04/30/2009

そもそもキャラってなんだ?~キャラをめぐる勘違い~

人気アイドルグループSMAPのメンバーである草なぎ剛氏が酔って裸になって騒いだことが影響して、日本民間放送連盟は地上デジタル放送への完全移行をPRする新キャラクターとして「地デジカ」を発表しました。

▼「地デジカ」に関するニュース


そもそも、たいていのマスコットキャラクターが人間ではないのはなぜでしょう。


キャラクターといえば「ひこにゃん」があります。
▼ひこにゃん特設サイト
戦国時代は泣く子もだまる赤備えの鎧兜で有名な彦根藩の井伊家。そんな赤備えの兜をかぶったのは武士ではなく猫ちゃん。それが「ひこにゃん」です。


それから「はばタン」。
▼「はばタン」プロフィール紹介
震災からの復興を不死鳥(フェニックス)で表現したのが兵庫県のマスコットキャラクターです。スポーツ万能男子という設定にもかかわらず、日射病で倒れるというツッコミどころも。さすがは関西のキャラクターですね。


ところが、奈良県の平城遷都1300年祭のマスコットキャラクターは「かわいくない」という声が相次いだことがありました。


この平城遷都祭のキャラクターをみると……たしかにあまりかわいくありません。
▼せんとくん紹介


かわいくないというより、ちょっとコワいかも。


なぜコワいかというと、今にもしゃべり出しそうだからです。


「ひこちゃん」と「はばタン」は、その容姿からしてしゃべりそうにありません。しゃべったとしても「にゃぁ」とか「カァー(フェニックスがどう鳴くかわかりませんが)」とかいったかんじでしょう。


「ひこちゃん」と「はばタン」がしゃべるのかどうかは知りませんが、たとえしゃべったとしても、きっとアニメっちくな声をしているだろうな、とイメージすることができます。


一方の平城遷都祭のキャラクター「せんとくん」は「ふつう」にしゃべりそうだったのです。なぜなら童子のイメージでデザインされたキャラクターだから。


童子といえば人間の子供・少年(菩薩の別名でもあります)。


子供や少年がしゃべるのよくある光景です。たとえ外見はかわいい子供でも憎まれ口をたたくばかりでちっともかわいくないという子供もいるかもしれません。


そもそも人間の子供がかわいいかどうかは、その子供との距離(親類・友人・知人)で決まります。


見ず知らずの子供が憎まれ口をたたいていたら、かわいいとは感じにくいかもしれません。


みんなウチの子がいちばんかわいいと思っているのですから、もしも特定のだれかの子供をマスコットキャラクターにしたら、ウチの子のほうがもっとかわいいのに、と思う人が続出してしまう。


こうなってはみんなに愛されるマスコットキャラクターにはとうていなれそうもありません。


もう一度「ひこちゃん」と「はばタン」を思い浮かべてみてください。


ウチの子よりも……と考えるでしょうか。たいていの人はそんなことは考えません。


なぜなら「ひこちゃん」と「はばタン」は人間の子供をモチーフにしたキャラクターではないからです。(猫と鳥をモチーフにしたの)。


ウチの子や親戚の子や近所の子と比較しようもないものであって、容易にしゃべり出しそうもないもの。


それが広く愛されるキャラクターの条件です。


平城遷都祭のキャラクター「せんとくん」は童子にシカの角を生やしたものです。


もしもウチの子供にシカの角が生えていたら?


シカの角みたいな寝グセぐらいならまだかわいいですが、ほんとうにシカの角が生えたら?


そんなこと、考えたくもないでしょう。


考えたくもないオソロシイ事が起こったそのまんまの容姿を持ったキャラクター。


だから「かわいくない」という声が相次いだのではないでしょうか。


新キャラクターの「地デジカ」は角が生えており、2本足で立ち、色いレオタードを着ていますが、その容姿は人間に近いものではありません。鹿をイメージさせる容姿をしています。


鹿は人間のことばをしゃべりますか?


