元夫と果し合いすることになった清兵衛は相手を負かす。これが知れ
渡り、人を斬ってこいと命令される。清兵衛は断ろうとするがそうもいかず、
戦いに赴く。
 

〔3〕Main Character(主な登場人物)
―――――――――――――――――――――
△井口清兵衛
 庄内海坂藩の下級武士。50石の平侍のため、老いた母と病気の妻と
 二人の娘と食べていくだけで精一杯の暮らしである。

△朋江
 清兵衛の幼馴染。友人の飯沼倫之丞の妹。


〔4〕・1 キャラクター・ディベロップメント
      ~哲学/態度~行動/意志決定~

―――――――――――――――――――――
哲学や信念は行動に影響を及ぼす。

清兵衛の哲学/態度を表す3つの行動
〈1〉幼馴染の朋江を助けるため、清兵衛は果し合いをする。
   (愛する人を助けたい。そのために行動を起こす)
〈2〉友人の飯沼倫之丞から京へ行くことを勧められるが断り、家族と共に
   暮らす。(京へ行って天下の情勢を知り、大きな働きをすることを望
   まない)
〈3〉京へ上った飯沼倫之丞の安否を気にかけて、近所の飯沼家を訪れる。
   (自分とは違う道を選んだ友人であっても、安否を気遣う)


〔4〕・2 キャラクター・ディベロップメント~メインキャラクター~
―――――――――――――――――――――
主人公については、観客が後に従い、応援し、感情移入する人物が望ましい。
 
▽観客を惹きつける魅力――弱さ――(3つ)
 ここでいう弱さとは、体力的・精神的弱さというよりも、観客が感情移入
 しやすい主人公に関する事柄のことである。
〈1〉貧乏侍である。
〈2〉同僚たちからも変人扱いされている(付き合いの悪いやつだと思われ
   ている)
〈3〉京に上って幕末情勢を知ってなにか活躍することよりも、家族と生活
   することを望む。

▽対立を作り出すためには敵対者(アンタゴニスト)が必要。
 この作品でいう敵対者とは清兵衛の生き方を妨害する役割をもつ事柄や人
 のことで、それは「時代の流れ(藩主の死によるお世継ぎ問題が発生する)」
 である。

▽ロマンス(主人公に血を通わせ、深みをもたらす)
 清兵衛は幼い頃より朋江に心惹かれている。だが、貧乏平侍の自分とは住む
 世界が違うと思っている。夫と離縁して戻ってきた朋江との結婚を飯沼倫之
 丞に勧められるも、最初は良くても、貧しい暮らしの大変さにいつまでも馴
 染めずにやがては後悔させてしまう、と断る清兵衛であった。
 (清兵衛の朋江を想う心が観客に伝わる。また、後の果し合い直前の朋江との
 シーンを盛り上げる前フリでもある)


〔4〕・3 Pay off ペイオフ(初めの提供されて後に劇的に使われる情報)
―――――――――――――――――――――
労咳で亡くなった妻の葬式代はどうやって工面したのか。
(清兵衛の身分にしては金が多くかかっていた)

清兵衛は小太刀を習った。


〔5〕Comments(論評、批評、意見)
―――――――――――――――――――――
観客層を広げつつ、突き詰めて観客層を絞った、職人芸のうまさが光る
ヒーローものである。

観客層を広げたとはどういうことか。
時代劇の主人公はたいてい、名の知れた有名人である(将軍、武将、侍等)。
例えば主人公を武市瑞山(※)にしたとする。彼がどんなことをした人物か
知っている日本人はどのくらいいるだろうか。
主人公を貧乏平侍とすることで、一般企業の平社員で不況の煽りももあって
生活がきびしい人、と置き換えて観ることができる。これによって、時代劇
ファン以外の人々にも観てもらえるよう間口を広げている。

突き詰めて観客層を絞ったとはどういうことか。
日本人(日本人の感情をわかると言う人々)に的を絞ったということ。
貧乏だけど真面目で心やさしく花鳥風月を愛で家族を大切にする。幕末にあっ
って尊皇攘夷だどうのと叫ばず、寡黙な男――これは、一種のヒーロー像で
ある。
 