フジテレビのドラマ「鹿男あをによし」に登場する鹿は人間のことばをしゃべりましたが、一般的にはしゃべりませんよね。

▼「鹿男あをによし」フジテレビ 
 ↑あまり話題にならなったようですが、スゴクおもしろいドラマです。いやホンマ最高です☆


だから「地デジカ」は2本足で立ってレオタードを着ていても、鹿をイメージさせる容姿をしているのです。


そもそもマスコットキャラクターというのは、人畜無害なものが好まれます。好まれるというのはキャラクターを作ったり用いたりする側にとって好まれることを意味します。


さらに、好まれるというよりも、人畜無害でなければならないと困るのです。


作られたキャラクターはギャラを要求しませんし、ご飯を食べませんし、トイレも使いません。


人気がなくなって倉庫の奥に押し込まれても、文句のひとつもいいません。


もちろん、お酒も飲みません。


そもそも人間をイメージさせる容姿をしていませんから、人間の言葉をしゃべりようもありません(イベントでは人間の言葉を音声機器を使って発することがありますが……)。


見た目がかわいくて、愛着を持ってもらえればいい。そこに人間臭さは不要です。人間味という言葉とはかけ離れた、都合のいいように作られた「かわいさ」だけがあればいい。それがマスコットキャラクターに求められる要件の典型的なものです。


そうすると、地上デジタル放送への完全移行をPRするキャラクターに草なぎ剛氏が選ばれたことは、その目的と要件からすると無理があったことになります。


どれほど人畜無害の「いいひと」のイメージが強いとはいえ、草なぎ剛氏は人間です。


人間をキャラクターに選んだからには「ひこにゃん」や「はばタン」と同じものを求めてはいけません。


人間ですから、当然のように人間味がある。そういったあたりまえのことも含めた「キャラクター」として起用したのなら、今回の草なぎ剛氏の件をきいた鳩山邦夫総務相が「最低の人間だ。絶対許さない!」とまで激怒することはなかったでしょう。


おそらく、タレントとキャラクターの違いがわかっていなかったのでしょう。


あのタレントは人気があるからキャラクターにしようと安易に思っただけ、と思われてもいたしかたありません。


人気があるタレントには、そうなった理由があります。また、愛されるキャラクターだから人気があるタレントになったともいえます。


人間味があるからその「人となり」=「キャラクター」が愛され、人気のタレントになる。


それが「人間」というものです。


「人気があるからPRキャラクターに」というのは根本からおかしいのです。


そのおかしさに気づいていないから「最低の人間だ。絶対許さない!」という発言が飛び出すのです。これは「血の通った人間」は必要なく「作られた形だけのキャラクター」だけが欲しかったんだと言っているようなものです。


人間味を排除した魂の抜けた「キャラクター」で、人間不在のPRを押し進めていく。もしそんなふうに国民に思われたなら、たいへん遺憾です(←政治家みたいだ)。


あるアンケートによると約9割の人たちはに草なぎ剛氏に同情的だそうです。
▼「草なぎ謝罪会見、アンケートで92%が同情」:イザ!


また、それまで彼のファンでなかったが、人間味ある人だと知って草なぎ剛のファンになった人もいるという話も耳にします。


キャラクターの意味のみならず、キャラクターになってもらうタレントの人気の意味を理解する努力さえしなかったことが浮き彫りになったという意味でもたいへん遺憾ですね(←だぁかぁら政治家みたいだってば)。


キャラクターがどういうもので、キャラクターをいかに活用すべきか。


そういった大事なことはやはりディズニーに学ぶのがいいでしょう。


ミッキーもミニーもマイクを通してはしゃべりますが、直接言葉は発しません。


それに、人気のタレントがディズニーのキャラクターになったという話は聞いたことがありませんよね。


逆はあります。「パイレーツ・オブ・カリビアン」のアトラクションか映画になって、海賊の役にジョニー・デップが起用された例はあります。それもあくまで、ジャック・スパロウというキャラクターを演じる仕事をジョニー・デップが受けたということです。
▼「パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち(PIRATES OF THE CARIBBEAN)」映画作品レビュー


ジョニーデップがいくら人気者だからって、ジョニー・デップはディズニーキャラクターにはなりません。


なにはともあれ、政治家の皆さんは一度真剣にディズニーリゾートで遊んでみる必要があるかもしれませんネ。


ちなみに「地デジカ」についてのあるアンケートでは、8割以上が「良くない」と回答しているそうです。
▼【日本のアンケ】地デジ代役「地デジカくん」8割が「良くない」


それから「地デジカ」は「ちでじか」と読むようです。


はじめ「ちでじりょく」ってなんだ? と思ったのは私だけ……?


まぁキャラの絵をみれば、鹿とかけているのはわかるのですが、文字だけだとわかりにくいかも。


そんなこんなで、キャラってなんだ? というのを今一度よく考えてみると、ディズニーのおもしろさが一層増すかもしれないですね。


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ディズニーの「非日常マジック」


2008年度の東京ディズニーランドと東京ディズニーシー合わせての来園者数が過去最高を更新したそうです。

テーマパークはリピート率が命ともいわれます。

そのため、多くのテーマパークはアトラクションの追加や増設を行います。

しかし、新アトラクションでお客を呼べるのはたいてい1回まで。

その新アトラクションで遊んだら、次に来園するのは、さらに新しいアトラクションが誕生したとき、というのがありがちでしょう。

なかには春にはお花見ができることや夏には花火を打ち上げることで集客を図るテーマパークもありますが、それも一時期の効果を期待できるにすぎません。

だからといって季節を題材にしたイベントをやめればもっと来園者数は落ちますから、できることはなんでもやっていくわけです。

それでも来園者数を伸ばすところか維持することさえ困難なテーマパークが多いなか、ディズニーリゾートの来園者数はなぜ過去最高を更新したのでしょうか。

ディズニーリゾートのアトラクションの数は開園当初は32でしたが、現在はディズニーランドで41個、ディズニーシーで26個です。

しっかりと確実に新アトラクションを増やしていくという「テーマパークの王道戦略」を実行しています。

さらに、季節ごとのイベントについては様々ありますが、注目すべきは花火です。

花火はふつう夏ぐらいにしか見ることができません。人々にとって花火は非日常のお祭りのときに見るもの、という意識があります。

ところがディズニーリゾートは原則として毎夜花火を打ち上げます。

だいたい20時30分前後でしょうか。毎夜花火をみることができるのです。

非日常の花火を毎夜打ち上げるディズニーリゾート。来園者にとっては、来園したその日がたとえ平日であったとしても、その日は非日常です。お祭りの日なのです。

ディズニーリゾートにいけば、いつでも非日常のお祭りのワクワク感を抱くことができる。

これがディズニーリゾートのリピータ率の高さの要因です。

非日常は清掃にも表れています。

ディズニーリゾートの清掃員のなかには、パーク内の地面に掃除道具と水を使ってディズニーキャラクターの絵を描いてみせる人がいます。

ふつう、清掃といえば「しなければならないもの」「早く確実に綺麗に目立たずに」というのをイメージするでしょう。

「早く確実に綺麗に」は共通しますが、しかしディズニーリゾートの清掃の仕事は、ゲスト(お客さん)を一番身近に接することができて、絵を描いてみせることでゲストを楽しませることもできる魅力的なものとなっています。