〔情報提示の仕方〕 
幕末にあっての海坂藩の状態や清兵衛のキャラクターについてを観客に知らせ
る方法が上手である。
 
・火縄銃の撃ち方訓練をしている場所の近くで、清兵衛が、京から帰ってきた
 飯沼倫之丞と再会するのシーンがある。京では鳥羽伏見の戦いがあり、日本
 は激動している。そんな情勢の中、海坂藩は火縄銃の撃ち方訓練をしている
 のである。当時最新式のスペンサー銃(7連発銃)でないのは当然としても、
 スナイドル銃(後込め)でもなくミニエー銃(前込め)でもなく、欧米では
 とうに使われれなくなったゲベール銃でもなく――火縄銃である。海坂藩が
 いかに情勢に疎いかをうかがわせるシーンである。
 
・身なりが小汚く、「匂うぞ」と殿様に言われたことが皆に知れ渡り、清兵衛
 は同僚たちからからかい半分にますます「たそがれ」と陰口されるようになる。
 
・清兵衛は娘が勉強していることを誉め、自分で考えて判断する大切さを伝える。
 
〔キャラクター・配役〕
清兵衛役に真田広之。彼は二枚目の役者である。清兵衛は身なりがみすぼらし
い貧乏侍という設定である。これを普通の容姿の俳優さんが演じると、ただの
みすぼらしい貧乏侍になってしまう。真田広之が演じることで、みすぼらしい
格好であることが逆に清兵衛の男前ぶりを目立たせている。また果し合いを前
に朋江と話す姿や、いざ果たし合いに向かう姿が麟として様になっている。

〔宣伝効果―― 「壬生義士伝」 と比較して――〕
設定……時代は幕末。主人公は貧乏下級武士
井口清兵衛              →京には上らずに家族と暮らす。
吉村貫一郎(「壬生義士伝」の主人公) →脱藩して京へ行き新撰組隊士になる

井口清兵衛と吉村貫一郎とはお互い対象的な行動をする。だが基本的な動機は
どちらも同じである。動機とは「家族を守りたり」ということ。

二人の行動の違いは、二人の身分に関係する。
井口清兵衛は平侍ではあるがれっきとした侍である(もっとも100石取りを一騎
と数えたから五十石ではそれに満たない。だが足軽ではない)。とにかく、50
石の録では家族を養うのは大変だが、家の庭で作物を作ったり、近所の人と助
け合ったりすれば飢え死にすることはない(川に、餓死した百姓の死体が流れ
てくるシーンがある)。
吉村貫一郎は組付同心でニ駄ニ人扶持の足軽である。つまり井口清兵衛よりも
ずっと貧乏である。吉村貫一郎の妻は貧しさのために池に身投げしようとする。
このとき吉村貫一郎は己の文武両道の知識と技をもって稼げる道をみつけよう
と脱藩を決意するのである。

二人の身分設定を多少変えることで、時代や動機は同じであっても異なった道
を歩んだ二人の男の物語を楽しむことができる。

〔長所〕
ユーモアが効いている。また、間の取り方はうますぎる。
緊迫するシーンで観客をグッと引き込ませる。
果し合いのシーンに迫力がある。一対一の勝負の気迫と、そこに至るまでの緩
急の配分やテンポがすばらしい。
果し合いのシーンでいままでのミステリーが解け、そのことがきっかけで斬り合
いがはじまる。斬り合いのきっかけはいかにも侍らしいものである。
家族のことを第一にする清兵衛の姿勢は世界中のだれにでもわかるものである。
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「たそがれ清兵衛」は日本人のことを知り尽くした監督が、かゆいところに手
が届くよう、いくつもの孫の手を用い、職人芸の限りをつくして作った、とい
う印象の作品である。孫の手の例としては、ナレーションである。作品中のと
ころどころで清兵衛の娘のナレーションが入る。例えば夜中に刀を研ぐ清兵衛
の姿を見てどう思ったかがナレーションされたり、大人になった娘(ナレーシ
ョンの主)が清兵衛の墓参りに来て父についての感想を述べて物語をしめたり
する。ナレーションは時代劇につきものだ。NHK大河ドラマにはナレーションが
つく。それは物語の時代背景や状況設定を観客に知らせる役割があるからである。
だが「たそがれ清兵衛」ではそのような複雑な時代背景や状況設定をナレーショ
ンする必要はない。夜中に刀を研ぐ父を見てしまった娘の顔の表情やそのときの
行動を撮ったり、父の墓参りのときに人力車を引いた人足と会話したり、といっ
た方法で表現することもできたのではないか。おそらくあえてそうしなかったの
だろう。そういったシーンでナレーションが入って説明してくれるのを多くの観
客は好きで、そう望んでいると監督は判断したのだろう。そういった意味でもこ
の作品の監督は日本人のことを知り尽くしているのである。