日常行わなければならない掃除が、非日常のワクワクする楽しい事に変わる。

ゲストだけでなく、キャストも非日常の仕事を楽しみながらできる。

サービスを提供する側の人が楽しそうだと、サービスを受ける側の人も楽しくなる。これはディズニーマジックといえるかもしれません。

それぞれが非日常の空間を楽しむ環境と仕掛けがいたるところにある。

だからディズニーリゾートは100年に一度の不況ともいわれる現在の経済環境下であっても、来園者数が過去最高を更新することができたのではないでしょうか。

もちろん、不況のために遠出したくないという心理が働いたのも要因でしょうけれど……。

ネーミングも良いですね。

だって東京ディズニーリゾートですよ。

実際は千葉にあるんですけどね。

限りなく東京に近い千葉にあるディズニーリゾート。関東地方には間違いないけど、東京じゃない。

だけど、東京ってつけちゃおうヨ。

そんなノリだったのかどうかはわかりませんが、千葉ディズニーランドよりは東京ディズニーランドのほうが集客力がありそうなのは誰の目にも明らかです。

それはさておき、非日常を演出する仕掛けがゲストだけじゃなくキャストにもあるというのが今回のポイントです。


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ストーリーはどこから生まれるのか

ストーリーはどこから生まれるのか。


その答えを、ピクサーの映画監督であるジョン・ラセターが提供してくれています。


アニメ作家のジョン・ラセターが新しい世界を作り出す要素として一番大切にしているのはキャラクターだそうです。


「ストーリーはそこから生まれる。そしてそこからユーモアも生まれる。
 心、キャラクター、ユーモア、この3つの要素に素晴らしいストーリ
 ーが加わることで、最高の映画になるんだ」(ジョン・ラセター)


どんな物語にもキャラクターが存在します。


物語ありきではありません。キャラクターが存在するから物語ができるのです。


作家によって作品づくりの手法はそれぞれですが、優れた作家といわれる人々のなかには、たとえ物語を先に思いついてもキャラクターのイメージがわかなければよい作品にならないという人もいます。


もちろん、ジョン・ラセターもそのような作家のひとりですね。


さて、映画やドラマにはスピンオフ作品というものがあります。


これは、元となる既存の作品と同じ世界観のままで、本編では脇役であったキャラクターを主人公として新しい作品をつくることをいいます。


スピンオフ作品は、キャラクターの魅力によって新たな作品が生み出される好例です。


本編では脇役であったキャラクターがひとり歩きをはじめ、作家の想像力を刺激して新たな作品を生み出させる。


これこそまさに、ストーリーがどこから生まれるのかの答えを提示していますね。


さて、スピンオフは元となる作品が存在します。でも物語づくりは作品が元になければできないわけではありません。


作品がなくても、タレントがいればOKです。


テレビや映画に出演するタレントをみて、物語がつくれそうかどうか考えてみるのです。


あるタレントがどんな役柄で登場する物語だったら観てみたいなぁ、と思うだろうか。


そんなふうに想像してみればいいのです。


実際、物語の大まかなイメージをもった作家がテレビでタレントをみてキャスティングを決めるなんてことはよくあるそうです。


想像力をかきたてられるタレントに出会えば、作家はどんどん物語を紡ぎ出していくことができます。


このとき、想像力をかきたてられるのは作家だけではありません。


観客も想像力をかきたてられるのです。


言い方を変えれば、観客の想像力をかきたてるタレント(キャラクター)でなければ、物語はできあがらないのです。


たとえば、天才外科医役にネプチューンの堀内健。


いかがですか?


バラエティ番組でみる通称「ホリケン」のイメージからはかけ離れていると感じませんか?


いったいどんな外科医役を演じるのだろう? と想像力をかきたてられたら、すでに物語づくりははじまっています。


これは「ホリケン」というキャラクターの下地があるからこそ、そこからどの方向へどのくらい飛躍させればおもしろそうかを考えることができる物語づくりの方法です。


そういった意味でも「キャラクター」は物語づくりの不可欠なものなのです。


よく「キャラクターが薄い」といわれる人が、それを悩むことがあるといいます。


ですが「キャラクターが薄い」もキャラクターです。


キャラクターが薄いように感じても、キャラクターが無いわけではありません。


どんな人もキャラクターがあるのです。


元のキャラクターを認識して、観客や視聴者が通常抱くであろうイメージをよい意味で裏切るキャラクターが浮かんでくれば、おもしろい作品げできる匂いがプンプンしてきます。


物語づくりとはなにも映画やドラマだけではありません。


会社のブランドづくりも商品の宣伝も自身のイメージもすべて、そこに物語を醸し出すことができれば、仕事もプライベートもうまくいくでしょう。


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