逆に北野武氏の作品にはナレーションはもちろんのこと、説明のようなものはな
い。ナレーション等で説明しないことで、映画を観終わったあとに、あれはこう
いうことだったんじゃないか、いやこうだ、というように様々な解釈をすること
ができる。映画観た人同士がいろいろ話すことで、新しい物語が生まれたり、お
互いのことを深く知りえることにもなる。

ナレーションで登場人物の意見や感想を述べると、作品についての観客の観方や
感想が限定される。ひとつの観方しかできない作品は、それだけ観客の間口を狭
くする。つまり、この作品は内輪向けの作品なのだ。
映画はより多くの観客の心を捉えようとする。だが、「たそがれ清兵衛」は戦略
的に観客のターゲットを絞り込んでいる。内輪ウケすればよい、そこそこの興行
収入を得られればよしとしたのだろう。そこそこと言っても日本国内でヒットす
ればかなりの収益である。世界マーケットは狙わない、意識しないで(観方が限
定されていれば、作品について友人や恋人とあれこれ話すこともない→たいして
話題にならない→話題にならない作品は広く知られることはない)国内マーケッ
トに狙いを絞り込んだ。――これも戦略である。

「平社員で給料も安く、ボーナスは前年比ウン十パーセントカットで子供の学校
入学資金に住宅ローン……そんな折、さいはて支店に単身赴任の命令が下っちま
ってよぉ」「そうかそれは大変だなぁ、でもおれなんて~~」などと愚痴を言い
合いお互い慰め合っていたが、何気ない言葉で相手の面子を傷つけてしまう。相
手は突然襲いかかってきて戦いになる。愚痴を言い合って慰め合い、多少気分が
晴れるのは当人たちのみである。そんな関係もささいな事で簡単に崩れ去る。そ
もそも、他人の愚痴を延々聞かされても「ツラい」だけである。
 
だが、愚痴を129分の映画作品にした人がいる。
――おそろしいほどの職人技である。

同じような心境にある者同士での愚痴は共感につながる。これは共感を得るため
のひとつの方法である。だが、愚痴で形成される共感は観客層を限定する。
愚痴の共感からはじまっても、やがてはポジティブな心境や行動を促がすまでに
至ればよかっただろう。
 
ポジティブかネガティブかといったら、ネガティブな作品である。だが「みんな
辛いけど一丸となってがんばっていこうね」という標語(演歌)のようなものが
好きな日本人はまだまだ多く、日本がいま不況であることゆえに中高年を中心に
ヒットする可能性は高い。(2002年12月初旬現在ヒット中である)

内輪向けに徹底した作品のため、かえって世界の人々の好奇心を刺激して、話題
になるかもしれない。しかし、切腹シーンはない。

(第76回米アカデミー賞外国語映画賞候補作品)
――――――――――――――――――――――――――――――――――
※武市瑞山(1829-65)
 幕末の志士。土佐(高知県)の人。土佐勤皇党を組織する。政変により、
 土佐藩主山内豊信に切腹を命じられる。
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「たそがれ清兵衛」 藤沢 周平 (著) 新潮社

松竹映画「たそがれ清兵衛」山田洋次監督作品サウンドトラック
 (オリジナル・スコア・バージョン)
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たそがれ清兵衛
藤沢 周平

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